藤原 剛義

第1話 ひとりよがり

 駿が暗闇の中で絶叫するシーンを最後にモニターの画面は砂嵐に包まれ、それからまた椅子に座りこちらに目を向けている罪記の姿が映し出されると、室内の照明がつけられた。


『残念だったねぇ。彼はまた間違えた』


 愛歌や美々果が怯えた目をモニターに向けた後に、剛義の方を見やる。


 先程まで彼の隣には駿が座っていた。


 罪記の呼び掛けられた直後に姿を消し、彼はモニターの中から戻ってこなかった。


 下手をしたら自分たちもそうなるかもしれない。そんな恐怖がじわじわと侵食してきているようだった。


「ね、ねぇ……駿はどうなったの。どうして戻ってこないの……?」


『おや、彼の心配をしているのかい?安心しなよ。死んだりはしていないさ。ちゃんと全てが終わったら彼も解放される。今は少しだけあそこで待ってもらっているだけさ』


「待つならこっちでもいいじゃない……ね、ウチが失敗した時はさ、こっちに戻してよ……どうせここから出られないんでしょ?なら……」


『口を慎めよ小娘。それを決めるのは私だ。黙って順番を待っていろ』


 またあの冷たい声で突き刺してくる罪記。


 モニター越しであるのに、確かにそこに居ると実感させるほど、その声には圧が込められていた。


 怒りにも似たおれたちを押し潰そうとするような、そんな重たい雰囲気を与えてくる声。


 愛歌もビクリと肩を揺らして直ぐに口を閉ざした。


 先程まで映し出されていた駿の記憶の追体験。駿が見た視点で、駿の心の内の声まで聞こえてきて、まるで自分たちが駿があの時どう思いながら過ごしていたのかが伝わってくるものだった。


 現在のものではないにしても、過去の記憶をほじくり返されて、しかも当時の心情や、思い返したことによる自身の声まで皆に聞こえてしまうというのは、公開処刑そのものだと思う。


 でもさっきの愛歌の発言は失言と言ってもいい。罪記の『また間違えた』という言葉からして、この追体験はきっと、再度過去を体験するだけではなく、自分の意思次第で過去の体験を変えて体験することが出来るもので、過去の自分に囚われたり、過去の自身の意思を塗り替えられるほど強い意思がなければ、駿のようにを繰り返すということになるのだろう。


 だから、これから追体験する面々は、を避ける必要が……って……あれ。


 一瞬だけ、おれの頭の中に映像が流れた。


 誰かが手を伸ばしていて、おれはそれを必死に掴もうとしたけど、その手が届くことは無くて―――


 なんだ、今の。おれも混乱してきているんだろうか。


 いや、切り替えよう。


 罪記が言うには、おれとエレイナさん、そしてこれを見ている外の皆の評価によって、彼らへの判定が下されるってことだったし、今は駿についておれがどう思ったのかをまとめないと。


 正直言うと、これまではあまり駿に対して良いイメージは持っていなかったけど、あいつも光弥に対する劣等感だったり、承認欲求を満たそうとするような色んな心の動きがある中で、何とか光弥と話そうとしてたよね。


 けど、どちらかと言うと、過去の反省ってよりかは、追体験から抜け出すために必要なこととして動いていたような気がする。


 過去について、本気でやり直そうとしているような感じは無かった。


 最後の最後になって、少しだけその片鱗が見え始めたような気もするけど、その時にはもう光弥は学校から居なくなってしまっていたし。


『ああ、蘇我少年やエレイナたちの評価は既に届いているよ』


「えっ?」


 これにはエレイナさん以外の、おれを含めた全員が声を上げた。


『追体験の様子を見て、その時々で蘇我少年が受けた印象、呼び起こされた感情、それらがそのまま私の手元にあるこの木簡に記されていくんだ』


 美々果はちらりとおれの方を見やるだけだったけど、愛歌と剛義はふらふらと立ち上がると、こちらへ近づいてこようとした。


『駄目だよ。座りなさい』


「ひっ……」


 愛歌が小さな悲鳴を上げた。


 罪記が注意すると、壁から青白い手が生えてきて、彼女らの手や足を掴んで、また椅子へと引き戻していた。


 先程の悲鳴はその手に掴まれたことによるものらしい。


「どうして……どうして蘇我だけ許されてんのよ!!意味わかんない!!なんでウチらだけ怖い目にあわなきゃなんないの!?同じクラスだってんなら、コイツだって……てか、蘇我はひとまず置いとくにしても、!!!!ついさっき偶然剛義くんが誘い込んだだけのやつじゃん!!どうしてそんな女がウチらのことをどうこうできる権利持ってんのよ!!!!」


 涙ぐみながらエレイナさんのことを睨みつける愛歌。


 そんな彼女を、エレイナさんはただただ涼しい顔で見返している。


『……彼と彼女にはその権利があるからさ』


「はぁ!?ちゃんと説明しろよ!!!!あんた、どこの誰か分かんないけど、ウチをこんな目に遭わせてタダで済むと思ってんなよ?ウチのパパは――」


『本当に五月蝿いな。君には自分の番が回ってくるまで静かにしていて貰おうか』


 愛歌の父親は確か……ああ、県警のお偉いさんだったっけ。


 だから何かやらかしても、揉み消してくれるからうんたらかんたらって言ってた気がするな。


 彼女なりの必死の抵抗だったんだろうな。


 でも、こんな現実離れした相手に、国家権力で脅したって意味が無いことは考えたらわかる。


「んむっ!?」


 また一本の青白い腕が壁から伸びると、愛歌の口元をその手で塞いだ。


「クソッ、何だこれ……全然引き剥がせねぇ」


 どうやら実態はあるらしい。


 いつの間にか拘束が解かれていた剛義が、愛歌を拘束している手を掴んではいるものの、彼の剛力を持ってしても、青白い手はビクともしなかった。


『彼女に危害を加えるつもりは無いさ。ただ抑えているだけだよ』


 罪記はそう言ってくすりと笑った。


『君の拘束を解いたのは、その子を助けさせるためじゃなく、次の追体験の準備が出来たからさ』


 剛義は悪戯っぽい笑みを浮かべる罪記の目をしっかりと見据え、「早くしろよ。おれは絶対に抜け出してみせる」と喧嘩を売った。


『……ふふふ。じゃあ見せてもらおうか。君が醜態を晒さずに済むことを祈っているよ』


 罪記はそう言うと、それまで手に持っていた木簡をコトンと机に置いた。


 それに合わせて再び室内の照明が落ち、モニターが砂嵐で埋め尽くされた。


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