第4話 隔離
半ば強引に誘われて二次会のカラオケ会場に連れてこられ、阿部たちとは離され、高山と藤原と同室のグループに割り振られたことにまた気を落としていた。
ただ、同じグループに木村も割り振られていたのは幸運だった。
運が良いことに、カラオケ店で大部屋が二つ空いていたということもあって、十数人ずつ二つのグループに分かれて、それぞれ部屋へと入っていた。
そうして藤原が歌う人を指名して、そいつに歌わせるという、楽しいのはこいつらだけという地獄の時間が始まった。
適当に部屋移動して楽しもうという話のはずだったが、ドアの目の前の席を藤原が確保しているせいで、自由に外へ出ることが出来ない。
こいつ、狙ってこの席取ったな。
そんな最悪な環境の中で少し時間が経った時、突然おれらの部屋のドアが開いた。
誰がわざわざこっちの部屋に来ようだなんて馬鹿なことを考えたのかと、皆がドアの方へと注目したが、そこから身を乗り出していたのは、白銀の髪をさげた碧眼の女性だった。
(だ、誰だ……?)
静まり返るおれらとは反対に、その女性は部屋の中と外とを行き来して、「あっ!番号間違えてました!!」と言ってペコリと頭を下げて恥ずかしそうに笑っていた。
最初はその見た目から異国の人だと思ったが、流暢な日本語と、どこか幼げなその顔から、こちらの血も入っているであろうことが想像できた。
「すみません、失礼しました……」
そう言って、顔を真っ赤にして部屋を出ていこうとしている女性の手を、あろうことか藤原が悪ノリで掴んでしまった。
驚いて振り返る女性に対して、藤原は「お姉さんも一緒に楽しんでいきなよ〜!」と誘いだした。
そんな藤原の行動に笑い声を上げているのは、高山と藤原の子分的存在だった
こんなダメな酔い方をしている奴の誘いなんだ。サッサと断ってしまっていいですよ、なんて思っていたのに、まさかのその女性は「良いんですか?ならお言葉に甘えて!」なんて言って快諾してしまった。
異変が起きたのは、もう何が何だか、と頭を抱えたくなったその時だった。
先程までは広告番組が流れていたはずのモニターにノイズが走り始めたかと思ったら、急にモニターが暗転し、再び画面がつくと、そこに映っていたのは、白い背景の中に一人佇む黒髪の青年の姿だった。
和服姿のその青年は机の上に巻物のようなものを広げていて、その隣には筆が転がっていた。
何かを読んでいるのかと思えば、画面は次第にその青年の顔をアップで映し始める。
そして、ついに青年が顔を上げ、カメラ目線でこちらを見つめた。
おれたちだけじゃない、あれだけうるさかった藤原と高山でさえ、その青年の顔を見つめて、息を飲んだ。
青年の瞳はまるで炎が燃え盛っているように赤く染まっており、まるでこちらの反応が見えているかのように、ニッと笑って見せたその口からは、異様に発達した犬歯が顔を覗かせている。
そのどこか人間離れした姿に、おれたちは言葉を失った。
ただ、この時点ではまだ、何かそういう設定のミュージックビデオか何かの広告が流れ始めたかもしれないと思っている気持ちも半分あった。
けれど、それが恐怖に変わった。
化け物ののような特徴を持った青年がずっとこちらを見つめている映像を気味悪がった女子の一人が、その映像を中断させようとして、適当に曲を入れようとリモコンを手に取ったのだが、一向に画面が切り替わらないのだ。
それに怯えた女子たちの顔を見てなのか、青年がまた少し笑みを深めた気がした。
そうしてだんだんと蓄積されていった皆の恐怖心を爆発させたのは、やはりこの青年だった。
『無駄だよ。君たちは現世と
シンとした部屋にしっかりと響いた青年の声。
これがただのミュージックビデオでも何でもなく、明らかにおれたちへと向けて放たれた言葉であることを理解して、おれは呆然として、女子たちはパニックに陥っていた。
慌てて部屋の出口へと駆け寄り、藤原のことも押し退けて部屋の外へと飛び出していく女子たちの姿を見て、青年はまた笑っていた。
「ねぇ、どうなってんの……」
「隣の部屋、誰も居ないんだけど……」
「隣だけじゃない、フロントに居たはずの店員さんの姿もなかった。後ろのスタッフルームももぬけの殻」
「外に繋がる自動ドアの先もさ、訳わかんないくらい真っ暗で何も見えないの……」
部屋に戻ってきた女子たちの報告を聞いて、そんなまさかと思い、おれたちも部屋の外へ出て確認してみたけど、本当に言う通りのままで、藤原がフロントに置いてあった装飾品を自動ドア目掛けて思い切り投げつけてみても、自動ドアにはヒビ一つ入らなかった。
確認できたのは、ドリンクバーの飲み物が変わらず出ることと、トイレがちゃんと使えるということだけ。
カラオケ店からの脱出は難しそうだと、とりあえず一旦諦めて部屋へと戻ってきたおれたちに、青年はまた口を開いた。
『私は罪を記すと書いて、
「……ぷっ、くははは!聞いたかよ!厨二くせぇ〜!!」
