第3話 大切な人

 学校のない休日。いつもなら学校がないからと言ってソファでダラダラしている彩花の姿はなくどこかへ出かける準備をしていた。


 朝食を食べ終えるとバタバタと忙しそうで大変そうだなとソファに座ってコーヒーを飲んでいると寝間着姿の彩花が、服を持って俺の前に立った。


「たく、こっちとこっちどっちがいいかな?」


 彼女は、少し薄着の服と秋っぽい服の2着を持ってきて、どちらがいいかと聞く。


「今日、少し寒いらしいからそっちがいいんじゃないかな」


 今朝やっていたお天気コーナーで肌寒くなると言っていたし、風邪を引かないような服の方がいいだろう。


「わかった。ありがとね、たく」


 そう言って嬉しそうに彼女が微笑むのを見て、俺はあることに気付いた。


(寝間着がいつもと違う……)


 ソファから立ち上がり、嬉しそうにする彩花の服をぎゅっと握ると彼女は驚いて肩をビクッとさせた。


「ひゃっ!」


 さささっと俺から離れた彩花は、服の裾をぎゅっと持つ。


「ご、ごめん。じゃなくて、それ、俺の服なんですけど……」

「?」


 俺の服を着ている彩花は、どういうこと?とわからない振りをして首をかしげた。


「可愛らしく反応しても駄目でーす」


 彼女のところへ行き、柔らかい頬を両手でふにふにする。


「ごめんなひゃい」  


 彼女は謝ったので頬から手を離す。怒られたのに嬉しそうなのは気になるが。


「よろしい。洗ったら返して」

「あっ、服に着替えなきゃ」

「ちょ、彩花さん!?」


 うんと頷かず、彼女は、服を持って急いで部屋に行ってしまった。  


(まぁ、いいか。洗濯物を乾かした後に回収すれば)


 ソファに座り直し、朝のニュース番組を見ながら少し冷めたコーヒーを飲む。


 今日は彩花には予定があるようだが、俺はないので久しぶりに1人の休日だ。新しい靴でも買いに行こうかな。


 コーヒーを飲み終え、コップを洗うためにソファから立ち上がると服から顔を出さずに歩いてくる彩花がこちらへ向かってきた。


「たくー、前が見えない……」

「なぜそうなった」


 服から顔を出してあげると彼女と目が合った。


「ぷはー、助かった、ありがとう。たく、今日はこゆちゃんと遊びに行くから夕方頃に帰ってくるね」


 こゆちゃんというのは、白石小雪しらいしこゆきさんのあだ名で彩花の友達だ。


 夕方頃に帰ってくるということは彩花の分の昼食は準備しなくていいということだろう。


「わかった。夕食の準備して待ってる」


 俺の言葉に彩花は、コクりと頷く。その時、彼女の腕にキラリと光るものが見え、よく見るとそれはこの前俺が作ったブレスレットだった。


(つけてくれてるんだ……)


 自分が作ったブレスレットを彼女がつけてくれているのを見て嬉しくなる。


「たくの今日の予定は?」


「俺は、まぁ、いろいろと……」


 具体的に何をするか決まっていないので、そう答えると彩花は顔を覗き込んできた。


「いろいろ……むむむ、怪しい」

「怪しいって、1人でショッピングモールにでも行こうかなと思ってるだけだよ」

「そうなの? 私が知らないうちにたくに彼女が出来たのかと思った……」


 彼女は、ほっとしたような表情をし、そして微笑んだ。そんな表情に俺はまたドキッとさせられ、真っ正面から彼女をそっと優しく抱きしめた。


「今は彩花が大切だから他の大切な人を作るつもりはないよ」

「!」


 彩花を彼女のお母さんから任された時からこれは決めている。彼女を大切にすると。


 ぎゅーと抱きしめていると彩花が俺の体に手を回してきた。


「たく、好き」

「……ありがと」

「たくは、私のこと好き?」

「嫌いではないよ。そう言えば、もうそろそろ行かなくていいの?」


 先ほど彼女が10時と呟いていたのを聞いていたので大丈夫かと確認すると、彩花は、時計を見て俺からバッと離れた。


「もう行かなきゃ。じゃあ、夕食楽しみにして帰ってくるね」


「うん、いってらっしゃい」


 彼女を玄関まで見送り、ドアを閉めると家がシーンと静まり返った。


(さて、俺も出かける準備をしようかな)




***




 匠が家で出かける前に掃除をしている中、彩花は、友達の小雪と雑貨屋にいた。


 ヘアアクセをじっと見ていると小雪は、彩花の腕についているものに気付いた。


「あっ、可愛い。作ったの?」

「ううん、たく……匠くんが作ってくれたの」

「おー、やるな永瀬くん、凄い可愛い。で、その永瀬くんとはどうなの?」


 小雪は、彩花と匠が同居していることを知っていて、進展はあったのかと興味津々に聞いてきた。


「何もないよ? けど、今朝ね、彩花が大切って言ってくれたの」


 彩花は悲しそうな顔をしていたが、後になって幸せそうな表情をしたので、見ていた小雪は、良かったねと呟く。


「永瀬くん、彩花に過保護で、鈍いから気持ちに気付いてもらうのは中々難しそうだね」


「そう、ほんとにそう! 匠くん、にぶにぶなの。私がくっついても何の反応もないし」


 ぷく~と頬を膨らますので、小雪は苦笑いして彼女の頭を優しく撫でる。


「彩花、頑張って。いつか気付いてもらえるよ」

「こゆちゃーん、うゆっ」


 彩花は、小雪に抱きつこうとしていたが、店内だからといって、止められた。


「抱きつくのは後ね。そう言えば、もうすぐ彩花の誕生日だけど、2人で誕生日会とかするの?」


 小雪は、彩花に似合うヘアピンはどれかを探しながら聞く。


「んー匠くん、私の誕生日覚えてるかもわからないし……。あっ、こゆちゃんに似合うヘアピン、発見」


 花がついたヘアピンを手に取った彩花は、それを小雪の髪につけ、似合っているか確認した。


「どれどれ、あっ、いいね、可愛い。これ買おっかな。彩花にはこれが似合うよ」


「わっ、水色の可愛い。私も買う(つけたら、たく、気付いてくれるかな……)」




────同時刻




 彩花とは別のショッピングモールにいた俺は、雑貨屋であるものを探していた。


(もうすぐ誕生日だから買いに来たけど、彩花って何が欲しいんだろう……)


 悩んでいると大きな猫のぬいぐるみを見つけた。彼女は、猫が好きだ。渡したら喜んでくれるかもしれない。


 渡した時に嬉しそうに猫のぬいぐるみを受け取ってくれて、抱きしめる彼女を想像してみる。


(うん、いいな。けど、持って帰れるかな……)






        

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る