第3話 sideゲンドウ(過去)


あれは何年前だったか…

王がまだ童の頃だったはずだ。

その頃はワシは家族と平和に暮らしていた。魔族という種族のせいで人間の国には住めない。

自給自足をして、贅沢などできないが孫や息子娘がいるだけでワシは幸せだった。

幸せはいつか崩れるとはよく言うものだが…そんなすぐに崩れるなんてワシは思っていなかった。


獣を狩って、家に帰る途中の森で、山賊を見つけた。


「この森の奥に魔族が多数住んでるらしいぞ!」

「それを殺してくれば聖国から1000万の金が貰えるらしいぞ!?」

「どうせ魔族なんて人間の害にしかならねぇんだ…!俺等の金になってもらうしかねぇな!」

「でもお頭、既に数人奥に進んでるやつがいるらしいですぜ」


そんな非道な話を聞いた。

誰にも害を与えず暮らしてきたはずだ、山奥でひっそりと、静かに。

既に数人が向かったという話を聞いたあと、ワシは初めて人を殺した。

すぐに家へ向かった。全盛期に比べたら全く動かない身体にムチを打ちながら走った。


数分後に見えた景色は、昨日見た景色とは違う、血生臭く、先程まで生きていたはずの者の死体の奥で家を漁っているクズ達だけだった。

昨日まで笑って共に料理を作った妻、一緒に遊んだ孫と息子、可愛らしい自慢の娘。

その全員が、眼の光を失って倒れていた。

何人かの賊の死体もあった。

そんなものすぐに灰にして家族に触らせたくなかった。近くに置きたくなかった。


賊がワシに気づいたらしい。武器を手に持ち襲いかかってきた。

首、頭蓋、内蔵、急所だけを狙い殺して、殺して、殺した。

人間にしては異様に強かった。

一人に口を割らせると聖国から貰ったアイテムを口にしここに来たらしい。


怒りなんてなかった。

絶望、空虚、悲しみ、後悔。

今まで体験したことのない感情が入り混じって入り混じって、身体の中でめぐりに巡る。

それはどんなに日が経っても吐き出せず、感情と脳を蝕む毒だと知りたくもない事実に気づいた。




墓を建てた。遺品を必死に探した、家は燃やされていたから。

出てきたのは妻の愛用していた包丁と、息子の剣、娘の杖だけだった。

応戦しようとしたのだろう。

ワシは戦い方なんて教えなかった。

人を傷つける子にはなってほしくなかったから。

戦い方を少しでも教えておけば変わっていたのだろうか。

あぁ、駄目だ。たらればの話が脳を埋めていく。

そこから一年ほど、墓を1日中見ては寝て、起きては1日中墓を見るような生活を続けていた。

何かしようにも飯を食べると作っていた妻を思い出し、獣を狩ると一緒に狩りに出た息子を思い出し、風呂に入るとお洒落をしていた娘を思い出す。

何もする気なんて起きなかった。


そんな中、森に偶然入ってきた少年を見つけた。

孫にそっくりな少年。

違うのは、人間というところだろうか。こっちには気づいていないようだ。

(殺すべきだろうか。こんな小さな子を?それでも家族を殺した【人間】と変わりはない。家族はそれを望むだろうか。望むに決まっている。本当に?)


その少年はこっちに気づいていた。

5、6歳だろうか。その歳にしてはすごく大人びていた。特殊な身分なのだろうか。あぁ、近くで見るとやはり孫に似ている。涙が出そうで、出なかった。一年で涙腺なんて枯れてしまったようだ。


「お爺さん、こんなところで何をしているんですか?」

「…君のような子が迷子にならないように森の奥に行かせないようにしてるんじゃよ」

「でも、お爺さん悲しそうな顔してる…」

「ほっほ…すまんのう、死んだ孫に似ていてな、少し懐かしくなってしまった」

殺そうかと思っていた。

でもその少年の声は氷を溶かすような温かい声をしていて、そんなところまで孫に似ていた。


「お爺さんは…後悔ってある?」

「…何故そんなことを?」

「僕のお父さんもね、同じような顔を最近してるの。たしゅぞく?の人達も一緒に暮らせるようにけんこく?したの」

「…」

「でも他の国の人はお父さんの事を変って言ってて。お父さんいつも疲れてる顔してるんだ…」

「そうか…」

「お爺さん、一緒に来ない?」

「…何故じゃ?」

「お父さんのお手伝いをしてあげてほしいんだ…僕がこの国の王様になるまで」

「ワシにメリットなんてないじゃろ」

「めりっと?」

「良いことじゃよ。良いこと」

「良いことならあるよ!」


少年はこう言った。

「僕がこの国の王様になって、悲しそうな顔をしてる皆を幸せにしてあげるんだ!」

そういった少年にワシは太陽のように温かくダイヤモンドより固い意志を感じた。


「…少し考えさせてくれるか?」

「うん!また明日も来るね!」


家族の墓の下へ向かった。

「なぁ、ワシは逃げてもいいのだろうか」

返事なんて返ってこないはずなのに墓の前に座り込んで独りで言葉を吐き出す。

「ずっと忘れたくなくてこの森にいた。あと数日もすれば死ぬつもりだったはずじゃ」

「そんなあと数日だったはずの命で、お前たちに会うまでに胸を張れるようなことができるだろうか」

「ワシは、行ってこようと思う。次会うとき、色んな話を土産にそっちに行くからあと少し、ほんの少しだけ、待っていてくれ」


その日は一年ぶりにぐっすりと眠れたような気がする。早起きして、ボサボサだった髪も、髭も全て整えた。



「お爺さん!また来たよ!」

「あぁ、坊や、ワシは一緒に行こうと思う」

「…!やったぁ!」

「坊や、名前は?」

「レティス!レティス・アルベリオン!」

数日の出会いで、ここまで心を溶かした小さな少年にこの言葉を送ろう。

「我が主、レティス様。私、【ゲンドウ】は貴方を守り、育て、共に歩む事をこの胸の中にいる妻達に誓おう」


「よろしくね!ゲンドウ!一緒に良い国にしていこうね!」

「あぁ…行ってきます■■■」


夏にしては珍しい涼しい風が吹いた。

その風に乗って届いた声は、確かに耳に入って、ワシの背中を押し出した。


(行ってらっしゃい)

(頑張ってね)

(頑張れ)

(((お父さん)))



ーー18年後


「昔のレティス様は可愛かったのにのう…」

「いつの話してんだよ!もう23だぞ!?」

「幾つになろうともお主がワシの可愛い弟子には間違いないぞ」

「なぁ、ゲンドウ。俺と来て後悔してないか?」

『お爺さんは後悔ってある?』


そんな昔と同じようなことを聞いてくる

「後悔なんてない…今は、本当に幸せじゃよ」

あの日あの時、貴方に会っていなければずっとあそこで生きた屍になっていたんだろう。

照れたように笑う青年が育つ所を真横で見れて本当に…

「本当に良かった…」












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