第4話 翳り

 光弥と話すようになってから、あいつきっかけで話すようになった奴とか、遊ぶようになった奴も増えていった。勉強についても、光弥が馬鹿にしたりせずにつきっきりで教えてくれたこともあって、授業にもすぐに追いつけるようになった。


 家では相変わらずおれに無関心なあいつらがいるから、毎日が楽しいってわけじゃなかったけど、早く学校に行きたいと思うようになっていた。


 そんなおれにも、気になる人ができた。


 それまで女子って言ったら、口を開けば悪口しか出てこない奴らだと思っていたけど、そいつは違った。


 木村 美々花


 光弥の幼馴染だった。


 あいつが一番信頼している女子ってこともあって、おれもあまり警戒することなく話すことが出来て、二年になって光弥とはクラスが離れちまったけど、美々花と同じクラスになったことで、美々花と接する時間も増えて、次第に仲良くなっていった。


 あいつもどこか光弥と似ていた。


 他の奴からおれの小学校時代の話を聞かされても、「でも今の藤原くんはそんなことしてないよ」って言って、変わらずおれと話をしてくれた。


 光弥が正義感がある活発な奴だとしたら、美々花は大人しいけど、静かに隣で笑っていてくれるような、一緒に居ると落ち着くような奴だった。何がきっかけであいつのことを気になりだしたのかは自分でもよく分からないけど、たぶんまっすぐおれの目を見て話を聞いてくれて、そして微笑んでくれたのが大きかったと思う。


 それまでなら、教室で他の奴が話している内容なんて気に留めないようにしていたはずなのに、近くの席で話している女子たちの、やれ野球部の先輩がかっこいいだの、彼氏と放課後一緒に帰っただのといった話が嫌でも耳に入ってきちまうようになった。


 そこでハッとした。

 美々花にも好きな奴がいるんじゃないか。いなかったとしても、あいつのことを好きになる男子なんて他にもたくさんいるんじゃないか。だっておれみたいなのにも偏見を持たずに接してくれる良い奴だ。嫌いになる人なんていないだろう。


 おれには……いや、おれなんかがを持っちゃいけないかもしれない。


 そう思って諦めようとした。けど、諦めようとすればするほど、美々花のことが頭に残って、ずっとモヤモヤしていた。


 そこに今度は近くで話していた男子たちの声が入ってくる。どうやらこっちはこっちでそういう話をしていたらしい。おれの耳も次から次へとそんなことばかりを拾って、脳みそってのは随分都合がいいもんだと思った。



「もう告っちまえよ!誰かに取られた後じゃ遅いだろ?後で告白しとけばよかったってモヤモヤするよりは、玉砕してすっきりした方がだいぶいいぞ?」


「なんで玉砕する前提なんだよ!!……っしゃ、それなら行ってやるよ。今日の放課後お前ら待ってろよ、報告すっから!!」



 すごいなあいつ……てかあいつ誰に告白するんだ?まさか……。



「なあ、あいつ。その……本当に告白しに行ったのか?」


「え?ああ……剛義くんもそういう話気になったりするんだね」


「いや……気になるってわけじゃ……たまたま聞こえてきちまって」



 しっかりと聞き耳を立てていたくせに、おれは慌てて誤魔化した。



「あいつ、隣のクラスの本郷さんのことずっと好きだったのに、うだうだしてたからさ。背中押してやったんだよ」



 そう言って得意げに笑っていた。「上手くいくといいな」っておれも笑ってやったら、そいつらはまた意外なものでも見るような目でおれを見上げてきたから、またおかしくて少し笑ってしまった。


 あいつらの話を聞いて、昼休みになってから教室を飛び出していったあいつのことも、安心した目で見送ることが出来た。けど、不安が消えたわけじゃない。あいつみたいに勇気を出して、美々花に告白しようとする奴だっているかもしれない。



「誰かに取られた後じゃ遅いだろ?」



 それに、ずっとその言葉が頭の中でぐるぐると回るようになった。美々花が顔がぼやけているけど、他の誰かと並んで歩いたり、楽しそうに話す姿を想像するとかなりしんどかった。


 だったらおれもあいつと同じように、意を決して告白しちまえばいいだけの話なんだけど、万が一フラれたりしたら……告白したことで、お互いに気まずさを感じてこれまで通りに話せなくなったりしたら、ましてや距離を取られたりするなんてことになれば、その方がおれは耐えられなくなりそうな気がする。


