第3話 案外良い奴

 気がついたときには夢を見ていた。


 というよりも、夢の中に居たって方が正しいのか。


 さっきまで何してたんだか忘れちまってるけど、たぶん今思い出せないってことは大したことないことだろ。


 自分で言うのもあれだけど、おれが考えてることなんてどうせしょーもないことだ。


 ただ、よりにもよって見ている夢がこの夢だったことだったのが気分を悪くさせた。


 今でも時々見ちまう、ちっちゃい頃の暗い夢だったからだ。


 最近見ないで済むようになって来たと思ってたのに、とうしてまた見ちまうのか……。


 それに、なんでお前まで出てきちまうんだよ、光弥……。



 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼



 中学に入学したばかりの頃、教室の中は半分以上が別の小学校出身の奴らが占めていた。


 おれと同じ小学校の奴らは、そいつらとの距離感を測るようにチラチラと目をやっているのに、自分たちからは話しかけられずにモジモジしていた。


 そんなに気になるなら話しかけに行けばいいのに。なんて、自分はそんなことも出来ないのに、勝手にそいつらを馬鹿にしていた。


 別の小学校出身の奴らは、そいつらの方で固まって話しているようだった。たぶんお互いにどう切り出そうか探り合っている状態だったのかもしれない。


 でもそんな時に、両者の読み合いなんて気にしない様子で、向こうから一人の男子がこっちの席に近づいて、声をかけてきた。



「中津小ってさ、川向うのスーパーにあるとこ?」


「え……う、うん。そうだけど……」


「なら見た事あるかも!校庭すごくでかいよね!!」


「あ〜……確かに?えっと……」


「あ、おれ光弥!比良坂 光弥ね、よろしく!ほんでさ、あそこが学校ってことは、あそこから少し離れたところから通ってたりする人も居たんでしょ?だとしたらここまでチャリで来んのめちゃくちゃキツくない!?」



 爽やかな笑顔を向けながら、ずっと前から知り合いだったかのように話しかけてくるそいつに、最初は押され気味だった元クラスメイトたちの緊張も解けていくのが見て取れた。


 そして、そいつが話しかけてきたのをきっかけに、向こうの学校の奴らも一人、また一人とおれらの方に近づいてきて、各々会話を始めて、教室の中はあっという間に話し声で溢れるようになった。



「まぁ僕らはその中でも葦原中寄りのところに住んでる人が多いから、まだ近い方だと思うよ」


「だからおれたちと同じ中学校になってるんだろ〜?馬鹿だなぁ光弥は」


「あ、そっか。てか蘇我、馬鹿って言うなよ!お前に馬鹿って言われるともっと馬鹿になる気がするわ」


「お〜い聞き捨てならねぇぞ?」



 いつの間に楽しそうに笑い合って、距離を縮めてしまっている。


 そのきっかけを作ったあいつ、光弥のことを素直に凄いとは思ったけど、同時におれとは住む世界が違う奴だって思った。


 常に周りに人が居て、堂々としていて、敵意を向けられるなんて微塵も思っていなさそう。

 自分が話しかけても皆が受け入れてくれることを信じて疑わない純粋な奴。

 きっとそういった環境で育ってきたんだろう。両親にだって大層可愛がられてきたに違いない。



「なあなあ!君は名前なんて言うの?」


「…………おれ?」



 もうこいつが今後クラスの中心になっていくんだろうなってことが確信に変わった。


 おれみたいなやつにも話しかけに来てくれるなんて、相当らしい。



「藤原……てか、この後どうせ自己紹介の時間あんだろ。今しなくても別に良くね……」



 まさか自分にまで話しかけてくるなんて思ってなかったものだから、おれはいつも通りの無愛想な返ししか出来なかった。けど、おれにとってはそれが普段のおれだったし、中学に入ったからといってそれを帰るつもりなんてさらさらなかった。


