when 2 weeks later
高校入学から2週間が経つ。
マークすべき先生の把握も終わり、宿題をサボっていい教科が分かった。ヤバいのは英語のおばさんと数学のじいさんだけで後はテキトーっぽい。面倒なことに数学Ⅰは、週に3回あり、水木金と連続なのに対して必ず宿題がでるから、帰ってすぐに宿題をこなさないといけない日が2日もある。この時間割を考えたやつは、絶対に五寸釘を打たれ、呪われているに違いない。
何人か友達になれそうな人を作れたが、話題がどうしても中学校の時の話になりがちである。俺にはかなり長い空白な期間があるから、何も話せなくなってしまう。やれ校外学習だの、やれスキー教室だの、全く知らない行事である。無職歴の長い人の就職活動が大変だという噂はどうやら本当のようだ。これが就職の面接だったら、気まずすぎて、不採用になること間違いなしだ。
公立の学校の場合、大抵は同じ小学校のメンバーと一緒の中学校に入学することになる。公立の学校は実質小中一貫校である。でも、高校はそうじゃない。そのせいか、みんな一生懸命に友達を作ろうとしているような空気を感じる。
正直、そういう雰囲気は苦手でたまらない。
中坊の時みたいに、根っから腐ったような態度を取ることはしないが、どうしても壁を感じてしまう。本当に良くない。でも、俺は便所にすら一緒に行動しようとする習性はどうかと思う。これに関して、アイツも同意してくれるに間違いないし、
「なんで一々、連れで便所行くんだ? アイツらホモなのか?」
とか言うだろうな。当時の俺には意味を理解できなかったけど、アイツは小学生の癖にこういうことを言ってしまう、痛い奴だった。
そんなこんなでまた適当に高校生活を過ごして、放課後になる。
2週間も経つと、横にロボットがいる怪奇現象にも慣れてしまうもので、またしてもコレと帰ることになっている。どこかに寄り道したくても必ずロボットが付いて来てしまうのだ。しかし、一度家に帰ってしまえば後は俺の自由時間となる。
月の第三水曜日は、何となく習慣で外に出歩くことにしている。この日は、家にいると気が病んでしまう。
今日はゲーセンでも行く。 俺の家から一番近いゲーセンだとクレーンゲームばかりで面白い機体がないから、ちょっと隣町まで歩く。古びた外観をしているが、割と広めで最新の機体も置いてあるゲーセンがある。
俺が遊ぶゲームジャンルに、特に地雷はない。今日はカエサルナックルっていう格ゲーをやる事に決めている。カエサルナックルは全然人気のゲームじゃないけど、何となく好きで遊んでしまう。マイナーゲームのせいで、対戦相手は誰もいない。アホみたいに強いCPUに負けて、ちょっとムカついて辞めるのが定番の流れである。
しかし、今日は違った。ある奴が俺の肩を叩いて来た。
振り返ると、同じクラスメートの痩せ型眼鏡の男である、
「いつものガリ勉ちゃんはいないのか?」
いねえよ。ロボットをつれてゲームなんかしたくない。
「音ゲー目当てか?」
俺は、柳田の質問には無視した。
「そのつもりだったけど、一緒に遊ぶか」
柳田は俺の座っている機体を見ると、少し眉を細め、
「ドマイナーゲームやってんな」
お互いが横に並ぶ形で機体に座る。このゲーム機体は古いタイプで一つの機体に二つコントローラーが付いているから、この横並びが成立する。
二人とも50円玉を10枚積み上げておいて、対戦が始まる。要するに10先をするということだ。
最初の方は俺のゲーム歴が長くて、5連勝できた。
でも、段々と柳田はフレームと技を覚えてきたせいか、技に打ち負ける場面が増え、7―8でまくられてしまった。柳田は基本ジャンプをせず、丁寧に地上戦をしてくる硬派プレイヤーだ。正直俺はテキトーにジャンプしてくる相手を潰してきて勝ってきたから、こういう奴には勝てない。結果は、俺の方が先に50円玉を使い果たした。
ゆっくりと柳田の方を見ると、口角が上がって、いかにもドヤっという顔をしていた。腹立つ。
「まずお前な、レバーの持ち方が下手すぎ。ちゃんと
そこからの5分間は、頼んでもいない講釈を柳田先生から聞いた。いや、正確には右から左に流していた。
「ねえ、君もそう思うだろ?」
柳田の視線が急に俺の顔よりも上になった。
「サム君は、基本消極的なんですよ」
後ろから声優の釘本の声が聞こえた。ということは……。
振り返ると、やっぱりロボが後ろに。ストーカー?
