第9話 鑑定を全力で誤魔化した

 教室内の静寂が心に痛い。

 誰も口を開かない。静まりかえった室内で最初に声を上げたのはアレンだった。


「ザジ! 無事か!?」

「だ、だいじょう、ぶ……」


 アレンの声が聞こえてきた瞬間、膝から力が抜けて僕はその場にへたり込んだ。足はすっかり乙女座りだ。立ち上がれない。足に力が入らないよぉ……。


「一体何が……か、鑑定晶が……!? なんということでしょう……!」


 教師は床に散らばる僅かな破片をかき集めるように拾い集めて呆然とした声を出していた。いやはや、申し訳ない……流石にこれは予想外だった。とんでも数値が表示されて教室が大騒ぎになる! だと思ったらその上だった。


「……えーと、劣化していたのではありませんか……?」

「そうですね。長年我が学園で愛用されてきた鑑定晶でしたが……学長になんとお詫びすれば……」


 ごめんなさい。本当にごめんなさい。

 しかし実家に請求して下さいとは言えない。言いたいけど言えない。言ったら何をされるか分からない!

 あと壊したのは故意じゃないです! 完全に事故です!


 迎えにきてくれたアレンに支えられて立ち上がり、席へと戻った。あとの授業は授それどころではなくなり自習になった。

 ……うーん、しかしこれどうなるんだろうか。僕の能力値、ひょっとして計れない?


 授業時間の終わりに、教師には7歳の時のものですが、と断った上で、その時の数値と適性を伝えた。適性は基本的に生涯を通じてあまり変化するものではないし、魔力値も大幅に増加するのはよほどの試練を越えるか素質があるかでなければほぼないと言って良い。

 実際、兄たちの数値は最初の計測の後の計測でも、そこまでの伸びはなかった。

 教師もそれは分かっているのだろう。正確なものとは言えませんが、やむをえない事態であるから、とその数値と適性を僕のものとして控えてくれた。


 退学もありえるだろうかとビクビクしていたけれど、幸い実家からそういうお達しは届かなかった。代わりにまた兄たちから呼び出され、碌でもない資質しか持っていないといびられた。


 ……いやもうこれいっそ途中退学させられた方が僕的には楽なのでは!?



 と思わないでもなかったけど、日々は順当に過ぎていった。

 兄たちからの呼び出しには慣れた。あまりにも頻繁すぎて慣れざるをえなかった。周囲の音を遮断する魔法を使って彼らの声が聞こえない様にしたら楽になった。同室の先輩も同様だった。ストレス解消用サンドバックだもんな、僕。

 傷は表面だけを残して癒す様にした。収穫は、内側が痛まなければ大分楽だということが分かったのが1つ、魔力の微細なコントロール力が付いたのが1つ。特に後者の利点が大きかった。お陰様で魔力操作がすっごく上手くなった。


 そのかいがあって、年度末頃に新調された鑑定晶を持って教師がうきうきで現れたときにも対応が出来た。予め魔力晶にこっそりと魔力を通すことで表出する数値を誤魔化せたのだ。上には誤魔化せないけど、下に誤魔化すのはOKみたいだ。

 多分普通はそんなことやらないから、想定外の挙動なんだろう。


 才能は治癒のみ。魔力数値は、平均値より若干低いくらいにしておいた。アレンからものすごく怪訝そうな顔をされたし、何かやっただろお前、って目で見られた。にっこり笑顔で誤魔化した。


 剣術の授業は、アレンは実に順当だ。僕は適度に「出来損ない」を演じつつ、兄たちの残した成績を抜かしてしまわないように気をつけていた。アレンからはもっとちゃんとやれとか、本気を出せと怒られた。……彼が言いたいことは分かる。分かるけど、出来ない。これが僕の出せるベストだよと伝えても、真意が伝わることはなかった。


 だってしょうがないだろ。

 僕は卒業後、兄たちについて行かなくちゃいけないんだ。お前と一緒には行けないんだよ。……とは、まだ、告げられていない。


 アレンは順当にオルガと親友同士になり、ついでに僕も引っ張り回した。僕らは3人で過ごす事が多くなった。

 学園に慣れるに従って、アレンは少しずつ未来の話をするようになった。

 卒業したら何になりたいか。ザジは魔法が上手だから、魔法で身を立てたらどうだろう。治癒が使えるから傭兵団なら引っ張りだこだよ。魔の領域を探索する者達に加わってもよいかもしれない。冒険の旅も、危険だけれど楽しそうだ。

 そうして、やがて魔王へ言及した。魔王を倒す。一緒に行こう、と。

 学園を卒業したらどのみち誰しも1度は魔王退治の旅に出る義務を負う。それならその旅に一緒に行きたいと誘われた。


 話題の度にオルガは同調し2人で仲良く意気を上げ、そんな彼らを曖昧に笑って応援した。ザジも一緒に行くんだからね、と言われる度に、笑って誤魔化して、「無理だよ。僕は成績悪いだろう?」とあいまいにかわした。


「大丈夫だよ。ザジはオレが守るから」


 この頃から、アレンは自分のことを「オレ」って言う様になった。多分オルガや周囲に引きずられたんだろう。主にオルガだろうけど。……まぁ、オルガ格好良いものな。分かる。


 大丈夫だよ、アレン。君にはちゃんと、オルガがいる。君が背中を預けられるほど強くて頼もしくて、心から信じられる男に成長する彼がいる。それに、やがて正式な仲間になる聖女の少女も君を待ってる。


 僕はモブだ。悪役だ。

 君の隣に、僕の居場所はないんだよ。

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