そう笑い飛ばそうとする藤原に対して、罪記と名乗る青年は笑顔を向けたまま、「あまり調子に乗るなよ小僧」と言い放ち、その瞬間に藤原が自身の首元を掻きむしりながら苦しみ始めた。
すぐに解放されたものの、藤原はしばらくの間、顔が赤紫色になったまま咳き込んでいた。
それを見せられただけで、罪記がおれたちの身に何らかの影響を与えることが出来るのだということを、その場にいた全員が理解した。
「あ、あの……」
「ちょ、ちょっと蘇我!?」
『なんだ、蘇我 優。質問があるようだな』
おれの名前も知られてるということに内心ドキリとしながらも、おれは罪記がおれたちを集めた理由を聞いてみることにした。
「罪記さんのような存在が、おれらを集めて一体何をしようとしてるんですか?」
『そうだな、まずは説明しなければな。簡潔に言うと、僕はお前たちを罰しに来たのだ』
「罰……ですか?」
『そうだ。よくお前たち人間は天罰が下ったと言うだろう。あれも僕の管轄なんだよ。僕は様々な形で真実を知り、一方のみに利益が生じており、その者が罪を犯していた場合、その者に罰を与える。それも僕の仕事なんだ』
「……ケホッ、そんなのさっきみてぇにお前の匙加減で気に入らねぇやつのこと罰せられるんじゃねぇのかよ?」
さっき痛めつけられたばかりだと言うのに、藤原は涙目になりながらも、罪記を睨みつけてそう言った。
『生意気なやつだ。だが、お前が言うことも尤もだ。だから、僕はいつも罰を与えるかどうかをその者らの周囲の者に決めてもらうことにしているんだ』
罪記がそう言った途端、今度は部屋の照明が落ち、女子たちが悲鳴を上げた。
しかし、次の瞬間には再び照明がついた。ただ、その時部屋に残されていたのは、おれと藤原と金魚、そして高山と木村の五人だけだった。
「あとの奴らはどこ行ったんだよ!?」
『安心しろ。他の者らは元の世界へ戻しただけだ。だが、向こうは向こうでこちらの事が済まないうちは外へ出られないようになっているがな』
「な、なんでアイツらだけ元の世界に帰れるんだよ!!」
「そうだよ!!あたしらだって―――」
『黙れ』
今度は笑顔など見せず、その一言だけで藤原と高山を威圧した。
たぶん不思議な力は使っていない。
さっきやられた痛みと苦しみを思い出して、藤原は自ずと口を塞いでしまったんだ。
『何でおれ達が、と言ったな。それはお前たちが今回の罰の対象だからだ。だが、そこの蘇我少年を除いてな』
「はぁっ!?なんでだよ!!!!」
『蘇我少年は全てを知っているからな』
おれが全てを知っている?
罪記は一体何について、なんの罪を問おうとしているんだ。
『いいよ。少し話してあげよう。数年前、僕の元にある子がやってきたんだ。僕は職務上、その子から話を聞かなければならないが、その子はどうやっても話そうとしないんだ。何かを庇っているようにも見えたね。だが、話を聞かないことには仕事を進められない』
「……その子があなたの元へ来たことに、おれらが関係していると」
『蘇我少年は察しが良くて助かるね。そうだ。これからお前ら、残された者たちにはある体験をしてもらい、その光景がこのモニターに流される。そして体験した後、僕が彼らに質問をする。蘇我少年とエレイナ少女は共にそのモニターの光景を見て、彼らが嘘をついていないかどうかを判別するんだ』
「おい!!それじゃあさっき言ったのと変わらねえだろ!!不公平じゃねぇか!!」
『だから、外にいる者たちにも残ってもらっているんだよ。外には君のお仲間も居るんだろう?今この瞬間も、彼らはエレイナの眼を通じてこの部屋の様子をモニターで眺めているから、今のうちに協力を呼びかけておいたらいいんじゃないかい?』
「お前ら!!お前らのこと、おれは信じてるからな!!ちゃんと見て判断しろよ!!」
「あ、あたしも!あたしのこともちゃんと見ててね!!あたし罰を受けるようなことなんてしてないんだから!!」
『君は良いのかい?木村少女』
「う、ウチは……いい……です」
『ほう……』
エレイナさんに向かって必死に訴えかける二人とは違って、木村が外で見ている皆への呼びかけを躊躇い、そして辞退した様子を見て、罪記はどこか感心したように息を吐いた。
というか、エレイナさんの眼を通じてって。そうなるとエレイナさんがおれらの部屋に入ってきたのは間違ってではなくて、敢えて……。
「どうかしましたか?」
「っ……いえ、何も……」
推察しながら、そっとエレイナさんを横目でみやったつもりだが、そんなおれの心を見透かしているかのように、エレイナさんの方が先におれの顔を見ていたようで、エレイナさんの口は少しだけ弧を描いているように見えた。
『では、早速始めようか。まずは君、金魚少年からだ』
「えっ……」
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