「じゃあ、俺は別のゲームやるから。おさらば、お二人さん」
アニメで見るような眼鏡を直す仕草をして、柳田は俺らの元から去っていった。
「どうして俺がここにいることが分かった?」
「先生と出かけた帰りに、サム君を見かけたので分かりました」
あんまり先生と生徒が堂々と出かけるのは、変な噂が立つから辞めた方がいいんじゃねーのか。って朝倉が世の中の価値観や倫理観を理解できる訳ないか。
「出かけたってどこに?」
「服を買いに行きました」
別にわざわざ店に行って買う必要は無いだろ。寸法をミリ単位で把握しているのだから、ネットでテキトーに買えばいいのに。
もうちょっとこのゲーセンに居座るつもりだったけど、コレが横にいると気になってしょうがないから帰ることにした。ボロボロの椅子から腰をあげて俺は出口に歩き出した。
「これもう加工しすぎて、別人じゃん!!」
俺と年齢が同じくらいの女子達がギャーギャー騒ぎながらプリクラ機の液晶にかじりついていた。あの液晶で撮った写真に飾り付けができる仕様になっている。いわゆる“盛る”って奴だ。
あれ、盛るってもう死語なのか?
再び出口に向かって歩き出すが、どうやらロボットはプリクラ機に興味津々らしく止まってしまう。
「お前、こういう所来るの初めてか?」
ロボは目線をプリクラ機に固定したままで、頭を5ミリくらい上下させる。
始めてロボが自分で何かに興味を持った気がする。
少し気恥ずかしさもありながらプリクラコーナーにいく。誰も使っていないプリクラ機に近づくと、500円と書かれている。
「写真撮るだけなのにちょっと高くないか」
ロボは既に機体の中に入って、プリクラ機の中を視察している。やる気満々らしい。
財布の小銭入れから50円玉しかなかったら、1000円を両替して、500円玉を用意する。両替機から離れてロボの元に向かう途中で、プリクラ機にも色々種類があることに気づいた。ロボがいるあの機体は外装がピンクピンクしていて、ターゲット層は俺達より低そう。でも、とりあえずはいいだろう。
500円玉を入れると、プリクラ機はダラダラと説明を始めた。どうせロボが全部暗記するだろうから、俺は全く聞いていない。そもそも、俺がコレと一緒に写真に写る必要はないよな。俺は昔から写真写りが悪いから、写真苦手なんだよ。
プリクラ機はカウントダウンを始める。
「じゃあ、楽しめよ」
俺がプリクラ機から出ようとすると、ロボは後ろから俺の首を掴んできた。服の
「この機械は複数人で楽しむように設定されているようです」
「……わ、か……」
かなり強めに握られているせいで声が出せない。首根っこを掴むとは、こういうことだったのか。
ロボに首を掴まれた状態でプリクラ機のシャッターが閉じられた。
ロボの腕を外す。呼吸を整える。
「おまえ……」
ロボに苦情を言おうとするも、またカウントダウンが始まる。掴むなら、腕とか服だろう。殺す気か。
5分もしない内に全ての撮影が終わった。このプリクラ機は、俺が新聞配達のバイトで履歴書を作る時のインスタントマシーンと何が違うのだろうか。プリクラ機で楽しめる奴らの気が知れない。
俺達もさっきの女子達と同じようにデコレーションフェーズのために一度機体の外に出されて、機体の外にある液晶で移動した。
ロボがやるだろうと思っていたのだが、デコレーションフェーズには制限時間があるのに、ずっと動かない。
「どう装飾をすれば良いのかが、分かりません」
そんなのテキトーでいいんだよ。撮った写真を見ると、俺の目が半分閉じている間抜け顔になっている。
自分の目元にサングラスの絵を持って来る。キラキラのラメを画面の端にテキトーに塗る。
「こんな感じで、用意されているアセットをテキトーに使えばいいんだよ」
