第12話 アルバム

「た……たく……ううん、ダメだ。もう1回。た、たく……」

「彩花、買い物行くけど……って、どうした?」


 ソファに座っている彩花に声をかけると彼女は、三角座りして何やらブツブツと呟いていた。


「たーくー!」

「うおっ、体当たり怖いんだが」


 前から抱きつくというより体当たりしてきたので、驚いて一歩下がる。


 何か慌てていた様子だったので、一旦落ち着かせるために彼女をソファへ座らせた。


 その隣に俺は座り、何があったのかと彩花に問いかけた。


「私、頑張ってたくの名前呼ぼうとしたんだけど、なぜか呼べなくて……」

「えっ? たくじゃダメなのか? この前、俺、いいって言ったけど……」


 この前、たくと呼びたいと言ったのは彩花だ。急に匠と呼びたくなったのだろうか。


「そうだけど……たくは、ちゃんと名前で呼んでほしそうだったから……」

「彩花の好きに呼んでいいよ。呼びたい名前で呼んでもらった方が俺は嬉しいから」


 たくという呼び方は呼ばれ慣れている。この前は、間違えて名前を覚えられているから「たく」じゃないと彼女に言っただけ。嫌だから言ったわけではない。


「じゃあ、たっくん」

「その呼び方は却下です。あー、嫌なこと思い出した」

「ふふっ、可愛い名前だと思うよ」

「そうか?」


 変なあだ名をつけたある人物が頭に浮かび、小さくため息をつくと、インターフォンが鳴った。


 今日は友達、家族の訪問の予定はないし、宅配が来る予定もない。となると一体誰が来たのだろうか。


「私、出るよ。たくは、待ってて」

「えっ、あっ……」


 誰かわからないからモニターを見てから行くべきだが、俺も彼女に続いて玄関へ行くと、彩花の「きゃっ」という声が聞こえた。


「彩花!?」


 慌てて行くと玄関には、俺の母親である永瀬千夏ながせちなつが彩花を抱きしめていた。


「って、母さんかよ。連絡なしに急な訪問はやめてくれ」


 彩花を母さんから引き離し、少し距離をとる。すると、母さんは口を開いた。


「あら、この前来たときにまたいつか来るわねと言ったわよ」

「それは連絡になってない。いつ来るか明確にして来てほしい」

「わかったわ。それにしてもやっぱり可愛いわね、彩花ちゃん」


 また母さんが、彩花に抱きつこうとするので、俺は彼女を守るように間に入る。


「彩花が嫌がってる」

「わ、私は別に大丈夫だよ……さっきはちょっとビックリしただけだから」


 彩花は、俺の服の裾をぎゅっと握り、後ろから顔だけ出して話す。


「あらあら彩花ちゃんは、匠にベッタリね。もしかしてついに付き合い始めたの?」


 ニヤニヤしながら聞いてくる母さんの言葉に対して俺はすぐに答える。


「付き合ってない。前と変わらず同居人であり、幼馴染みだ」


 俺がキッパリとそういうと母さんが後ろにいる彩花を見る。


「彩花ちゃんは、その関係が不満そうだけど?」

「! ふ、不満なんてそんな……たくと住めて毎日、幸せですし……」

「もう何言っても可愛いわ。さて、少しだけお邪魔してもいいかしら? ここで話すのも疲れるでしょう?」


 母さんの手にはケーキが入った箱がある。これはもしかしたら俺が好きなチーズケーキが入っているかもしれない。


 そう思った俺は、母さんをリビングへ案内した。


 予想通り、母さんは、チーズケーキを持ってきてくれていて、彩花が紅茶を淹れるといって、キッチンへ向かった。


 1人に任せるわけにはいかないので、遅れて俺もキッチンへ行く。


「手伝う」

「ありがとう。それにしても驚いたね、ちょうど千夏さんの話をしてたから」

「驚いたより怖いと思ったな。買い物だけど、母さんが帰ったら行こう」

「うん、わかった」


 お皿に乗せたケーキと紅茶を淹れたコップを3つをソファの前にあるセンターテーブルへと俺と彩花で運ぶ。


「2人ともありがとう」


 母さんにソファを勧めたが、2人で座りなさいと言われていつもの場所に俺と彩花が座る。母さんはというと俺達の目の前に座った。


 持ってきてくれたケーキを一口食べると甘い香りが口の中で広がる。


 美味しいなと思っていると母さんが口を開いた。


「で、彩花ちゃん。匠は、彩花ちゃんに嫌がるようなことしてない?」


 親なのに子供を信じていないのかと心の中で突っ込み、彩花がどう答えるのか待つ。


「嫌がるようなこと……いえ、たくは、優しいですし、私のことを気にかけてくれます」


 手を胸に当てて天使スマイルで俺に微笑みかけた彩花。俺も母さんもおそらく同じことを思っただろう。可愛いと。


「そうなの。それなら良かったわ。ここは2人の愛の巣ね」

「あっ、愛の巣……ふふっ」


 違うとは否定せずに喜ぶ彩花。俺がここで違うと言うのも何か違うな。


「そうだ、彩花ちゃん。いいものを持ってきたの」

「いいものですか……?」

「そういいもの。食べ終わったら匠がいないところで一緒に見ましょうね」

「は、はい……」


 彩花は何だろうかと首をかしげる中、俺は母さんが言ういいものに何となく察しがついていた。


「母さん、俺のアルバムは見せるなよ」

「彩花ちゃん、ケーキは、どう?」

「とても美味しいです」

「母さん、聞いてる?」


 聞こえているはずが、俺の言葉は書き消されてしまった。


 ケーキを食べ終えると食器は俺が片付けることにした。彩花と母さんはというと何やら楽しそうにしている。


「見て、たくと彩花ちゃんよ」

「かっ、可愛すぎる……」


 母さんは、彩花に小さい頃の写真を見せていた。テンションが高い彩花は、母さんから許可をもらい、写真を撮っていた。


「彩花ちゃんも可愛────」

「たくの方が可愛いです。千夏さん、是非、たくの写真集を作りましょう!」

「作らないでください」

「た、たく!?」


 彩花は慌ててアルバムを閉じたが、もう遅い。隠そうとしたが、見え見えだし。


「えっと、これは……私が千夏さんに無理言って頼んで……たく?」

「別に怒らないよ。写真集はやめてほしいけど」


 優しく彼女の頭を撫でると、彩花は驚いたような表情をして、ふんわりとした笑みを見せる。


「たくも一緒に見る?」

「……ちょっとだけ見ようかな」

「うん、一緒に見よ」


 写真に写った自分はあまり好きではない。いいように写っていないからだ。けど、今なら……。






            

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