'*****' used but never defined yet
ラムネ
case *****; when entrance ceremony
教室に入ると、自分の右腕を持っている子がいた。
右腕が体から完全に離れた状態で、自分の右腕を持っている。
視線を恐る恐る彼女の右肩に移すと、蓋を外した時の水筒みたいに穴が空いていた。この子は、ずっと自分の右腕をじっと眺め、俺の存在には気づいていないようだ。身長は少し高い方で、髪は長めで胸のあたりまである長さだ。
俺はひっそりと教室から逃げようとしたが、
「あ!! 見ちゃった!?」
と知り合いの教師である
朝倉はあの子を見たのが俺であることを確認すると安堵。朝倉が絡んでいるのは、ある程度察しがついていた。
朝倉は右腕を彼女に装着した後に、わざとらしく咳払いをし
「この子が学校生活を送れるのか試したくて、実際にやってみるのよ。いやー、決定的な瞬間を見られたのがお前で良かったわ」
この人の頭は壊れている。これが公立高校の教師がやる所業なのか。
俺が逃げる様に教室から出ようとしたところで、さっきまで置物のように制止していた彼女が動いた。
「こんにちは、先生」
この声に驚いた。俺が推している声優『釘本絵里』の声だったから。思わず振り返る。ロボットの顔には、泣きぼくろ。印象的だ。
「この人は、誰?」
動き始めた“ソレ”は流暢に言葉を話す。
「この男が学校でお前をサポートしてくれる『サム』だ。コイツのことを親だと思って、下僕のように使え」
朝倉は俺のことを指さしている。
「急に決めるな。何も聞いてないぞ」
あと、そのあだ名、もうアンタしか使ってないからな。
「そりゃそうだ、今初めて言ったんだから」
朝倉は懐から1枚の紙を出し、声色を変えてきた。
「誰のおかげで、この高校に入学できたか、忘れたわけじゃないよな?」
書類は、朝倉による俺の高校入学の推薦状のコピーだった。コイツ、そんなものを普段から持ち歩いているのか。何を隠そう、俺は朝倉の裏口入学でこの高校に入れたのだ。いや、やっぱり、裏口入学自体は隠したい出来事である。
「バレたらヤバいのはそっちだろ」
「別に教師なんて、いつ辞めてもいいんだよ。中年の俺はいつ死んでもいいんだから」
やっぱり、コイツの頭は壊れている。
俺がうなだれていると、ロボットは近づいて来て、
「サムくん。これから、宜しくお願いします。」
右手を差し出してきた。この声で名前を呼ばれると、妙な気持ちになる。それに、変なあだ名で呼んでほしくもない。
「わざわざ、お前のために人工音声まで作ったんだ。やってくれるよな?」
ロボットの後ろの方で、朝倉はこれ見よがしに推薦状をヒラヒラさせる。
けっ。どうせ、他に選択肢は無いんだろ。
朝倉の方から、裏口入学の話を持ち掛けてきた理由はこれかよ。何が人工音声だ。アニメから抽出した音声を無許可で使いやがって。俺は法律に詳しくないが、著作権法30条の4とやらに、この悪徳教師を裁いてもらいたい。
不本意ながらも、ロボットの右腕に対して、俺も右手を差し出して握手をする。手の質感は、ロボットと知らされなかったら人間だと思ってしまうくらい、人間の質感に近い。
しかし、俺が手を上下に動かすと、ロボットの右腕は肩から外れてしまった。
朝倉が俺から握っていた”ソレ”の右腕をはぎ取る。
「No way……、右腕の規格を間違えてるわ」
朝倉はロボットの右手を使って俺の頭を撫でながら、
「周りの奴らには、コイツがロボットであることはバレない様にしろよ」
と言いつつ、推薦状で俺の顔をペシペシと叩いてくる。地味に器用なことをしてくるものだ。
バレたくないだったら、パーツが簡単に外れないようにしとけ。ボケが。
朝倉の手をはける。
そして気づく。微妙に酒臭い。
コイツ、入学式の前日に酒が残るまで飲んでいたのか。今の日本の法律でコイツを裁けないのが悲しい。
とんでもないイベントのせいで忘れかけていたが、今日はそもそも高校の入学式である。意気揚々と朝早くから登校したのに、まさかロボの世話係を任命されるとは思わなかった。
ロボの普段の挙動、つまり歩き方や話し方等は普通の人間と変わらない。人工音声も違和感はない。入学早々の自己紹介も
「
とちょっとだけ変な発言だけど、周囲にはそう簡単にロボだとバレないだろう。ガリ勉ちゃんと思われただけだ。戸籍系の書類関係は、朝倉が偽装したのだろう。朝倉の偽装力もアレだが、それで騙されるこの高校もちょっとおかしい。
ロボの出来前の良さは癪だが、流石は朝倉大先生の作品だなって感じ。俺達の担任は朝倉本人だし、今のところロボだとバレるとしたら体の部位が外れてしまった時くらいだ。
でも、完成度は高くてもロボットはロボットだ。
何を隠そう、ロボは朝倉の教えを順守して、何かにつけて俺の傍にいる。
俺が席に座っていると、真横で立つという
「サムくん、そんなこと言わないでください」
と抑揚のない声で言ってくる。釘本絵里なら、もっといい演技をしてくれる。
こんな調子だから、俺達はとんでもなくヤバいカップルだと思われている。
どうして、俺は。どうして、高校生になって早々こんな境遇にならないといけないのだ。
横にいるロボを無視して、突っ伏すことにした。
「君ってサムくんって呼ばれてたっけ?」
この声は、推し声優の声じゃなかった。顔を上げて、声の主を見ると予想は当たる。
「やあ、サムくん! 君もこの学校を受験してたんだね、知らなかったよ。あ、というか、わたしのこと覚えてる?」