 おれの目の前で笑顔を作っていた光弥がキョトンとした顔をしている。その後ろには、既に向こうの学校の奴らと仲良くなった元クラスメイト達が、冷ややかな目を向けていた。


 せっかく話しかけてくれたのに、やっぱりお前はそんな態度しか取れないのか、ってところだろうか。


 小学校の時からあんな感じなんだよとでも伝えているのだろうか、ひそひそも話した後に、向こうの学校出身の奴らまで、あいつはちょっと付き合いづらそうな奴かも、みたいに苦笑いを浮かべてこちらを見やっていた。



「それもそっか。でもいーじゃん!今教えてよ。藤原、名前はなんていうの?君の名前!」



 大体のやつはこんな態度取れば見限ったり、諦めたりして、すぐに離れていってその後声をかけてこなくなる。


 仕方がなく声をかけてきた奴だって、不快感を全面に出してきたりするのに。


 また明るい笑顔で声をかけてきてくれたことに、思わず顔を見上げた。


 その場にいた他の奴ら、特におれと同じ学校出身の奴らは目をまん丸にしていた。たぶんおれもあいつらと同じような顔をしていたと思う。



たけ……よし……」



 おれが質問に答えたのがそんなに嬉しかったのか、ぱあっと更に破顔させた。



「タケヨシって言うんだ!どんな字書くの?」



 おもむろにノートを取り出して書いて見せれば、「へぇ〜……なんか強そう!!」って言って、おれが書いた字をまじまじと見ていた。


 入学当初のあいつはおれよりもだいぶ身長が低くて、笑顔になると顔の表情筋を全部使ってんじゃねぇかってぐらい、にぱぁってなるから、つられてこっちも笑顔になりそうになるのを我慢してたことを思い出した。


 それがあいつと出会った瞬間だった。


 ただ、おれは自分にそれだけ真っ直ぐな関心を向けられたことがなかったから、その時もまた「これでいいだろ、早く席戻れよ」って悪態をついてしまった。


 自分の中に湧き上がった感情が何を意味しているのか分からなくて、混乱して、結局いつも通りの態度を撮ることしか出来なかったんだ。



「名前教えてくれてありがとな〜!」



 そう言って笑いながら席を離れていくあいつから、またすぐに目を逸らした。


 目の前からあいつの姿がなくなった時に感じたのが寂しさであることだけは、嫌でも分かった。



 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼



「お〜い、ちょいちょいちょい。どこ行くの?もう授業始まるよ?」


「……お前には関係ないじゃん」



 おれは早速問題児振りを発揮して、小学校の時と同じように授業を抜け出そうとしていたけど、入学して以来ずっと、こうして未遂に終わっている。


 何故かおれがどこかに行こうとしているのが光弥にバレてしまうのだ。



「関係はあるでしょ。友達だし」


「…………は?」



 懐かしいな。


 何気ない言葉、あいつからしたらなんとも思ってない当たり前の言葉だったとしても、おれにとっては衝撃的な言葉で、思考停止したのを覚えている。


 慌てて聞き間違いだと思おうとしたんだよな。


 だって遊んだこともなければ、会話だってあの名前を聞かれた時のものくらいだ。それで友達って。


 こいつはあれだ、一度話したことがあるだけの奴のことも友達だと思ってしまうめでたい奴なんだ。


 だって、そんな簡単に友達ができるわけがないんだから……。


 友達なんてそんな簡単になれるもんじゃないだろ。


 そしたら、あいつはまた訳の分からないことを言ってきたんだよな。



「おれはそう思ってるってだけ。つかさ、友達どうこうってそう難しく考えなくて良くない?一括りにして『友達』なんてなまえつけなくていいと思うんだよね。なんかわからんけど話す機会が多い奴、遊んでたら楽しい奴、一緒に居ると落ち着く奴とかさ。逆にずっと一緒にいるからって友達ってわけでもなかったりするじゃん?」


