第11話 可愛い

「んー、なんか大きい」


 上の服を着た彩花は、そう呟きながらダボダボな無地のティーシャツを着て俺の目の前に現れた。


 俺は、読んでいた本を閉じて隣に座った彼女の頬をむにむにと触った。


「ひゃっく(たく)?」

「それ、俺のです。今すぐ脱いで」


 大きいなとわかった時点で彩花も気付いていたはずだ。この今着ている服が彼女のではなく俺の服であることに。


「む~、わかった。たくがそう言うなら脱ぐね」

「ちょ、ここは────」


 ここで脱ぎ出そうとしていたので彼女を止めようと手を伸ばすとバランスを崩して彩花を押し倒すような形になってしまった。


 目の前には驚いた表情をした彩花。てか、この体制、どう戻ったらいいのだろうか。咄嗟に手をついたから彩花に怪我はないようで良かった。


 綺麗な彼女に見とれていると彩花は、ふにゃりと頬を緩ませニヤニヤしていた。


「ふふっ、たく、積極的だね……」

「っ! いや、これは……」

「いいよ……たくにならどこ触られてもいい」


 彩花に片手で頬を触られ、心拍数がどんどん上がっていく。


(どこを……触っても……)


「いや、遠慮しておきます」

「む~」


 何とかして起き上がると、彩花が頬を膨らませてこちらをじーと見てくる。


 そんな彼女を見て俺は、優しくそっと彩花の頭を撫でた。


「これでいいか?」

「……うん、私は、今、とっても幸せ」


 天使のように微笑む彼女を見て、小さい頃に彼女の笑顔に心奪われてから彩花のことを意識し始めたことを思い出した。


 最初は、彩花を1人にしたら危なっかしいから側にいたけれど、今は違う。何が違うかは、自分自身もよくわかっていないが、彼女の側にいたいことは変わらない。




***




 翌日。その日は、雨が降っていた。教室の窓側でこゆちゃんと昼食をとっていた私は、外を眺めながら考え事をしていた。


 何かあったんだろうと悟ったこゆちゃんは、箸を置いて、水筒の水を飲んでから口を開いた。


「もしかして、永瀬くん関係の悩み? また積極的にアピールしたのにスルーされたとか」

「こゆちゃん、エスパー!?」

「違うよ。彩花がわかりやすいだけ」


 私は、何かあったらすぐに表情に出るらしい。自分はそうは思わないが。


 一緒に住んでいて積極的に彼にアピールしている私だけど、たくは中々、気持ちに気付いてくれない。


「やりすぎて逆に嫌われてたり……」

「や、やりすぎ……」


 私は、こゆちゃんの言葉を聞いて、これまでたくにしたことを思い返してみる。


 好きとか、くっついたりとか、もしかしてたくにとっては迷惑なことだったかもしれない。


「いや、それはないか。この前、永瀬くんと話したけど、彼から彩花大好きって感じがしたし」

「大好きって感じ?」

「うん。私と永瀬くんで彩花クイズやったんだけど、2人とも全問正解でさ」


(彩花クイズとは……)


 仲良さそうなことしてるなぁと思いつつ、不思議なクイズが気になる。


「永瀬くん、彩花のこといろいろ知っててビックリしたよ」

「たっ、匠くんが私のことを……」


 頬を両手で触り、ニヤニヤとにやけているとこゆちゃんにまたやってるなぁという目で見られた。


「おーい、彩花。箸で掴んでる卵焼き落ちそうだよ」

「あっ、ほんとだ。匠くんに怒られるところだった」

「永瀬くん、怒らないでしょ。彩花の保護者って感じするし」


 保護者か……私は、幼馴染みでもなく、恋人関係になりたいけど、やっぱりそう見られてるなら難しいのかな。


「ねぇ、こゆちゃん。私って危なっかしい?」

「んー、まぁ、見てないところで転けたりしてそうなイメージはあるかな」

「そんなイメージなんだ……。私、そんなに転けたりしないけど……」


 いや、けど、待って……。この前、転けそうになってたくに助けてもらった。こういうことがあるからたくは……。


 これからはしっかりしよう。そうしたらきっとたくは、私のことを恋愛対象として見てくれるかもしれない。


「こゆちゃん、私、もっと頑張る!」

「うん、私も協力するよ」




***



 帰り道。駅までこゆちゃんと帰ることにしてそこからは駅で先に待っていたたくと帰ることに。


 スマホを片手にしていた彼を見つけ、私は、駆け足でそこへ向かう。


「たーくっ! お持たせ」


 たくの目の前に行くと彼は、スマホから顔を上げて、私のことを見て動揺した。


「お、おぉ……今朝とは髪型違うな」


 たくのすぐに変化を気付いてくれるのが好きだ。私のことを見てくれると思うと嬉しくなる。


「ふふっ、お団子ヘアだよ。こゆちゃんに教えてもらったの」


 ふわりと笑顔を見せるとたくは、目をそらして口元を抑えた。よく見ると彼の耳が真っ赤だ。


「たく?」


 覗き込むようにたくに近づくとなぜかすすっーと数歩後ろに下がった。


「ちょ、ちょっと待ってくれ……」

「? 大丈夫?」

 

 これ以上近づいても逃げられる気がしてこの場から心配する。


「ご、ごめん……あまりにも彩花が……」

「私が……?」

「か、可愛いから……直視できなくなったというか何というか……」

「!」


(今、たくに可愛いって……)

 

 たくの言葉が頭の中で何度も再生される。頬を両手で触って喜んでいるとたくがこちらを見ていることに気付いた。


 彼にニコッと笑いかけるとたくも微笑み返してくれた。


「彩花、電車来るからそろそろ行こっか」

「うん!」


 焦ることはない。たくとこうして一緒に過ごす時間はまだある。少しずつ気持ちを伝えていけばいい。


 たくがいつか私の好きという気持ちに気付いてくれるまで私は諦めない。けど、嫌われるのは嫌だから控えめにしよう。


 2人で改札の方へ向かっていると後ろからたくは、誰かに抱きつかれていた。


「お兄ちゃん!」

「おっ、おおおおお兄ちゃん!!??」


 たくと私は、後ろを振り返るとそこには小さな女の子がいて、しばらくするとそこへ向かって大人が走ってきた。


「す、すみません、人違いです。ななちゃん、お兄ちゃんはあっちよ」


 大人の(おそらく保護者)がペコリと礼をし、子供を連れてこの場を立ち去っていった。


「たく、ビックリしたね」

「あぁ、ビックリした……」

「あの小さい女の子のお兄ちゃん、たくと似てたのかな」

「そうかもね」






            

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