when 1 week later
入学から一週間が経った。このロボのせいで、クラスメートからは若干変な扱いを受けるものの、席が近い奴らとはソコソコ話せるくらいには高校生活に馴染んできた。ロボの方もなんだかんだで、不思議ちゃん扱いで済んで知り合いも出来ているようだ。
ロボの正体がバレることを対策するために、体育がある日は体操着を事前に制服の下に着せることや、定期的に不必要にトイレに行かせることなどを行っている。これらの施策に効果があるかどうかは分からないが、できることは行わないとムズムズしてしまう。
この施策も簡単ではなく、ロボは男子トイレに一緒に入ってこようとしたり、逆に俺を女子トイレに連れて行こうとしたりする。このポンコツが。
高校の勉強は恐れていたよりかは、簡単な内容ばかり。つっても、まだ一週間だからっていうのもあるだろうけど。
部活は当然のごとく入らないことにした。元々入るつもりはなかったけど、この調子だと俺の入る部活にロボも一緒に入ろうとするだろうからな。
「そんでさ、どうしてお前は飯を食わないのに、昼休みの間ずっと俺といるのさ?」
目の前で俺の飯を食う様子を傍観するロボットに聞く。教室で食べるとこのロボが俺の食べる姿をジーっと見つめる異様な光景がクラスメートにさらされるから、屋上に行くためのドアの前にあるちょっとした踊り場で飯を食べている。この足掻きも結局はあんまり意味がなくて、俺達がこの踊り場に向かうために教室を出る時に、俺の知り合いやロボの取り巻きからは茶化される。屈辱的だ。
どうして常に無表情のロボットと飯を食わないといけないのだ。せっかくなら美咲と食べたい。
「指示に従っているためです。私は機械なので、食べ物を食べません」
「自分の机でじっとしていればいいじゃないか」
「サムくんとずっと一緒に居るように先生に指示されているから、無理です」
「だから、その指示は無視していいんだって。自由に過ごしなって」
何が何でも人の指示に従うロボットは嫌いだ。だからって、俺の使うパソコンが勝手に動き出したら困るのだが、目の前にいるこのロボットには自由に過ごしてほしい。
「自由に? 無理です」
世に出回る人工知能と言われるものも、結局は人の決めたプログラムに従っているだけである。何も知らない連中は、魔法のように考えているようだが、それは幻想である。人の言われたことしかできないロボットに自由に過ごせって言うのは酷なんだろう。それでも、やっぱり自由に過ごしてほしい。
いっそのこと、Eliza《エライザ》のような人工無能なら良かったのに。
それだったら、まだ何か納得できるものだ。
──何言っているのだろうか、俺は。馬鹿か。
さっきから思考の論理が破綻。我ながら、言っていることがメチャクチャすぎる。
俺は残っている飯を口の中にかき込んで、さっさと教室に戻った。
今日も今日とて、ロボットと下校をする。バスや電車の中だと、ロボットと公衆の面前で会話するという構図が恥ずかしいため、黙っている。例えば、携帯に備わっているAIアシスタントと会話しながら道を歩いている奴を見かけたら、変人だと思うだろ? そういう感覚さ。
ただ、最寄り駅から自宅まで歩く間は少し話すことにしている。
ちなみに朝もコレと登校しているのだが、朝は俺の機嫌がすこぶる悪いため、口をきいたりすることは無い。
「お前は自分が何で作成されたかを考えたことはあるか?」
ロボはゆっくりと俺の方に顔を向けた。
「はい、自然言語処理や理解の能力を持つ AI の開発に役立つと期待されているからではないでしょうか」
そういうことじゃないんだよ。後頭部を二、
「朝倉は家で何してんだ?」
「最近は私の右手の設計に忙しそうです」
まだ規格が違った右手を装着しているのか。朝倉自身はこの状態で、自分の目の届かない所にロボットを活動させてヒヤヒヤしないのか?
「今はどうやって右手を装着させているんだ?」
「電磁石を用いて、即席でジョイントさせています」
ジョイントって何だ?
聞くのが
ブランコしかない公園を通り過ぎた。この公園を通ったということは、もう自分の家が見えてくる。
そこで、珍しくロボの方から話をしてきた。
「サム君は、ロボット嫌いですか?」
昔、同じような質問を同じような場所で聞かれた。もっとも、言葉遣いはこのロボに比べると最悪だったけど。
その時、俺がなんて答えたかは覚えてない。アイツがロボットの話ばかりで、俺と話す気を全然感じなかったから、俺はブー垂れていた。嘘でもいいから、話を合わせてあげれば良かったのに。あの頃の自分を思い出すと、叫びたくなる。こうなるとムシャクシャして、公園の前から強烈に逃げ出したくて、家とは別の方向に歩き出した。
いわゆるトラウマなのだ、このシチュエーションは。
ロボが何かを言っているが、俺は無視して歩いた。
この辺りの横道を進むと、
玉川は、神奈川県と東京を分かつように存在している。そしてその川をまたぐ様に神奈川と東京を結ぶ橋がある。その橋を渡った先の
駒江駅のコンビニに行き、一番安いアイス棒を購入し、一服。
夜の少し涼しい中で、アイスをかじる。コンビニの真上に路線があり、夜の静かな空間に電車のガタンゴトンという音だけが響く。静かだけど、無音じゃない。
大人になれた気分だ。そんな余韻に浸り、口にくわえたアイスの木の棒をたばこに見たてていると、
「どうしてこの駅にきたのですか?」
とロボは聞いて来た。そういえば、コレの存在を忘れていた。
俺はしゃぶっていたアイスの棒をコンビニのゴミ箱に放り投げた。
「こうやって道草を食うと、頭の中が整理される。機械で言えば、メンテナンスだ」
このセリフは実は受け売りである。
俺の携帯電話に通知が飛ぶ。いつもより帰る時間が遅いから、母親が心配してメッセージを飛ばしてきたようだ。俺はやたらと長い暗証番号を打ち込み、電話を母親にかけて、
「学校でちょっと居残ってた。後、今から帰るわ」
そう言って電話を切った。ロボが随分と俺のスマホを凝視しているが、なんだ?
ロボに帰ることを伝えて、歩き出す。
「どうして、母親に嘘を付いたのですか?」
「下校中にブラブラしてるって言うと、心配するだろうからな。嘘を付いた方がいい時もあるんだよ」
「嘘はいけないのではないですか?」
世間では正直者が正しいとされることが多い。ここでの正しいというのは、道理的に正しいという意味だ。
でも、俺はそうは思わない。
「違う。むしろ、つくべき時に嘘をつけないやつの方が問題あるというべきだ」
正直にものを言うことは、嘘をつくことよりも楽なんだ。相手のことを深く考え、その上で適切な嘘をつける人間が正しいのだ。相手の心情を考えずに言いたいことを口から出すのは、暴力と大した差異はない。
ちょっとした嘘が、人の関係を彩り豊かにしていくのだ。
「なるほど。だから、
ロボはなぜか微笑んだ。その笑顔は、目の錯覚かと思うほどの微小な表情だった。
なんとなく、美咲の笑い方に似ているような? 人間の模倣で感情を覚えていくのか?
それは──ちょっと面白いかもしれない。
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