第18話 気付く気持ち

「たっ、たく……嬉しいんだけど抱きしめすぎ……」


 彩花の声がする。遊園地に行って1日一緒にいたから夢の中に出てきたのかな。


「! た、たく?」


 また彩花が俺の名前を呼んでいる気がする。夢に知っている人が出てきたときって何かある時だっけ。


(あれ、これは本当に夢なのか……?)


 手を動かすと何かに触れた。ゆっくりと目を開けると目の前にはいるはずがない彩花がいた。


「えっ……」

「たく、やっと起きた……。急に抱きしめるからビックリしちゃった。私は抱き枕じゃないよ」

「…………」


 俺は一体、何をやってしまったんだろう。状況が全く読めない。ただ俺が彼女を抱きしめたことだけはわかった。


「ごっ、ごめん! てか、何でここにいるんだ?」


 慌てて起き上がり謝罪すると彩花も起き上がり布団をぎゅっと握る。


「昨日、怖くて1人で寝れなかったから一緒に寝たの。たくにぎゅーされて嬉しかった……」


 ポッと顔を赤くして嬉しそうな表情をする彩花。俺は本当に抱きしめただけだろうか。何か取り返しのつかないことをしてしまってないよな。


「あ、彩花さん……」

「? どうしたの?」

「俺は、抱きしめただけだよな? 他に何か彩花にしたりしてないよな」


 夢だからと言って好き放題やっていないことを願い、彼女の答えを待つ。


「私も寝てたから覚えてない。たくにぎゅーとされたらから起きたよ」


 まぁ、覚えていないならそこまで変なことはしてなさそうだ。


「あっ、朝ごはん。彩花はもう少し寝ててもいいよ。時間になったら起こすから」

「うん」


(……んん?)


 俺は、あることに気付き、気になったが、ベッドから降りて、制服を持って洗面所で着替える。


(彩花の服がはだけていたような気がしたが、本当になにもしてないよな)


 制服に着替え終えると顔を洗い、キッチンで朝食と学校へ持っていくお弁当の準備をし始める。


 お弁当を作った後は、最近良く使うステンレスカップを俺の分と彩花の分を用意し、温かいスープを作る。


 このステンレスカップは俺が水色で彩花が紫だ。事前ににどの色がいいか聞いて買ったもの。


「いい匂い」


 横を向くとそこには起きて制服に着替えた彩花の姿があった。今から起こしに行こうとしていたが、今日はその必要がなかったようだ。


「今日はサンドイッチとココア。持っていってくれる?」

「うん、持っていく!」


 彼女に手渡し、テーブルへ運んでほしいと頼む。2人で運び終えると向かい合わせに座って一緒に朝食をとった。


 食べた後は、洗い物、簡単な掃除、そして学校へ行く準備をささっと済ませる。


「帰り雨降るかもしれないから折り畳み傘忘れないようにな」

「そうなんだ、ありがと」

「お弁当ここ置いておくから忘れないようにな」

「うん、わかってる!」

「水筒もここに」

「うん。何だかたくが親に見えてきたよ……」


 彩花に親と言われて俺はまたやってしまったなと気付く。なぜ俺はいつもこう保護者みたいなことをしてしまうんだ。悪いことではないのだが甘やかしすぎるのはよくないよな。



***



 たくと別れ、こゆちゃんと学校へ向かう。すると、私の表情を見たこゆちゃんは、小さくクスッと笑った。


「おはよ、彩花。何だか嬉しそう」

「ふふっ、わかる? たくがね今朝、私をぎゅーと抱きしめてくれたの」

「へぇ……えっ……?」


 こゆちゃんは、聞き間違いかなといいだけな表情でこちらを見る。


「やっぱり付き合ってないとおかしい。ね、本当に付き合ってないの? 普通の幼馴染みは抱きつかないよ」

「普通の幼馴染み……私とたくは家族だよ?」

「家族……何かどっかで聞いたことが……」


 こゆちゃんは、何かを思い出そうと手を口元に当てる。


「まぁ、仲いいってことはわかったよ。付き合っていてもおかしくないぐらいに。相変わらず進展なしなんでしょ?」


「うん……私に魅力がないからダメなのかな」


 好きと伝えて大胆にアタックしてもたくはありがとうと言うだけで終わり。たまに俺も好きだよと言ってくれるが、これは何か違う。


 嬉しいことなんだが、異性として好きだよと言われてる気がしない。


「彩花は可愛いから自信持って」

「こゆちゃん……」

「これは1つ試してみようかな」


 こゆちゃんは、隣でボソッと呟いたが、声が小さすぎて私には聞こえなかった。



***



 放課後。俊と寄り道しようと話し、教室を出ようとすると白石さんが廊下で手招きしていた。


 俊に少し待っていてと伝えた後、白石さんのところへ向かう。


「白石さん、どうしたの?」


 白石さんが俺に用があり呼ばれるのは始めてだ。いつも彼女と会うときは彩花がいるが、今はいないようだ。


「この漫画読んでみて。是非、永瀬くんに読んでほしいから」


 そう言って白石さんから受け取った漫画は『気付けばいつも君を』という少女漫画だった。


 これをなぜ俺に?と思っていると後ろから俊の声がした。


「おっ、これ君いつじゃん」

「あっ、宇都宮くん知ってるの?」

「おぉ、知ってるぜ。姉が無理やり読めって言ってきたんだけど読んでみたら面白くてさ」

「うんうん、わかる」


 2人で盛り上がってる中、俺は貸してもらった漫画をパラパラとめくってみる。


「匠も読まなきゃ損だぞ。てか、読んだ方がいい。あっ、なるほど、白石さん、そういうことね」

「ふふ、そういうことです」


 何がそういうことなのかわからないが、一度読んでみよう。


「ありがとう、白石さん。読んでみるよ」

「うん、読んでみて。じゃ、またね永瀬くん、宇都宮くん」


 白石さんと別れ、俊と寄り道して家に帰ると彩花が夕食を作っている間に俺は自室で借りた漫画を読んでいた。


 話は普通の少女漫画で、主人公の女の子が男の子を好きになる話。だが、その好きな幼馴染みの男子は好きだということに気付いてくれないそう。


(幼馴染み……か)


 幼馴染みという文字を見て彩花がパッと頭に浮かんだ。


 幼馴染みだから元々距離が近く、好きだということに中々気付かない。一緒にいて楽しくて、笑顔が好きで、誰にも取られたくないと思っているけど相手は……。


(笑顔が好き……あれ、もしかして……)


 家族で、一緒にいて楽しいと思って、いろんな表情をするけど笑顔が1番好きで……。




 そっか、俺──────




「彩花のことが好きなんだ」







    

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