 おれも誰かに背中を押してもらえたら、勇気を出せるようになるのかな。


 そう考えた時に頭の中に思い浮かんだのは、やっぱり光弥の顔だった。


 あいつが居る他のクラスを尋ねるのは緊張した。同じ作りの箱なはずなのに、他のクラスってだけでまったく別の世界がそこにあるような感覚がしていた。けど、ドア越しに教室の中を覗いてみると、一年の時と同じようにたくさんのクラスメイトに囲まれた光弥が居て、あいつの周りだけはいつも変わらないなって少しほっとした。


 ドアの近くに立っていた奴に声をかけると、最初は少し怯えられたものの、なるべく頑張って笑顔を作って「光弥のこと呼んでもらえるかな」って声をかけたら、その女子たちは顔を赤くして光弥のもとへと駆けよっていった。


 あの女子たちの反応からして、きっとあいつらも光弥のことが気になっているけど、あまりの人気っぷりに近づけず、遠くから見ていることにしていたのかもしれない。そこにおれがあいつを呼んでくるように頼んでしまった。少し悪いことをしてしまったような気もしたけど、照れながらも声を掛けに行ってくれたあいつらは良い奴だなって感謝の気持ちを心の中で伝えておいた。



「お!剛義じゃん、元気そうで何より!ちょこちょこそっちのクラス覗き見してはいたんだけどさ、剛義が他の奴らと話せてるの見ておれは安心したよ~」


「なんだよそれ、どこ目線の言葉?」



 そんなことを言ったりして、二人で久しぶりに笑った。



「光弥、ちょっと相談したいことがあんだけどさ……放課後とか空いてるか?」


「相談?まあ今日部活休みだし、いいよ!」



 明るくそう言うと、あいつはまたクラスメイトの元へ戻っていった。そんなあいつの背中を見送ってから、おれもゆっくりと自分の教室へと戻った。



 ✧• ───── ✾ ───── •✧



「そんで、相談事って?」



 放課後、みんなが帰ってすっかり空っぽになった駐輪場で、おれは「笑うなよ?」って前置きをしたうえで、光弥に悩みを打ち明けた。美々花のことが気になってしまっていること、告白するべきなのかどうか、やはり諦めた方が良いのか。


 光弥なら笑わずに聞いてくれるとは分かっていても、自分のそういった悩みを打ち明けるのはなかなかに恥ずかしくて、俯きながらぽつりぽつりと話していった。その間、光弥は口をはさんだり、なかなか次の言葉を話さないおれを急かしたりすることなく、相槌を打ってしっかりと聞いてくれていた。そして全部話終えて、やっとおれは顔を上げることが出来た。


 光弥はどんな顔をしているだろうか、どんな言葉をくれるだろうか。そう思って恐る恐る視線を送った。けど、光弥のその顔が逆におれの不安を煽ることになった。


 光弥は珍しく、困ったように笑っていた。眉を八の字にさせて「うーんと、そうだなあ……」って感じで、歯切れも悪い。



「やっぱりおれなんかが……」



 なんてまた視線を地面に下ろすと、それを見た光弥が慌てて「違う違う、そうじゃないって!」とおれの両肩を掴んでくる。



「今のおれが言えるのは、その気持ちは諦めなくていい!けど、告白するのだけはもう少し待ってみてからでも良い気がするかな!」



 そう言う光弥の顔は、おれを励まそうとする笑顔を作っているものの、やっぱりどこか気まずそうな表情にも見て取れた。


 その後は、とりあえず話を聞いてくれたことのお礼を伝えて、それぞれ解散した。家の中だけじゃなくて、学校にも新たなモヤモヤが生まれたということもあって、その日は猶更家に帰りたくなかった。



 ✧• ───── ✾ ───── •✧



 夢にしては随分と長い夢だな。夢なのであれば、そいつは相当性格が悪い奴だろう。この続きは……今でも見たくはないな。思い出したくもない。


 ただ同時に、ずっと気になっていることでもある。



 どうしてだ、光弥。どうしておれを裏切ったんだ。そうならそうだと、はっきり言ってくれたらよかったじゃないか。



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