第8話 ライバル

(頬にキスしちゃった……)


 顔を真っ赤にさせて、リビングから自室へ移動した彩花は、ベッドの上でクッションを抱きしめて先ほど自分がしたことを思い出す。


 ご褒美と言ってなぜ彼の頬にキスしたのか自分でもわからない。


(したくなったからしてしまった……?)


「ん~、たくとどんな顔して会えばいいんだろう……」


 まだ彼とゲームをしたかったが、今は会えない。こんな顔、恥ずかしくて見せられないから。


「たく……私は、ずっと……」


 ここから先の言葉は、まだ言うときではない。言うべき時は、多分、自分の気持ちが相手に伝わった時だ。




────同時刻




 友人の俊に対戦しようぜと誘われた俺は、テレビに向かってゲームをしていた。


 だが、さっきの出来事が頭から離れず、全くゲームに集中できない。


 通知音がしたので、スマホを見ると俊からメッセージが届いていた。


『おいおい、今日どうした? 負けるなんて珍しいな』


「……集中できないんだよ」


 こんなことを俊に言ったら言い訳かよと突っ込まれそうだ。


 コントローラーを持ったまま目を閉じて、少し考え事をしていると太ももに何か乗った気がした。


 目を開けると彩花が俺の膝の上に頭を乗せていた。


(いつの間に来たんだ……)


「彩花?」

「さっきはごめん……嫌だったよね」


 さっきというのはおそらく頬にキスをしたことだろう。


「嫌じゃなかった……ゲームに勝ったご褒美になったから」

「! ふふっ、たく好き」


 ふにゃりと顔を緩ませた彼女に俺はドキッとさせられた。


(可愛すぎるだろ……)

 

「はい、どいたどいた。今、友達とゲーム中だから」


 今、顔真っ赤で言ってるんだろうなと思いながら彼女を起き上がらせる。


「友達って、宇都宮くん?」

「そうだよ」

「へー」


 俊からもう1戦しよう連絡が来たので再び、ゲームしようとすると彩花が、肩にもたれ掛かってきた。


「彩花さん、やりにくいから離れてくれません?」

「たくは、私よりゲームなんだ」

「何だよそれ」


(彩花は、暇で相手をして欲しいのだろうか)


 彩花との距離が近く気にしているといつの間にかゲームが始まっており、俊に負けてしまった。


「あっ、負けちゃった……私のせい?」

「いや、俺がぼっーとしていただけだ。彩花のせいじゃない」


 ドキドキしてゲームに集中できなかったとは言えるはずがない。




***




 買い出しに1人で行った帰り道。偶然、白石さんに遭遇した。彼女も買い物帰りだそうだ。


「今、帰り? もしそうなら私、彩花に会いたいから今から家に行ってもいいかな?」

「うん、いいよ。帰るところだから一緒に行こう」


 白石さんとは二人っきりで話すことは今まであまりない。いつも彩花がいて、それで話すことはあったが。


 横に2人並んで家へ向かうが、何を話せばいいのかわからず沈黙が続く。


 彩花以外の女子とあまり話さないからなぁ。どう話せばいいのか……。


 信号が青になり、歩き始めると、白石さんは、口を開き、俺に話しかけてきた。


「前から気になってたんだけど、永瀬くんって彩花のことどう思ってるの?」

「どうって……」

「好きとか恋愛感情はないの?」


 白石さんの問いに俺はすぐに答えられず黙り込んでしまう。


 俺は、彩花のことをどう思っているのか。幼馴染みで、一緒に暮らしていて……好きだけど、それが恋愛的な意味なのかはまだわからない。


「彩花は……俺にとって家族……かな」


「家族……へへぇ~、ただの幼馴染みじゃないんだぁ」


 俺の答えに白石さんはニヤニヤとこちらを見てくる。俺は、何かおかしな解答をしてしまったのだろうか。


「それ、彩花に言ってあげたら喜ぶだろうなぁ」

「そ、それはちょっと……」

「ふふっ、言わないよ。安心して」


 白石さんは、ニコッと微笑みかけ、笑顔で前を向いた。


「今日、彩花の誕生日だけど、何かプレゼントしたの? 私、絶対に喜んでくれるいいもの用意したけど」


 何を持っているんだろうかと気になっていたが、どうやら白石さんが手に持っていたのは彩花へのプレゼントだったらしい。


「猫のぬいぐるみとネックレスを……」

「ほほぉ~、これは負けたかも」

「白石さんはどんなプレゼントを用意したの?」

「私は、猫のマグカップと文具セットだよ。彩花が猫のマグカップが欲しいって言ってたからね」

「へぇ~、猫のマグカップ……」


 そう言うと白石さんは、ふふんと俺のことを見て謎の笑みを浮かべた。


 一緒に住んでるのに彼女が欲しいものも知らなかったの?と言いたげな顔だ。実際にそう言っているわけではないので俺の勝手な想像だが。


「そう言えば、彩花、最近、新しくできたカフェのケーキが食べたいって言ってなぁ」


 勝負なんてしていないのだが、白石さんに負けたくないと思い、一人呟く。すると、白石さんは、クスッと笑い、口を開いた。


「へぇ~、そう言えば、私、彩花が水族館行きたいって行ってたなぁ」

「それは知らなかった。ところで、白石さん。彩花が────」


 このやり取りを何度も繰り返し、気付けばマンションに到着していた。


「お帰り、たく……と、こゆちゃん?」


 ドアを開けるとリビングから彩花が物凄い早さで走ってきた。だが、俺と白石さんが何か言い合っているのを見て固まる。


「私の勝ちよ、永瀬くん」

「いや、俺の方が彩花のこと知ってた。俺の勝ちだよ」


「むむっ、仲良さそう……」


 頬をぷく~膨らませて機嫌が悪そうだったが、白石さんがプレゼントを渡すと笑顔になった。


「彩花、誕生日おめでとう。プレゼント渡しに来たよ」

「わっ、ありがとう、こゆちゃん!」


 ワクワクしながらプレゼントは何かと袋の中を見る彩花を見ていると隣で白石さんが、小さく笑い、俺にだけ聞こえる声で話した。


「永瀬くんとはいいライバルになれそうだね。彩花のことたくさん知ってるし」

「ライバル……?」


 何のライバルだろうと思ったが、聞くまでもない内容な気がして聞かなった。







               

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る