第32話 雨の日のお出かけ

「彩花、彩花」


 8時を過ぎても中々彩花が起きてこないので、彼女の部屋をノックし、名前を呼ぶ。


 朝食を作ったけど、食べないかな。まぁ、後でもいいメニューだけど。


「入ってもいい?」

「ん……」


 「ん」が返事なのかわからないが、いつもこんな感じなので、失礼しますと言ってから彼女の部屋に入った。


「彩花、朝食でき……」


 ベッドの方へ行くと彩花がこの前ホワイトデーに渡したクマを抱きしめて寝ているのを見て言葉を止めた。


(可愛い……)


 カメラがあったら撮って、後で起きたときに彩花に可愛かったよと見せてあげたいほどに。


「彩花、一緒に食べよ」


 優しく頭を撫でると彼女は、撫でられたことが嬉しいのか、それとも楽しい夢を見ているのかわからないが、嬉しそうに笑った。




***




「ふにゅ~」


 姉の葉月がパジャマパーティーをしたいと言って家に来た2日後。久しぶりに雨が降り、彩花はソファで朝からゴロゴロ、俺は春休みの課題をしていた。


 早めにやって、後は自由な彩花と反対に俺は課題をゆっくりやるタイプだ。ささっとやればいいもののその気になれない。


(一旦休憩……おやつにプリンでも作ろうかな)


 机に広げていたノートを閉じ、うんと背伸びをするとソファから声がした。


「たく、家にいたら駄目人間になりそうだからどこか行かない?」

「いいけど、どこかって?」

「ん~、水族館。お魚さん見たい……」


 水族館か……室内だし雨が降っていても楽しめる場所だ。


「いいな、行こっか」

「やったっ、たくと水族館デート」

「デートなのか?」

「デートだよ。男子と女子がお出かけするなら」


 人によってデートの意味は違う気もするが、彩花がそういうならデートでいいか。


 行くと決まったら即行動し始めた彩花はソファから立ち上がり、外に出かける服に着替えてくると行って自室へと行ってしまった。


 俺も着替えるために自室へ入り、スマホの画面を見ると俊から電話がかかっているのに気づいた。

 

 どうしたんだろうかと思い、かけ直し、スピーカーにして着替えながら俊と話すことに。


『水族館? それはもうデートだろ』

「そうか?」


 俊は今からゲームしようぜと俺を誘ってくれたが、彩花と水族館へ行くから無理と伝えた。


『好きならさ早く覚悟決めて想い伝えた方がいいと思うぞ。彩花さん、学校で人気者だし、もたもたしてたら取られるかもな』

「取られる……」


 それはあまり考えてなかった。彩花に好きな人ができて、付き合うとなったら俺といる時間は少なくなり、もしかしたら一緒に住むこともなくなってしまうかもしれない。


 彩花は、いつまでも俺のとなりにいるわけではない。


「俊、俺、頑張ってみる」

『おう、何を頑張るのかわからないけど。まぁ、応援してる』


 俊との電話を切ると着替え終わったのでスマホと財布が入った荷物を持ってリビングへ移動した。


 お昼は水族館の方で食べるとして、夕飯はどうしようか考えているとパタンと扉が閉まる音がした。


 後ろを振り向くとロングの吊りスカートを着た彩花が駆け寄ってきた。


「たく、ここ閉めてほしいんだけど……」

「閉める?」


 何を閉めるのだろうかと思っていると彩花は俺に背を向けた。そしてすぐにどういう意味なのかわかった。


 後ろにチャックがあり、手が届かないから閉めてほしいのか。


「なぜ買った」 

「だって、可愛かったし、たくが好きそうだから」

「好み言った覚えないけど……」


 手を伸ばし、彼女の着る服の後ろのチャックを閉めようとすると、彩花は肩をビクッとさせた。


「ひゃっ!」

「! ごっ、ごめん! 痛かったか? それとも驚かせたか?」


 タイミングを言わずに閉めてしまうのは悪かった。これは反省だ。


「だ、大丈夫……ビックリしただけだから。ありがとう、たく」


 お礼を言うと彼女は背を向けたままこちらを見ることなくまた自室へと入っていった。


 自室へ入った彩花はドアを閉めると床に座り込み、頬を触った。


「ドキドキした……私服カッコよかったな」




***



 

 雨は止まず家を出た時にも雨が降っていたため傘を差して駅まで歩く。


 雨のせいで少し肌寒い。彩花が少し薄着なので心配だ。


 チラッと横を向くと彩花と目が合う。いつもはおろしているだけだが、今日はポニテだ。髪型が変わるだけで少しいつもと雰囲気が違う。


「彩花、髪結んでるのも似合ってるな」

「! ありがとう。このシュシュこゆちゃんからもらったものなんだよ」


 俺によく見えるようにつけているシュシュを見せてくれた。黒と水色の大人っぽいシュシュ。似合うものを選ぶとはさすが彩花のこと何でも知ってる小雪さん。


 次は髪から首の方を見るとキラリと光るものが見えて、よく見てみると誕生日にプレゼントしたネックレスをつけていてくれた。本当に大切にしてくれてるのがよくわかる。


「水族館なんて小さい頃、たくの家族と一緒に行ったのが最後かも」

「あー行ったな。俺もそれぐらい行ってない」


 思い出すと懐かしい気持ちになる。小学生の頃、永瀬家と如月家で水族館へ行った。確かあの日、お土産で俺と彩花、葉月でお揃いのキーホルダーを買ったんだっけ。


 俺は別にそういうお揃いとか興味はなかったが、彩花に何か言われて俺の分も買うことになったのを覚えている。


「覚えてる?」

「うん、お揃いのやつ」

「たくも覚えてたんだね」


 そうだ、イルカのキーホルダーだ。どこかにあるはずだから家に帰ったら探してみよう。


 駅まで歩き、そこからは電車で移動し、電車から降りてからはまた少し歩き、水族館へ到着した。


 入り口付近で入場券を購入し、さっそく中に入ることに。


「彩花、そこ段差あるから気をつけて」


 そう言ったが、遅かったようで彩花はつまずいたので、俺は咄嗟に彼女の腕を掴んだ。


「大丈夫か?」

「あ、ありがとうたく。助かったよ」


 掴んだ腕をスッと離そうとすると彩花は、俺の手をなぜかぎゅっと握ってきた。


 なぜ手を?と思っていると彼女は、顔を赤くして上目遣いでこちらを見てきた。


「水族館混んでるからこうしていたらはぐれないかと思って……ナイスアイデアでしょ?」


 確かに彼女の言う通り、春休み中で人は多いが、はぐれた場合、電話かメッセージで合流はできる。けど、彩花は手を繋ぐ理由が欲しくてこう言ったんじゃないかと俺は思った。


「そうだな。手繋いでおくか」

「うん……」


 手を繋いでいただけだが、彼女は指を絡めてきていわゆる恋人繋ぎというのをしてきた。


 強く握りすぎたら折れてしまうんじゃないかと思う小さな手を俺は優しく握り返し、水族館のパンフレットを手に取った。


「さて、順番に回るか」

「うん!」








 

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