第11話 最初の負けイベが無事終了した
「ザジ! どうして、こんな……ッ!」
すがりつくようなアレンの視線を振り切って、僕は兄たちの背に隠れた。
傷だらけの彼らを見ているのは辛かった。まして、彼の手の中には大怪我を負ったオルガがいる。ぐったりと力なく、その身を彼に預けている。
オルガの怪我は見た目こそ酷いし体力も魔法で吸い取ったから衰弱はしているけれど、その実怪我は表面上だけのもので痛みはあれど
……アレンも、たくさん傷は負っているけれど、血は流れているけれど、……致命傷だけは、ない。幸い彼は治癒せずとも、そこまで深い傷は負わなかった。流石はアレンだ。
「はっ、いいざまだなぁ、アレン。俺たちに逆らうからそういう目にあうんだよ」
「兄様、もっとやっちゃいま――」
「兄上たち、そのあたりで。人が来ますよ」
調子に乗って追撃しようとする2人の服を、後ろからちょいと引いた。うるせぇな、という顔で更に調子に乗ろうとするのでこっそりとアレンたち側からは見えないように、眼力込めて睨み付けた。地獄の特訓パート2行くか? あぁん!?
――兄たちは素直に引いてくれた。よし。
2人を残して立ち去ってから、兄たちには先に街の宿に戻っていてくれるように頼んだ。嫌がったから再び睨んだ。兄たちは素直に引いてくれた。が、目の奥で「こっそりやれば気付かれないだろう」と思っているのがバレバレだったので、軽く脅した。
押さえつけ過ぎても逆効果かもしれないしと思ったから、僕が宿に帰るまでにきちんと宿に戻っていること。戻っていなかったら追加の
万が一にも事故があってはいけないので、気配を殺して、アレンたちの様子を離れた場所から観察する。影に潜む魔術が使えるようになったので、こういうのはお手の物だ。
どうやらアレンはオルガの怪我を応急手当てしたらしい。流石優等生、手際が良い。……そして上手い、な。うん? ……これ大丈夫か? ちゃんとアレンたちは近隣の教会へ怪我の治療に行ってくれる? 手当だけで十分だになっちゃわない?
やきもきしている間にオルガが目を覚ました。
傷の痛みに顔をしかめながら、「ザジの野郎……どこまで邪魔すりゃ気が済むんだ!」と小さく文句を言っていた。よしよし、良いぞ。良い感じだ! ちょっと寂しいけど、心が痛いけど、ちょっとだけちょっとだけ……!
「ザジは別に邪魔してるわけじゃないと思うよ」
「じゃあ、なんで俺達を攻撃してきたんだよ! 俺たちの誘いを断って、その上こんな――!」
「落ち着けよオルガ。攻撃したのは兄上たちで、ザジじゃない。むしろザジはお前を癒やしてくれてたんだ」
「は!? 治ってねーぞ!?」
「致命傷だけ治してくれてた。出血と痛みは酷くても、それだけだろ? きっと何か理由があるんだよ」
やーめーてー!!! アレンの信頼が重い! 察しが良すぎる! いやそれならそのまま察しよく彼の傷を手当てするため教会に直行してくれ!
「とりあえず、教会に行こうか。手当はしたけど応急だ。癒やしの技をかけて貰わないと、今後の旅にも差し障る」
「……だな」
アレンがオルガに肩を貸して立ち上がらせた。……重すぎる怪我は治したけど、それでも大半は次の聖女との邂逅の為に放置した。
気がつかない間に、僕は胸の前で固く手を握りしめていた。
……ほんとうなら、治してやりたかった。オルガだけじゃない、アレンだって。僕が、あのパーティのメンツだったら、きっと、――でも、それは僕の役目ではなくて、やがて一時だけ彼らと共に行動できる時はやって来るけど、その時だって、僕は、……彼らに嫌われるような言動を、とらなくては、いけなくて。
今なら良いよね。この影の中なら、誰にも見られない、知られない。
「……ごめんね、アレン、オルガ」
食いしばった歯の間からかすれた声がそっとこぼれた。
自分が彼らに酷いことをしている自覚はある。これからもっと酷いことをしなくてはいけないことも分かっている。それを表立って謝ることは出来ないことも。
必要なことだ。その結果、彼らに嫌われようとも。固く閉じた寮の目から涙が滲む。覚悟をしていてもやっぱり本心ではやりたくなくて、辛く感じてしまう自分が嫌だった。
「だから、戻っていろって言ったでしょう?」
「う、うるせぇ……! ザジの分際で――ぶべっ」
「その、『分際』な末っ子に床を嘗めさせられてる現実、少しは直視しましょうよ」
戻ってなかった兄たちに溜息を付きつつ、回収した。売春宿にいた。……旅先で何やってんだこの人たちは。
今回の負けイベ用に貸し出ししていた武器を回収。抵抗されたので押さえ込んだのが今だ。空間魔法を使用して上から圧縮した空間を押しつけただけなんだけど、これは案外便利かも知れない。弾力もあるし、ある程度の範囲なら一気に制圧できそうだ。感覚的には巨大な空気クッションを押しつけて身動きを奪っている感じ、だろうか。傷つけずに制圧だけ出来るのが大変良い。
なんで武器を貸してたかって? 兄たちが実家から支給されてた武器の質がいまいちだったからだよ。決して悪くはなかったけど、それじゃアレンたちには勝てなかった。仕方がないから、武器にたっぷりの付与をつけて兄たちを物理的にパワーアップした上でぶつけたのだ。
特訓はなんだったんだって? ……多少の特訓で埋まるような差じゃなかったんだよなぁ……。とはいえ、特訓しないことには、今度は実力が武器に追いついてなさすぎて、危なくて貸し出すことさえ難しい状況だったんだ。あまりにも力不足すぎるところに強い武器持たせても、本来の実力とのギャップで逆に怪我してしまうから、強い力に慣れさせたというか……。
そしてその武器を今回収したのは、分不相応に強い力を持たせても碌なことをしないから、だ。
まだこれからも戦闘系イベントあるんだけど、大丈夫だろうか。いや、流石に大丈夫かな。この後はアレンたちとの直接対決も、彼らが負けるイベントもないし。
「この後は教会に行きますよ。早く身支度してください。この街の教会には聖女がいるんです。勧誘しに行きます」
「回復役ならお前がいるだろう?」
「回復役が男の僕で良いんですか? 可愛い女の子の方が良いでしょう?」
「そりゃそうだが、お前ほどの実力ある回復職はそういないだろう……?」
中の兄の言葉に下の兄もしきりに頷いている。武器の再貸与とか、特訓回避へのおもねりか? 必要ないからもうやらないよ?
あれ? それとも、意外と兄たちの僕への評価、高い?
「……聖女だけが使える特殊な浄化があると、魔王を楽に倒せますよ?」
「そうか! それなら仲間に加えなければな!」
やる気になった。『楽に』ってとこで目を輝かせたのは分かりやすい。あとは現物を見れば可愛いから惚れるかな。聖女は平民だから、そこがちょっと不安要素だけど……彼女の方に身を守る用の魔術を授けるのが安パイかな。
アレンと彼女の邂逅を邪魔したくない、な。
……いや、自分の心を偽るのは止めよう。アレンが彼女に好意の視線を向けているところを、見たくないんだ。
そうなるように誘導したのは僕だけど。
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