サムというあだ名に対して笑っているこの少女、覚えているとも。この人こそ、
「深津だろ。……バト部の」
気恥ずかしさから、かなりぶっきらぼうに言い放ってしまった。しかも、美咲の所属していた部活まで把握していたことがバレた。キモがられるかも……
「あら! わたしの部活までご存じなのね!」
目と口を大きく開け、手を口に添えて、芝居じみたことをしている。こういう変な所が好きだ。大げさに反応する特徴は中学の頃と変わっていない。
「バド部を続けるかどうかは、まだ迷ってるんだけどね。あ、あと、バト部じゃなくてバ”ド”部ね。結構揉めるのよ、この話題」
そうなんだ。メモメモ……。
「それで……、そちらは?」
深津は俺の隣にいるロボをチラチラ見る。
「ソレ……その子は俺の……その……アレだ」
このロボが俺の何なのかは、俺が一番知りたい。
「私はサム君の子供みたいなものです」
ロボが勝手に話し始めた。 何とんでもないことを口走ってんだ。
俺はロボにしか聞こえない様に
「なんで変な嘘ついてんだ」
と耳元に呟いたが、
「嘘をついたつもりはありません」
ロボは表情を変えない。
俺が不毛なやり取りをしている間、美咲は狼狽していて、
「え!? そうなの? でも苗字が違くない?」
頭を抱えていた。美咲の返しも何か微妙にズレている感じがする。
しかし次の瞬間、美咲は何かを察したかのごとく、
「ごめん。言わなくていいよ。そうだよね、高校生にもなると色々あるよね……」
俺たちを制止させるように手を出して、目を瞑る。
「違う!! あの、その、……あ! そう親戚。そうそう、
「ああ、従妹ね。なんだ。でも、珍しいね、従妹で同じ高校なんて」
「いいえ、違……」
俺はロボの口に手をかざして黙らせた。このポンコツには都合よく嘘をつかせるプログラムが無いのか。
ロボは口を止め、チラっと俺を見たのちに、
「深津さん、宜しくお願い致します」
美咲に深々と頭を下げた。
「ありゃ、こりゃまたご丁寧に」
美咲も真似をするようにして、頭を下げた。
「タメでいいよいいよ。めぐみんだよね! ミサミサって呼んでもらっていいからね!」
美咲は握手するために、ロボに右手を出した。
この光景、さっきも見た。さっきは俺が握手をしたら、コレの右腕がもげた。
美咲に握手したら相手の腕がもげたっていう恐怖体験をさせる訳にはいかない。
俺は慌てて、美咲の右手を握って、
「あの……。一年間、よろしくね!」
こりゃ、完全に嫌われたわ。
でも美咲は急に横入りして手を握ってきた変質者に全く動じることなく、
「うん! よろしく!」
細かいことは気にしない美咲である。ぎゅっと俺よりも強い力で握ってきた。流石はバト部、じゃなくてバド部なだけあって、かなり痛い。
ここで担任の朝倉が入ってきたことによって、美咲とロボは席に戻っていった。何気に彼女の手を握れた。ラッキー。
あやうく、入学早々にして
これはさっさとロボ係を辞任する必要がありそう。
この日は残りの時間に大したことは行わずに、高校に関わる資料を色々渡されて解散する運びとなった。
朝倉による帰りの挨拶が終わり、ぞくぞくと生徒たちが教室から出ていく。
「サムくん、どう? 一緒に帰っちゃう?」
と美咲様からのありがたいお言葉が頂けて感激していた所に、
「サムくん、一緒に帰りましょう」
と無粋な一言が入った。そのせいで、美咲は“だよね~”とか言いながら離れて行ってしまった。なんだよ、からかわれていたのか、俺は。
朝倉の家は、俺の家の隣にあるから帰りが一緒になってしまう。コレが居なければ、俺は美咲と帰れたかもしれ……あり得ないか。それこそ、『No way!』か。
帰りはバスに乗って
バスを待っている間、暇つぶしにロボに色々聞いてみる。
「どのくらい学校に通う予定なの?」
「期間は設定されていません。先生が指示を止めるまでは通い続けます」
マジか、アイツ。狂気の沙汰だ。
「学校で何かやれって言う指示は無いの?」
「サムくんと一緒に居てほしいと言われています」
「それ以外では?」
「ありません。ただ学校生活を送れという指示だけで、それ以上の具体的な指示はないです」
こんなものが校内を平然と闊歩していて、なんで朝倉は何も思わないんだ。
「ただし、アシモフの三原則は暗黙の了解としてプログラムされています」
アシ、モフ? 足がモフモフ? 羊か何か?
俺が
「もしかして、説明が必要ですか?」
と少し顔を斜めにしていった。その声でちょっとSッ気のあるセリフを言うのは辞めて欲しいものだ。妙な気持になる。
特に話すこともなかったからか、ロボは家に着くまで『足がモフモフ大先生』の三原則とやらの説明をしていた。半分も分からなかったが、何となく分かった要点をまとめる。三原則と言うだけあって、次の三つのルールがあるようだ。
一つの原則、人を傷つけるな
二つの原則、人の命令には従え
三つの原則、自分を大切にしろ
こっからがややこしいのだが、これらのルールには優先順位があるようで、数字が小さい原則のほうが優先順位は高い。だから、『人を襲え』と命令をした場合には、第一原則を破るから第二原則は守られないということだ。他にも色々な例を交えながら説明されたのだが、ほとんど理解できなかった。ロボットが洞窟に行き爆弾を持ってきて
本当のことを言えば、この手の話をコレから聞きたくなかった。
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