第29話 お誘いとシチュー
靴を玄関で抜ぎリビングへ向かうとそこには広くて天井の高い空間。置かれている家具はどれもオシャレで、思わず「おぉ」と声を漏らしてしまう。
学校終わりに雨咲さんとクレープを食べ、家に誘われ、俺はお邪魔させてもらうことにした。最初は断ったが、最後には断れなくなった。
「お母様もお父様も仕事で帰りが遅いので緊張する必要はないですよ。ソファにでも座って中学のアルバムでも見ません?」
彼女はアルバムを本棚から手に取り、ソファへゆっくりと腰かけて、俺に隣どうぞと優しく微笑みかけてきた。
断る理由もないので彼女の隣に座ると、雨咲さんは、俺の方へ寄ってきた。
(距離が近い……)
「見てください、1年生の校外学習ですよ。この時はまだ永瀬くんとは知り合っていませんね」
「ん、あぁ、出会ったのは2年か。雨咲さんとはよく話してるから1年から一緒だと思ってたよ」
「ふふっ、私も永瀬くんとは1年生から一緒のような気がします」
彼女と懐かしいなといいながら1年生の写真を見ていき、次のページをめくると2年の写真があった。
2年は雨咲さんと同じクラスだったので、クラスメイトの話で盛り上がった。
「こちらの集合写真、私と永瀬くん、近いですね」
「ほんとだ。雨咲さんの隣の人……山中さんだっけ? 絵が上手かったよね」
「はい、山中さんです。仲が良くて今もよくお会いしております」
「へぇ~」
つい夢中に話していて、気付かなかったが、最初より雨咲さんとの距離がさらに近くなった気がする。
ゆっくりと隣に座る彼女を見ると目が合った。こんなにも彼女を近くで見るのは初めてだ。綺麗だなと思いながら見とれていると雨咲さんは口を開いた。
「如月さんからはバレンタインにチョコもらいましたか?」
「えっ、あぁ、うん、雨咲さんの予想は当たってたよ」
「ふふっ、そうですか、良かったです。ところで、永瀬くん」
名前を言ったところで彼女は止めて俺のことを真っ直ぐと見つめる。
「一人暮らしというのは嘘ですよね?」
「!」
動揺してはいけないのになぜバレたのかと動揺してしまった。一人暮らしではないと気付かれたとしたらこの前、彼女が家に来た時だ。何を見て確信したのかはわからないが、その時に気付かれたはず。
真っ直ぐと見つめる瞳から目がそらせず、俺は本当のことを話すべきだと思った。けれど、彼女からこの話をやめた。
「誰なのかはわかりませんが、そんな気がしただけなので先ほどの発言は流してください」
凄い。俺と彩花が一緒に帰ることなんてほとんどないから同じ家に住んでいることはバレないはずなのに。同居人がいることがバレているとは。
「ふふっ、皆、全てのことを人に話す人はいません。ドキドキさせるような心臓に悪いことを聞いてすみません」
「別にドキドキは……」
雨咲さんに確認される度にドキドキしてたなんて言えない……。
すっーと彼女から離れようとすると雨咲さんが俺の近くへきて手を伸ばして頬を触ってきた。
「隠すのはよろしいですが、嘘はいけませんよ?」
「!」
「私、嘘を見抜くのは得意なんです」
これは何というかさっきと違う意味でのドキドキしてる。さっきのはバレてしまったドキドキで、そして今は彼女に触れられてドキドキしている。
「あ、雨咲さん……近い……な……」
「ふふっ、困らせてすみません」
彼女は俺から離れて座り直すと髪の毛を耳にかけてニコリと微笑んだ。
「ところで、幼馴染みの如月さんとは付き合っているのですか?」
「彩花と? ううん、付き合ってないよ」
「そうですか」
彼女は嬉しそうに微笑み、両手を合わせる。そして笑顔でソファから立ち上がり何かの雑誌を持ってきた。
「見てください、このパフェ。美味しそうだと思いません?」
「うん、美味しそうだね」
突然、パフェをメインにしているカフェの記事を見せてきたので少し驚いた。クレープを食べたけど、まだ甘いものが食べたいのかな。
「もしよろしければ休日にこのカフェに私と行きませんか?」
全く違っていた。彼女が今すぐに食べたいからパフェの話をしているかと思ったが、休日に一緒に行こうと誘うためだったのか。
「俺とでいいのかな……?」
記事の写真を見るからにパフェはとても美味しそうで食べてみたい気持ちはあるが、俺と食べる理由がわからない。俺が甘いもの好きなら誘う理由がわかるが。
「永瀬くんとがいいんです。ダメですか?」
(! 上目遣い……)
「ダメではないよ。一緒に行こっか」
「ふふっ、ありがとうございます!」
***
雨咲の家を出た頃には外はもう暗かった。彩花からはオッケースタンプが送られてきたのが最後だ。
(待たずに先に食べてるかな……)
鍵でドアを開けると玄関にいい匂いが漂ってきた。
「ただいま」
「たく、お帰り。ご飯できてるけど、お風呂先にする? それとも私とハグする?」
「最後のはよくわからないな……。お腹空いたしご飯にするよ。もしかしてシチュー?」
「うん、正解。テーブルに運んでおくからたくは手をしっかり洗うことね」
思わずおかんかと突っ込みたくなった。ありがとうと彩花に言ってから言われた通り手を洗いに行く。
手洗い、うがいを終えてリビングへ行くと彩花に抱きつかれた。
「ど、どうしたんだ?」
「抱きつきたくなったから抱きついた」
「……まだまだ子供だな」
わしゃわしゃと頭を撫でると彩花は、ムスッとした表情でこちらを見てきた。
「私も成長してるよ。こっ、こことか……」
そう言って彼女は、手を胸に当て、自分で言って顔が赤くなっていた。
「さ、さて、彩花のシチュー食べようかな」
「む~、たくのバカ」
スルーされて、背中をぽかぽかと叩いてくるがスルーする。
イスに座ると彩花も俺の目の前に座る。そして彼女もまだ夕食を食べていないことに気付いた。
(待っていてくれたのか……)
「いただきます」
「いただきます」
俺が食べ始めると彩花も手を合わせて食べ始める。
最初に野菜を食べ、そしてシチューを一口スプーンですくって食べた。
「ん……美味しい……」
「良かった。たくが作ってくれるのには負けるけど、個人的にはいい出来だと思ってる」
「俺の? いや、彩花の方が美味しいよ。また食べたいって味だし」
「また……じゃあ、また作ろうかな」
彼女はそう言ってパクっとシチューを食べて幸せそうな表情をした。
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