when 3 weeks later

 今日で高校入学から3週間経った。

 授業の休憩時間にスマホをいじることにも抵抗がなくなってきた頃合いだ。最初は学校でスマホを触ると悪いことをしている気分になったが、すっかり消えてしまった。これが大人になるってことか。授業の合間のトイレに行くと、廊下でくっちゃべる人も日に日に増えてきていることを実感する。みんな友達を増やしている。俺も、コイツ!っていう友達が欲しいものだ。便所にいき、ションベンをしていると、チャイムが鳴ってしまう。

「サム君、早くしないと怒られちゃいますよ」

 コイツ、また男子トイレに入ってきやがった……

「だから、入ってくんなって言ってんだろ!」

 俺は急いで、手を洗い、教室に走る。

 ズボンのポッケにからハンカチを出そうとするも、見つからない。

「ハンカチ忘れちまった。お前の貸しくんね?」

「私も今日は持ってきていません」

 なんでロボットのくせに、忘れてんだ。トコトン使えない奴だ。

 教室に着くと、ロボは怒られず、俺だけが怒られた。

 男女差別、反対。


 この日は、帰りに碁会所へ寄る必要がある。母親は碁会所の受付をやっていて、そこで何かの家電を貰ったらしい。それで、俺にその家電を持って帰って欲しいようだ。

 一つだけ問題がある。重い家電を持って帰ることも、問題だが、そこではない。高校の帰りに碁会所に寄るということは、アレもついてくるってことが問題である。一度家に帰って碁会所に行けば、アレがついてくることはないだろうけど、そうなると1時間くらい時間を浪費することになる。

 ……背に腹は変えられずってか。

 ボケーと過ごし、下校時間になる。いつもと違う下校ルートを歩き始める。当然、アレがついてくる。

脳内でシミュレーションをしよう。

「今日は、別で帰ってくれ」

 と一応、伝えるが無視してアレはついてくる。理由も伝えても、無理してついてくる。

 仕方がない。碁会所は雑居ビルの6階にある。アレにはビルの入り口で待ってもらおう。

 なんてことを考えていて、下校時間になった。

 予定通り、碁会所のビルまでたどりつく。案の定、このビルまでついてきたロボに、

「ここで俺が戻ってくるまで待ってろ」

 ロボは珍しく頷いた。初めて、拒否をしなかったことに懐疑的になりながらも、俺はビルのエレベーターで碁会所のある6Fのボタンを押した。

 久々に6階の碁会所に着く。便所に置いてありそうなこの芳香剤の香りが懐かしい。

 受付にいる母親を確認できた。

 受付の近くの席に扇風機がある。多分これを運ぶ羽目になるのだろうな。客がいる方を見ると、見たことのあるじいさんばあさん達が集まっている。半分くらいは碁盤に向かっていて、あとの半分くらいは天井に吊るされたテレビに食いついている。テレビの解説から察するに、本因坊戦の予選をやっているようだ。最近話題の高校生でプロ棋士になった奴が出ているから、老人達はあんなに夢中で見ているのだろう。

 老人達と会いたくなかったから、さっさ扇風機を持って帰ろうとしたのだが、母親が妙なことを聞いてくる。

「ねえ、後ろの子誰?」

 その人物に対して、確信に限りなく近い予感がした。

 振り返ると、やっぱりアレが立っていた。

「アレは……友達と言うか、知り合いみたいなもんだ」

「アンタね、人に向かってアレ何て滅多に言うもんじゃないよ!」

 俺に怒りつつも、母は嬉しそうに後ろのロボットにあーだこーだと何かを言っている。

 俺はロボを母親から離して、

「ったくテメー、嘘つきやがったな。さっき頷いたんじゃねーのかよ」

「嘘をつくべき場面だと判断しました、ごめんなさい」

「もういいよ、さっさと帰ろう」

 俺は扇風機を持って、エレベーターの下るボタンを押したんだが、

「せっかく、来たんだからおじいちゃん達に顔出しなさいよ」

 それをしたくないから、さっさと帰るんだよ。そういう俺の心情とは反して、ロボはテケテケと碁盤の方に向かって行った。

 そのせいで、俺の存在は客たちにバレて、

「あらあら、坊ちゃん! 友達連れてやってくるなんて久々ね!」

 もみくちゃにされた。俺は小さい頃、この碁会所を学童みたいに使っていたから、この人達とはソコソコ長い仲だ。

 俺はテキトーに話を済ませて、まだ帰ろうとするが、ロボは言われるがままに碁盤の前に座る。

「嬢ちゃん、囲碁知っているのか?」

 ロボの対戦相手になるじいさんがロボに尋ねると、ロボは頷く。でも、ロボは先手後手を決めるニギリを知らなかったようでじいさんにレクチャーされながら、ロボは白を握る。じいさんも黒を握り、ニギリの結果からロボが先手になった。