「意味わかんねぇって……」


「とりあえず、おれが考える『友達』と、剛義が考える『友達』が全然ちがくてもOKってこと!おれは勝手に剛義のことを友達と思うけど、だからといって剛義が無理におれのことを友達だと思わなくてもいいのさ。なんかよく話しかけてくる奴くらいに思っといてよ!その方が剛義も楽だろ?」



 あいつはそう言ってまたいつもの笑顔を向けてきた。


 全部を理解出来たわけじゃないけど、ごちゃごちゃ考えなくていいってのと、とりあえずこれからもこいつが話しかけてくるってことは分かった。


 そんで、それに対して自分が意外と不快感を覚えていないことも分かった。


 今ではあいつが言おうとしていたことはちゃんと分かるけどな。ほんと、今になってだけど。


 それでも、当時のおれは目の前に突如現れたその新生物を前にして、酷く混乱したんだ。


 今はこうして話しかけてきてくれているけれど、どうせ他の奴らと同じように、固定化されたメンバー同士でつるむようになって、おれのことは忘れて、おれから離れていく。


 近づいてきてくれたら、それはそれであいつが離れていってしまうんじゃないかっていう不安を覚えて落ち着かなくなってしまった。


 だから、それまでと同じ行動をとって、心の平静を保とうとしたんだ。


 ただ、そこにもあいつは飛び込んできた。


 おれは結局授業を抜け出した。


 他の先生は最初は怒ったものの、おれに怒るのは諦めて、担任の源先生に不満を言うことにしたらしい。


 けど、その源先生ときたら、そんなおれのことを何度も諦めずに注意してくれたし、源先生が「光弥」と言えば、許可を貰ったことに嬉々として光弥が教室を飛び出しておれを全力で探し、必ず見つけ出された。


 最初は抵抗していたけど、毎回毎回追いかけてきてくれる光弥を見ているうちに、見つかった時点で大人しく一緒に教室に戻るようになっていった。


 その頃には、おれと光弥の追いかけっこが名物みたいになっていて、「今日は前回よりも長いんじゃね?」とか言って、おれに声を掛けてくる奴も増えてきていた。


 後から聞いたら、「あいつ案外話しかけたらちゃんと返してくれるよ!」って光弥がクラスメイトたちに言ってくれていたらしい。



 ある時ふと聞いてみたことがあった。



「お前さ、なんでそんなにおれに絡んでくんの?」


「ん、嫌だった?」


「いや、嫌とかじゃなくて……面倒くさそうだなとか思わなかったわけ?」


「わかんね!」



 わかんねって……。



「けどさ、?って思ったんだよ」


「どこが」



 対照的だろってしか思えない。こいつは一体おれのどこを見てそう思ったんだ。



「だからわかんねって。なんとなくだもん」



 その後もあいつはおれに声をかけ続けた。


 休み時間にも光弥はおれのことを体育館に無理やり連れ出したりした。



「やっぱ、おれが行ったところで皆気ぃ遣って楽しめねぇって!」


「んなことないってば!うだうだ言ってないで、ほら行くよ!」



 そう言っておれの腕を強く引いた。


 おれも嫌だと言いながらも、本気で抵抗したりはしなかった。



「お!ほんとに剛義くん連れてきたじゃん!」


「剛義くんこっちチームで良いよね?」


「はぁ?ズルいって!」


「ズルくねぇよ!そっちデカいやつ一人居るだろ!」



 誰かを取り合って揉めてるのを見るのは初めてではなかったけど、それは大体人気な奴がなるポジションで、自分がそこに立つことがあるなんて思いもしなかった。


 それに、おれが光弥と共に体育館に入った時の皆の目。


 あの眉を下げながら、先生に言われたから仕方なく遊びに入れてやらなきゃっていう、あの困ったような複雑な笑顔じゃなかった。


 ちゃんとおれのことを受け入れてくれている、そう伝わる目だった。皆の目に、光弥だけじゃなく、ちゃんとおれも映っているのが分かった。



「な!」



 振り返ってこっちを見上げて笑う光弥の顔を見て、やっとおれも笑うことが出来たんだ。

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