ロボは3ミリくらい首を傾げながらも、写真にデコレーションをつけ始めた。表情も心なしか、普通の時よりも柔らかくなっている気がする。ロボの手が進み始めたのを確認して、俺は店の外で待つことにした。
店を出る際に、店の入り口に“音ゲーポイントランキング”と書かれた表が見え、その表の1位の欄に『柳田』という名前があった。
結構来ているんだな、柳田。
このゲームセンターは小さい頃から通っているから、それなりに思い出がある。その思い出の中で記憶に残っているのはやはりアイツ絡みの話で、俺達が小学生の時の話である。
ゲーセンにいた中学の女とアイツが喧嘩したのだ。喧嘩が始まった理由は全く覚えていないが、中学生に横入りされたとか、どうとかそんなだった気がする。それで、女子中学生に
「ガキはすっこんでろ」
みたいのことを言われたのに対して、
「お前はブスなだけじゃなくて、性格も腐っているな」
とアイツは言ったのだ。この発言が俺の笑いのツボに入ってしまって大笑いしてしまった。事実、言い合いをしていた相手の女はちゃんとしたブスだったのだ。その後は、俺が喧嘩相手の女の取り巻きだった男に殴られたことで、落とし前がついて話が終わった。
未だにアイツ以上に口の悪い女には出会ったことはない。会いたくもない。
ロボットが店から出てきて、プリクラの写真を俺に渡して来た。前はハサミで切らないとダメだったが、今は手で切り取れるようになっている。俺がロボットに絞殺されそうになっている写真もバッチリある。よく見ると、写真のデコレーションは独特のセンスをしていた。中々形容しにくい。ロボなりに自分で考えて、制作した感じは伝わった。
ロボを見て、俺はつい、
「お前さ、敬語でしか話さないけど、普通にタメで話せないのか? もっとこう、若者らしいさ。」
ロボットは少し間をあけ、目を見開き、
「おニューのプリ楽しかったわ! あたしはぶっちゃけ一番上の写真がオキニなんだけど、サムチンは?」
人差し指を口元に持ってきながらこう言った。
恐らく、さっきの女子生徒の話し方を学習した結果なのだろう。
微妙に時代遅れな言葉も混じっていて気持ちが悪い。
「やっぱり、もうちょっと……慣れてからでいいや」
俺はロボを連れて帰ろうとした時に、意外な人物と遭遇することになる。
「あれ? サム君とめぐみんじゃん? 相変わらず仲いいね、本当にただの従妹なの?」
ジャージ姿の美咲だった。多分走り込んでいたのだろう。
俺はふと自分の持っていた写真が美咲に見られたら、誤解を生むことに気づき、とっさに持っていたプリクラ写真をポッケに突っ込んだ。もっとも誤解してほしくない人物なのに、美咲の目は見逃さなかったみたいで、
「ああ! 隠したね! 隠したでしょ! 見せよ~」
そう言って、両手を突き出して俺に近づいてくる。
俺は潔く写真を取り出し、美咲に見せた。
「最近はこういう首絞めポーズがカップルで流行ってるの? こりゃあ、何か官能的ね……」
拳を口に当てながら、真面目に呟いた。この人もやっぱりどっかズレている。俺はこのロボと変態プレイをしていると思われているのか。遺憾。
高校に入学してから、着々と、俺と美咲の距離が離れていっているような気がする。
プリクラ写真を返してもらったタイミングで、
「あ、そうだ! そういえば、連絡先、交換してないよね?」
そういって美咲は自分の携帯をポッケから取り出して、メッセージアプリを起動する。
こりゃあ、とんでもない棚ぼたが落ちてきた。出かけて良かった。
俺も携帯を取り出して、暗証番号を打ち込む。
「サム君、暗証番号長くない?」
「ああ、これ15桁もあんだ。小さい頃からパスワードは大抵これで、慣れちゃって」
「暗記得意なんだ。あたま良さそう~」
暗記の得意不得意とIQや頭の良さに相関があるのかが微妙な所だが、こういう素直さは美咲の良い所だ。
