第4話 お揃いのシャツ

 お風呂に入り、出てくるとリビングのソファで彩花が寝転がっていた。何度も風邪を引くと言っているというのに毛布をかけずに寝ている。


 彼女の肩をトントンと優しく叩きながら名前を呼ぶと手を握られた。


「彩花?」

「たく……?」


 名前を呼んだ彼女は、寝ぼけているのか俺の首に手を回し、抱きついてきた。


「えへへ、良い匂い」

「! 起きてるのかよ……」


 良い匂いなのは、彩花の方だと思う。近いからか彼女からとても良い匂いがする。同じものは使っていないので、俺とは違う匂いだ。


 ぎゅーと抱きしめられていたが、今の体勢がきつくなり彼女の手を首から離し、まだ寝る様子がないので、毛布を取ってきて、後ろから彼女の肩に優しくかけた。


「ありがと。たく、数学教えて?」


 机に置いていた数学の問題集を手に取った彼女は、隣に座った俺に近づきお願いしてきた。


「いいけど、数学は彩花の方が点数いいよな。俺が教えられるところだったらいいけど……」


 彩花は、毎回定期試験で10位以内にいて成績優秀だ。そんな彼女がわからないところなんて俺もわからない気がするが。


「ここがわからない」


 問題集を俺に手渡し、くっつく彩花。わざとなのかわからないが、腕に柔らかいものが当たっているのは気にしないでおこう。


「あーこれな。周りの人もわからないって言ってたところだ。これは───」


 白紙の紙をもらい、解き方を書いていき、隣で彩花はなるほどと呟きながら聞いていた。


「こんな説明で大丈夫?」


 教え方は下手ではないと思っているが、伝わったか確認する。


「大丈夫、ありがと。お礼にハグか頬にキスしてあげる。どっちがいい?」


 ハグか頬にキスって選択肢はそれしかないのか。かなりのご褒美だが、どちらというと彩花がしたいような気がする。


「あっ、膝枕でもいいよ? 私、膝枕でたくを甘やかす自信ある」

「どんな自信だよ」


 けど、ハグか頬にキスより膝枕してほしい気持ちがある。気付けば、いつの間にか真剣にお礼の内容を考えていた。


「ひ、膝枕で……」

「わかった、膝枕ね。どーぞ」


 彼女は、膝を優しく叩き、俺が頭を置くのを待っていたので、ドキドキしながら俺は彼女の膝に頭を乗せた。


「しっ、失礼します……」

「ふふっ、可愛い。ダメダメになるぐらい私が甘やかしてあげるね」


 そう言って彼女は、俺の頭を優しく撫でてくれる。


 頭を撫でられているとだんだん眠くなってきた。これは本当に彼女の言うダメダメになるかもしれないな。


「ね、たく……。私と住むんじゃなくて、一人暮らしの方がいいなって思う?」


 最初は一人暮らしの予定だった。けど、いろいろあって彩花と住むことになった。


 今、俺は、彩花といる時間が当たり前になっている。1人だと多分、何かが足りない気持ちになってしまうかもしれない。


「今年から一人暮らしするぞって気持ちはあったけど、今は、彩花と生活がいい……かな」


 少し照れながらそう答えると彩花は、この体勢で抱きつこうとする。


「たく、好き」

「ちょっ、この体勢で抱きついたら───あっ」


 ソファから落ちそうになり、彼女を止めたが、すでに遅かった。




***




 勉強をした後、洗濯物が終わったようで乾かすことにした。同居することが決まってからのルールだが、洗濯物は自分の分は自分でやることになっている。


 先に俺が自分の分を洗濯機から出して干そうとするとあることに気付いた。


(おかしい……昨日はこの服を着ていないのに洗濯されている)


 取り敢えず、無地のティーシャツを持って、ソファでテレビを見る彩花のところへ行く。


「彩花、これ着た?」

「?」


 俺の質問に彼女は、首をかしげて俺から目をそらした。


 また可愛らしくわからない反応してもダメですよ、彩花さん。


「この服、前も着てたけど気に入ったのなら彩花のサイズに合うやつ買ってこようか?」

「えっ、いいの!?」

「うん、明日買いに行ってみるよ」


 この無地のティーシャツは女子も男子も着れる服だ。俺の服のサイズは彼女には大きすぎるし、合うサイズの方がいいだろう。


「やったっ、たくとお揃い。私も明日、予定ないから一緒に行ってもいい?」

「あー、そうだな、サイズとか本人いた方が買いやすいし」

「うんうん。たくとショッピング楽しみ……」


 彩花は、嬉しそうに笑い、近くにあったクッションをぎゅっと抱きしめた。




***




「ふふっ、たくとお揃い……」


 俺とお揃いの服を購入し、家に帰ってからも隣にいる彩花は、ニコニコと嬉しそうだ。


 これでこれからは俺の服を着ることはないだろう。サイズを間違えて取らなければ。


「けど、たくのあのダボダボ感も良かったなぁ」


 チラッとこちらを見てくる彩花。これはもしかして、たまには俺のを貸してほしいということだろうか。


「貸さないよ?」

「む~」


 貸したら今日、彩花用のやつを買った意味がなくなる。


「じゃあ、お揃いのシャツ着て写真撮ろ?」

「じゃあって……まぁ、いいけど」

「やったっ、今日はお風呂上がりあの白のティーシャツ着てね」


 そして2人がお風呂を終えて、俺は彼女のお揃いであることがこんなにも恥ずかしいというか、胸がくすぐったい気持ちになるとは思わなかった。


(お揃いの服ってこれじゃあ、カップルみたいじゃないか……)


「みてみて、どう?」


 クルッと俺の前でターンした彩花は、俺にどうかと聞いてきた。


 無地のティーシャツなんて俺が着ても特に何も変わらないのだが、彩花が着ると別の服に見える。


「うん、サイズいい感じ。で、俺と写真撮りたいんだっけ?」

「うんうん、撮りたい」


 なぜ俺と撮りたいのかわからないが、彩花と写真を撮ることに。

 

「その写真どうするんだ?」

「どうもしないよ。たまに見て私がニマニマするだけ。たくにも送るよ」

「えっ、いや、俺は……」


 すぐにいらないと言えなかったのは彩花との写真が欲しいと思ったから。近くに置いていたスマホを手に取り、彩花から通知が来ていたのでタップした。


「再会してからたくとの写真ってあんまりなかったから嬉しいな」


 隣でソファに座る彼女は、そう言って撮った写真を見てうっとりしていた。


「……うん、俺も」





               

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