第15話 戦線離脱した

「ザジ!!!」


 アレンの悲痛な声で胸が痛む。ごめん。ごめんね、アレン。悲しませてごめん。でもこれが僕の定めなんだ。こうなるのが運命で、こうならなきゃいけないんだよ。


 魔物寄せの香を焚いて魔物を寄せる。それは原作でザジが兄達から本来命じられて行う嫌がらせの1つだった。最大で最低の、ザジの見せ場で、最後のシーンだ。

 ダメなヤツなザジはそこでもどうしようもないヘマをして、香をたくさん焚きすぎる。ヘマというか、そういう量を兄達から渡されていたから、これは悪意での誘発事故だ。

 ――なお、現在時点では兄達は資金が足りなすぎてお前適当に用意しておけの一言で終わったし、実際の香は僕が自分で用意した。……いや、兄たちをスパルタしたから……それどころじゃなくなってたのもあるかな……用意しとけ的なこと言われたのも旅立ってからそう間もない頃だったし……。


 気を取り直して! ――というわけで! 僕は張り切って魔物寄せの香を用意した。手作りで。高性能魔物寄せ香EX! 野営中の焚き火の中へ、自分の見張りのタイミングでこっそり放り込んだ。

 香の効果は抜群だ! 魔物はわんさか引き寄せられて、ちょっと、実際、予定以上に引き寄せられて、割と大変な感じになった。これは少し間引いてから退場じゃないと、2人だけでは荷が重いかもしれない!?

 アレンは魔物の気配にすぐに飛び起き応戦開始、その音でオルガも目覚めて戦いだした。

 タイミング……ッ!!! と思いながらも、香に寄せられた魔物を処理する2人を手伝う。神官さんも少し遅れて起きだして、けれどあまりの魔物の量に腰が抜けてへたりこんだ。戦い慣れていない一般人だからしょうがない! 支援魔法で潰れそうな彼の心をこっそり支える。――どうやら魔法が掛けられたことには気付かなかったようだ。よし。

 2人を支援魔法で強化して下支えしつつ、「あーっ、うっかりー!」と言いながら時々魔物の方にも回復魔法を放り込む。その度に神官さんから殺気のこもった視線が飛んだ。「余計なことしないで下さい!」という叱責が心地良い。計画通り!


 やがてなんとか魔物の数が半分を切った頃、僕は少しずつアレンから距離を取りつつ、足を滑らせて魔物の群れへとダイブした。アレンの手が伸びる。――ごめん、計算済み。君の位置から、僕までは届かない。

 アレンの指が僕の指先を捉え損ねて宙を掴む。悲痛な声が僕の名を呼ぶ。

 魔物の群れに飲み込まれる寸前、僕はかねてより用意していた肉人形とすり替わった。僕の姿の幻影を被せられた肉人形は、あっさり魔物にかみつかれ、食われて砕けた。


「ザジ!!!」


 僕自身はすり替わると同時に影に身を潜めたから一応無事だ。アレンの声に打たれて、影に身を潜めるのが一瞬だけ遅れたから、ちょっとだけ脇を打ち付けたけど。痛みはあるけど、多分、骨まではいってない……と、思う。


 そこから先は、少し離れたところまで影に潜んだまま進み、影の中からこっそり垣間見た。影から出たらアレンに気付かれてしまうかもしれないから、ほんとうに、こっそりと。


 鬼神のような戦い振りだった。殲滅された魔物の死骸の中で、アレンは僕の身代わりを食らった魔物を探した。片っ端からそれらしき魔物の腹を割いて、浴びすぎた返り血で前進が真っ赤に染まっていた。


「アレン、これ……」

「…………これは、ザジ、の…………」

「ああ。防具だ。間違いない。それにほら、これも」

「これ、めがね…………」

「あいつのだろ? このレンズがやたら分厚い不格好なの。こんなのしてるの、あいつしかみたことねーからな」


 歪んで千切れたフレームと、砕けたレンズの欠片、それから、ボロボロに千切れた服。そんなものを、まるで宝物のように胸に抱いて、アレンは天を仰いで慟哭した。

 そんな彼をそれ以上見ていられなくて、僕は逃げた。


 ごめん。……ごめん。

 でも、こうならなくちゃいけなかった。こうなるのが正答だった。


 どれだけ謝ったって足りない。許されるなんて思わない。

 その代わり、僕はこれからも、君の旅路を見守っているよ、アレン。影からではあるけれど、支援は続ける。君が無事、魔王を倒して世界を平和に導くまで。


 君の幸せを心から願ってる。

 この気持ちにだけは、嘘はないよ。




 ……と言うわけで、なんとか無事に戦線離脱を果たしたのだった。


 影ながら見守る僕は、神官が兄達を裁き聖女をアレンのパーティに加えるのを見た。

 なお、兄達は僕が勝手にやったことだ濡れ衣だと散々喚いていた。半分くらいは本当なんだけど誰も信じてくれなくてちょっとだけ可哀想だった。あ、オルガは「あー……そういうこともあるかも?」みたいな顔はしていたけど、アレンからにらまれて顔を逸らしていたな。兄達は一応捕縛されたけど、少ししたらちゃんと実家が助けていたからヨシ。

 僕がスパルタの時に手配してある程度は実績も積ませたから、貴族家としての義務はちゃんと果たしたことになってるしね。


 聖女ちゃんは明るいムードメーカーで、男2人旅にきちんと花を添えていた。

 勿論花を添えるだけじゃない、戦力としても十分だった。ダンジョンを越えて魔王の領域――地下世界へ無事に到達できたのは、2人の力に加えて、彼女の回復が大いに手助けになったからだ。


 姿を変えられ門番にされていた魔王の娘も助け出し、いざ魔王戦!

 初戦は負けイベで、やむなく撤退。からの謎解きパートだ。魔王の弱点を探して、魔王が誕生した城へ行く。そこにある『時の部屋』で過去を見て、アレンは魔王の正体を知るんだ。


 魔王はアレンの実父だった。最初から魔王だったわけじゃない。祖国に裏切られ嵌められて堕ちてしまったんだ。

 魔王の弱点は人手あった頃の愛の心。それを思い出させるため、アレンは時を遡り、必要なアイテムを手に入れる。――そう、母の形見の『鏡』だ。

 あのザジと僕とが入れ替わった日に失われた鏡は、実は時を遡ってきたアレンによって持ち去られていたんだ。


 激戦の末、アレンは魔王を打ち倒し、聖女の力と愛の力で父から魔を引き剥がし、討伐は無事終了した。


「やったわね、アレン!」

「……うん」


 抱きつこうとした聖女の抱擁をアレンはするりと交わしてしまった。……お前、そういうとこだぞ! というか、聖女の力で魔を消滅させたのだからこれは『真エンド』だ。ヒロインは聖女。お前の横にいる子だぞ!

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