「しんちゃん、下手なんだから手を抜いたら、この子に負けちゃうよ」

 と後手になったじいさんは茶化されていた。そういえば、俺がガキの頃、このじいさんにだけは勝てていたような気がする。

 対局が始まるとロボは本当に囲碁のルールを知っているようで、スムーズに石を置いていく。でも、石を置く動作は幼稚であった。対戦相手のじいさんは、石の置き方はいっちょまえで、中指でカッコよく石を指す。

 でも、驚いたことに、対局は5分もしない内に終わってしまった。相手のじいさんが投了したことによって。

 5年近く囲碁を打っていない俺も分かるくらい実力差は明らかだった。じいさんの石はほぼ殺されている。

「嬢ちゃん……院生とかじゃない、よな?」

 ロボは俺のほうを見る。嘘をつくべきかどうかの判断を俺に委ねているのだろう。俺は首を横に振った。

「違います。今日は調子が良かったみたいです」

 というか朝倉の奴、囲碁を打つシステムまでロボットに組み込んであるのかよ。固執しすぎだ。

 テレビ前の人達の声が大きくなる。何事かとテレビを見ると、若き棋士の相手の対戦相手の石井三段が険しい表情をしている。どうやら石井三段の持ち時間がほぼ無くなってしまったらしい。

 石井三段は追い詰められ、かなり早いペースで石をうっていく。呼応するように若き棋士の方も、まだ持ち時間がほぼ減っていないのに素早いペースでうつ。

 バドのドライブのラリーを見ているような気分になる。テレビの盤上を再現しつつ対局を見ているじいさん達も慌てていて、超ハイスピードな石のうち合いに必死に食らいついて盤上に石をうつ。

「9の3」

 急にロボットが何かをつぶやく。

「8の11」

「なんだよ急に、エラーコードか?」

 その後は、俺のことを無視して謎の数字を唱え続ける。俺の近くにいるじいさん達にも聞こえているようで、おかしくなってしまったロボに困惑している。

「9の12」

 と何回目かの呪文を唱えた所で、俺は視線をロボからテレビに移すと、若きプロ棋士は9の12に確かにうった。もしかして、うつ手を予想しているのか?

「9の13」

 プロ棋士のじいさんは9の13にうつ。

 このロボットは既にプロレベルの碁をうてるような学習がされている。さっさと論文にまとめて、学会に発表すべきだろ。

 徐々に、俺以外にもロボが手を予想していることに周りの人達も気づいたようだ。皆、テレビとロボを交互に見続ける。そして、最後には

「ここで投了」

 と投了するポイントまで的中させた。

 これにはちょっとした歓声が上がり、

「秀策の生まれ変わりが来た」

 とまで言う者まで出てきて、ロボは色んな質問攻めをされている。不正ツールを使っているようなものだから、俺にはじいさん達に対する説明義務があるかもしれない。でも、あのロボットがああいう風に人に喜ばれていることは、俺にとってもちょっぴり嬉しい。誰かを不幸にしているわけではない。黙っといてやるか。

 俺は騒ぎの中心から離れて、テキトーな椅子に座り、スマホをいじる。

「うぅ~」

 急に謎のうめき声がして、後ろを振り返ると、さっきロボに負けた“しんちゃん”と呼ばれていたじいさんがうなだれていた。ここにいたか、不幸になっている者が。すまない。

 1時間くらい経ち、いい頃合いになったところでロボにかけよる。

「その手だと、黒の目ができてしまうのでダメです」

 もうロボは先生扱いされているようだ。ロボの正当な使い方である。

「おい、そろそろ出るぞ」

 雑に挨拶を済ませて、エレベーターに乗り込む。

 雑居ビルを出ると、新鮮な空気を感じる。

 体をのばしたのちに、

「どうだった?」

 ロボに聞いてみた。ピンと来ていない様子だから、

「だから、ああやって人気者になるのはどういう気分だったってことだよ。嬉しかったか?」

「……」

 返事がない。ロボットだし、しょうがないか。

「忘れてますよ」

「は? どういうこと?」

「扇風機。忘れてますよ」

 俺はロボと共に慌てて、エレベーターに乗り込む。

「気づいていたなら、もっと早く言ってくれよ!」

 若干イラつき、やや強めに6Fのボタンを押す。

「それで、嬉しかったのか?」

 俺は単調に上昇する数字を凝視していて、ロボットの方を見ていなかったが、

「ちょっとだけ」

 思わず階が表示されているパネルから目を離して彼女を見てしまった。

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