すぐに連絡先を交換し、犬のプロフィール画像でミサミサという名前のアカウントを登録出来た。かわいらしいスタンプで通話のテストまでできた。記念すべき、初メッセージを頂けた。これでいつでも美咲にメッセージを送れる。もっとも、気軽に連絡が取れるようになったからと言って、実行できるかどうかは別問題である。
「はい、次はめぐみんだよ!」
「今は、私の携帯電話が手元に無いです」
「え!? 携帯なのに不携帯……」
一度もコレと連絡を取り合ったことが無いが、このロボは本当に携帯電話を持っている。ロボット自体に通信機能が付いているのだが、朝倉は一応、携帯電話を持たせているようだ。今日は、一回家に帰ったタイミングで家に置いて来たのだろう。今は無理だから、後で俺を経由してロボと美咲を繋げることになった。
そろそろ解散する流れになりそうだったから、会話を引き延ばすために、何となく美咲が付けていたブレスレットに注目した。
「そのブレスレット、何か大きくないか?」
美咲の付けているブレスレットは、美咲の腕の太さの1.5倍くらいあった。
美咲はブレスレットが目立つように、“あ、これ?”っと言いながら、俺たちの前に腕を出す。
「これね、死んじゃったペットの形見なの」
触れちゃマズイ奴だったかも。
話によると、1年前くらいに愛犬のケンジロウが死んでしまって、形見の首輪を改造してブレスレットにしている。皿とかリードとかは捨てられたけど、首輪だけは捨てられなかったと語っている。美咲のプロフィール画面の犬の写真を確認すると、同じ色の首輪をしている。
「ケンちゃんと一緒にいる気分を味わうために、ランニングの時は身に着けているんだ。そもそもこの時間はケンちゃんとの散歩の時間だったしね」
実は俺が中学生の時に、美咲本人から犬を飼っていることは教えてもらっていた。どうやら、本人は忘れているようだけど。美咲がケンジロウのことを大切にしていたことは知っている。
だから、聞いてみたくなった。
「それって、忘れないようにするためってこと?」
俺としては結構踏み込んだことを言ったと思っていたが、美咲はブレスレットを見ながらあっさりとこう言った。
「ううん、違うよ。どうせ、いつか忘れちゃうし、ずっと忘れない方が
さっきロボに首を掴まれた感覚と同じ心持ちになる。
「でも、何か忘れていくのって……怖くない? 忘れると罪悪感だし、自分を嫌いになるような感覚になる……って思わない?」
美咲は少しだけ“うーん”と考えたのちに、
「どうだろうね。ケンジロウは死んじゃったから何も感じないだろうし、生きている私達はしたいようにした方がいいんじゃない」
この人は昔から、普段は独特の雰囲気を醸し出しているのに、妙にリアリストだ。いわゆる、人生二周目組なのかもしれない。
「サム君、何かお悩みなの?」
「違う違う、最近人が死ぬ小説を読んだから、感傷的になっていたというか……。色々変なこと聞いて悪かった、みさ……、じゃなくて深津」
「ん? 全然いいよ~」
美咲は“ほんじゃね、お二人さん”と華麗に手を振りながら、走って去っていた。俺は2年ぶりに美咲大先生に説法を受けてしまった。
俺が歩き始めたのを合図に、ロボも歩き出した。
さっき、美咲が言っていたことを頭の中で思い返す。車のエキゾースト音がいい雑音になって、思考が進む。
「お前は美咲の考え方に対して、どう思った?」
「生者が幸せになる方法の最善手だと思います。ただし死者の幸福度を重視しない功利主義の考え方では、死者を冒涜する危険性もあります」
聞きたかったのはそういうのじゃないんだけど、いいか。
生きている者がどうしたいかを考えろってか。
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