第27話 バレンタイン

「ん……ん?」


 目が覚めてすぐに気づいた。起き上がろうとしても起き上がることができないなと思い、少し目線をしたにやるとそこには俺に抱きついて寝転んでいる彩花がいた。


(いつの間に……)

 

 昨日の夜は、普通にお休みっていっていつも通り別々に寝ていたはずなんだけど。


「彩花さん、起きて」


 まず彼女を起こさなければ自分が起きれないので、ポンポンと背中を優しく叩く。


「たく?」

「何で布団の中に入ってきてるんだよ」

「……何となく?」

「何となくで入ってこないでください」

「む~、あっ、朝食作らないと。今日は卵サンド作るね」


 ゆっくりと起き上がると彩花は、お気に入りの枕を持って自分の部屋へ行ってしまった。


(朝から心臓に悪い……)


 ベッドから降りて制服に着替えると向こうから彩花の声が聞こえた。


「どうしよう!」

「彩花?」


 心配ですぐに彼女の元へ駆けつけるとそこにはテレビの前で立っている彩花がいた。


「どうしたんだ?」

「! なっ、何でもないよ? たくはゆっくりしてて。私は朝食作るから」


 何があったのかわからないが、彩花は慌てた様子でキッチンへ行ってしまった。




***




 2月14日。私は、当日になるまで気付かなかった、今日がバレンタインデーであること。


「どっ、どうしようこゆちゃん!」


「落ち着いて」


 学校に着いてすぐ私はこゆちゃんの元へ行き、バレンタインの話をした。


「バレンタインは今日なんだし今日作って渡せばいいじゃないかな」

「ま、間に合う?」

「間に合うと思うよ。内緒で作りたいなら私の家に来て作る?」

 

 私がサプライズが好きなのを知っていたのでこゆちゃんは提案してくれた。家だとたくがいるのでサプライズは不可能だから。


「作る! ありがとう、こゆちゃん」

「いえいえ」



***



 放課後になり、電車で1人帰っていると彩花から小雪さんの家に遊びに行くから帰りが遅くなると連絡が来た。


 帰ったらすぐに食べられるようスーパーに寄って必要なものを買って夕食を作っておこう。


 スーパーの中に入り、野菜コーナーから回っていると後ろから名前を呼ばれたので振り返るとそこには雨咲さんがいた。彼女も学校帰りに寄っているので制服姿だ。


「雨咲さん」

「こんばんは、永瀬くん。夕飯のためのお買い物ですか?」

「うん、後は明日の朝食と昼食かな」

「そうなんですね」


 ここで立ち話をすると他の人に迷惑なので、それぞれ買い物をしてからスーパーの外で合流し、途中まで一緒に帰ることに。


「永瀬くん、一人暮らしでしたよね。凄いです」

「えっと……そうかな?」


 そういや雨咲さんには話していなかった。俺と彩花が同居していることを。


「私も憧れます。大学生になったらしてみようかと考えているんです」

「へぇ~、雨咲さん、しっかりしてるし一人暮らしできると思うよ」

「ふふっ、そうでしょうか」


 彼女と一人暮らしについて話していると頭に冷たい水が当たった。ん?と思い、空を見上げると雨が少し降ってきた。


 折り畳み傘があったので、差すと傘を持っていなさそうな彼女も入れてあげる。


「雨ですね。傘持ってませんし早く帰らなくては」

「……俺の家近いし来る?」


 話している間にも雨はだんだんと強くなっていくので、そう提案すると彼女は驚いた表情をする。

 

「よろしいのですか?」

「うん、いいよ」


(彩花は帰りが遅くなるって言ってたし)


 傘がないので家まで彼女と一緒に使うことになったのだが、彩花と違って凄い緊張する。


 彩花の場合、くっついたりするので、彼女が濡れないようにできるが、雨咲さんが濡れないようにするためにくっつくことはできない。


 なので、自分は濡れてもいいと思い、傘を少し彼女の方に寄せて濡れないようにした。


 家に到着すると雨咲さんをリビングへ案内し、俺は温かい紅茶を用意した。


「熱いから気を付けて」

「ありがとうございます」


 彼女に紅茶を手渡し、俺も座ろうと思ったが、あることに気付く。


 雨咲さんはソファに座っている。彩花なら気にせず隣に座るが、ここは対面の方がいいだろうか。


 どうしようかと悩んでいると雨咲さんが、小さく微笑み、自分の隣をポンポンと叩いた。


「隣どうぞ」

「! し、失礼します……」


 雨咲さんに心を読まれた。俺が何で困っているのか顔に出ていたのだろうか。

 

 隣にゆっくりと腰かけると彼女は、何かを思い出したようで口を開いた。


「そう言えば、今日はバレンタインですね。永瀬くんは、誰かにもらいました?」

「バレンタイン……そっか、今日、バレンタインか」


 教室にいる男子に落ち着きがなかったのはバレンタインだったからか。バレンタインは自分に関係がないイベントと思っているから忘れていた。


「誰からももらってないよ」

「そうなんですか? 中学の時はたくさんもらってましたよね?」

「あー懐かしいな。何であんなにもらってたんだろう」


 自分でもよくわからないが、中学の時は何人かの女子からチョコをもらっていた。多すぎて食べるの大変だった記憶がある。


「ふふっ、今年は如月さんにもらえるのでは?」

「彩花が……」


 期待していないと言えば嘘になる。彩花という名前を雨咲さんから聞いて、彩花はチョコを俺にくれたりするのだろうかと思ってしまった。


「今年、永瀬くんがチョコをもらっていないのは如月さんが隣にいて渡しても意味がないと思う方がいるからだと私は思います」

「彩花が?」

「えぇ、永瀬くんと如月さん、お付き合いしているんじゃないかと少し噂されていますから」

「えっ!?」


 そんな噂は初めて聞いた。俺と彩花はクラスが違うし学校で一緒にいることはほとんどない。たまに話したり、一緒に帰ったりはするが、それを見られて噂になったのだろうか。


「噂しているのは少数です。さて、雨が止んだようなので帰りますね。温かい紅茶をありがとうございます。こちらマカロンです、ハッピーバレンタイン、永瀬くん」


「あ、ありがとう……」


 これをどういう意味で受け取っていいのかわからないが、雨咲さんから可愛らしくラッピングされたマカロンを受け取った。


「これは……」

「どう受け取ってもらっても構いません。友チョコでも義理チョコでも、本命でも」


 彼女はそう言ってうっすらと微笑む。


(どれ、何だろう……)


 雨咲さんが帰り、数分後、雨凄かったと言って彩花は帰ってきた。


「たく、今ちょっといいかな?」

「ん? どうした?」


 後ろを振り返ると手を後ろに回している彩花がいた。そんな彼女を見て俺は雨咲さんの言葉を思い出した。


『ふふっ、今年は如月さんにもらえるのでは?』


(ま、まさかな……)


 そしてそのまさかで彩花は、後ろに隠していたものを出して俺に手渡した。


 受け取ったものは紙袋で中にはラッピングされたカップケーキとスコーンが入っていた。


「こ、これ……こゆちゃんに教えてもらって作ったの。今日、バレンタインだからたくに渡したくて」


「ありがとう、彩花。夕食の後に食べるよ」


 ニコッと笑顔でお礼を言うと彩花は、嬉しそうに笑った。


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