第5話 ハグ

 小さい頃の彩花は、俺にベッタリだった。俺ではなくもっと他の子と遊んだらと言っても彼女は首を横に振った。


「たくと遊びたいもん……。たくは、私と一緒にいるのイヤ?」


 うるっとした目で聞いてくる彩花。彼女といたくないわけではないのですぐに首を横に振った。


「嫌じゃないよ。けど、俺以外に話せる子もいた方がいいと思うよ。困ったとき、俺がすぐ側にいられるわけじゃないから」


「……私はたくの側にいたい。けど、たくがそう言うなら周りの子達とも仲良くしてみる」


 彩花は俺に依存しそうな感じがしていたのでその彼女の言葉には背中を押したくなった。


 彼女の頭に手を置いて、優しく撫でながら応援の言葉をかける。


「頑張れ」

「うん、頑張る」


 寂しそうな顔をしていたが、笑顔になった彩花は、俺にピトッとくっついた。




***




「夢か……」


 懐かしい夢を見た。ゆっくりと体を起こし、うんと背伸びをする。


 この時間だといつもならキッチンの方から音がするが、今日は静かだ。


 朝食を作るのはいつも彩花だ。朝には強い方なので起きれないなんてことはあまりないのだが、昨夜は夜更かししていたからまだ起きていないのかもしれない。


 彩花はまだ起きていないと予想し、部屋から出てキッチンへ行く。


「やっぱりまだ寝てるか」


 いつも朝食は彩花に作ってもらってるし、今日は俺が作ろう。


 順番的には、学校へ持っていく2人分のお弁当、そして次に朝食だな。


 彩花みたいにタコさんウイナーのように可愛いものはできないが、お弁当の蓋を開けてワクワクするようなお弁当を作ることにする。


 朝食は、ホットミルクとフレンチトーストを作った。昨日の朝食は、和食だったので、今日は洋食だ。


(できたし、起こしに行くか……)


 急に女子の部屋にはいるわけには行かないのでコンコンと彩花の寝室をノックした。


「彩花、起きてる?」

「…………」

「入るぞ……って、落ちてる」


 中にそーっと入り、彩花は、ベッドの上に寝ているかと思いきや、ベッドから落ちていた。


 寝てる間に落ちたら痛いと思って起きると思うんだが……。


 彼女の近くにしゃがみこみ、トントンと優しく体を叩く。


「彩花、学校だから起きて」

「ん~、たくがハグしてくれたら起きれる……」

「ハグって……」


 いつもならシャキッとして起きているのにこんな状態って……もしかして俺に甘えているのだろうか。


 けど、これ、俺がハグしないと起きない気がするんだよな。


 どうしたらいいのかと悩んでいると彩花は、ゆっくりと起き上がり、手を広げた。


「たく……んっ、ぎゅーしよ?」

「起きてるし、したいだけ───って、彩花さん?」


 彩花は、俺に抱きつき、寄りかかってきた。この光景を他の人が見たらどう見ても襲われてると思われるよ。


「たく、いい匂い……今日は頑張れそう」


(俺の匂いで頑張れるの……?)


 しばらくぎゅーされていたが、ずっとこの状態だと遅刻するので、何とか彩花を自分から離れさせ、俺は部屋を出た。


(食べる前に俺も制服に着替えよう……)


 


***




「彩花、行くよ」

「うん」


 朝食を食べ終え、学校へ行く準備ができると俺は先に玄関へ向かう。


 朝はいつも電車に乗り、学校の最寄り駅までは彩花と一緒に行くことにしている。最寄り駅から学校まではそれぞれ一緒に行く友達がいるので、そこからは別々だ。


「あっ、ネクタイ曲がってるよ」


 玄関へ遅れてやって来た彩花は、少し背伸びをしてネクタイを直してくれた。


「……あ、ありがと」

「いえいえ。たく、私のリボン曲がってない?」


 そう言って彩花は、ついているリボンが曲がってないか聞いてきた。


「ううん、大丈夫」

「確認ありがと」


 家を出て、一緒に電車に乗る。学校の最寄り駅に着くと彩花は、いつも一緒に学校へ行っている白石さんと合流していた。


「彩花、おはよ。あっ、永瀬くんもおはよ」

「おはよ、こゆちゃん」

「おはよう、白石さん。彩花をよろしくお願いします」

「ふふっ、頼まれましたっ」


 白石さんといる時によくするやり取りをすると、彩花は頬を膨らませた。


「2人とも私は子どもじゃないよ。心配しなくても大丈夫だから」


「別に子ども扱いしてないよ。さっ、行こっ」


 そう言って白石さんは、彩花の頭を撫でた。


「む~、あっ、たく、またね」


 俺は待ち合わせがあるので彩花とはここで別れることになった。彼女に手を振り返すと後ろから名前を呼ばれた。


「おはよ、匠」

「おぉ、おはよう俊」


 後ろを振り返るとそこには同じクラスの友人、宇都宮俊うとみやしゅんがいた。


「見たぞ、さっきの。可愛い幼馴染みとの生活はどう? さすがに何か進展あったよな?」

「ねぇーよ」

「なんで!」


 学校へ歩いていくと、遅れて俊が、走って隣に並んだ。


「いやいや、何もないって嘘だろ。如月さん、可愛いし、美人だし」

「ほんとに何もないよ。彩花とは幼馴染みってだけだから」


 これまでもこれからも俺と彩花の関係は変わらない、はずだ。




***





 家に帰ってくると玄関には靴があり、先に帰ってきているのを確認するとリビングから彩花が走ってきた。


「たく、お帰り。お弁当とっても美味しかったよ」

「お、おう。それは良かった」


 久しぶりにお弁当を作り、彩花のような可愛いお弁当にはならなかったが、美味しいと言ってもらえたからいいか。


「ほ、ほんとはね、たくのお弁当、食べるのもったいなくてこのまま持っておこうかなって思ったの。けど、食べないとたく、怒るだろうからちゃんと食べた」


 どやっと彩花は、そんな表情をするが、これはどう反応すればいいんだろうか。


「えーと、取り敢えず、偉いな……。何かおやつ作るけど何がいい?」


 スイーツは市販のものも食べるが、俺と彩花は、自分で作ることが多い。安くすむという理由もあるが、俺は作るのが好きなので家で作って食べることが多い。


「久しぶりにパウンドケーキが食べたいな」

「了解。紅茶も淹れるな」

「やたっ、はちみつ紅茶がいいな」

「わかった」


 一度自室へ背負っていたリュックを置きに行き、私服に着替える。そしてキッチンへ移動し、パウンドケーキを作り始めることにした。


 すると、彩花も手伝いたいのかエプロンをつけてやって来た。


「一緒に作るよ」

「ありがと、彩花」


「あっ、今日、久しぶりに夢を見たの……小さい頃の夢。たく、小さくて可愛かった」

「俺? 可愛いのは彩花だと思うけど……」


 そう言って、チラッと彼女の方を向くと彩花は、顔を真っ赤にさせて、固まっていた。


「たく、そういうことサラッと言うから好き」





        

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る