第36話 禁忌の森

トシユキとサトシと僕は、都内の大学に通う同級生だ。

学部は違うのだが、同じハイキングサークルに所属している、仲良し3人組だった。

休日はサークルの活動でハイキングに行くことが多いのだが、時折3人だけで出掛けたりもする。


その日も僕たちは、北関東にあるハイキングスポットに、3人で来ていた。

目的地の最寄り駅に着いて、早めの昼食を摂ろうということになり、僕たちは駅前の小さな食堂に入った。

食堂のおばさんは、丁度僕たちの母親くらいの年齢で、小太りの明るい感じの人だ。


「あなたたち、学生さん?どこから来られたの?」

僕たちが食べ終わった食器の後片付けをしながら、おばさんが訊いてきたので、トシユキが答える。

「僕たち東京の大学に通ってるんです。今日は〇〇山の方にハイキングに来たんですよ」

それを聞いたおばさんは、一瞬顔を曇らせたように見えた。


席を立って会計をしている時、おばさんが心配そうな顔で僕たちに言った。

「あなたたち、〇〇山の方に行くのはいいんだけど、山道から脇に入る道に張ってある、注連縄の向こうにいっちゃだめよ」

「へえ、そっちに何かあるんですか?」

いつも好奇心旺盛なサトシが訊き返す。

「注連縄の先はね、『ほんしょうの森』と呼ばれててね、入っちゃいけないことになってるのよ。だから、絶対そっちには行かないでね」

おばさんの、あまりに真剣な雰囲気に気圧された僕たちは、思わず同時に頷いていた。


食堂を出て、山道の入口までは1kmくらいの道程だった。

入口には『ここから〇〇山登山道』と書かれた案内の看板が立っている。

そしてよく見ると、案内文の下に、『脇道に入るべからず』と小さな文字で書かれていた。


「よっぽど何かあるんだぜ、これ」

「山の神様に祟られるとか」

「んな訳ねえじゃん」

「やっぱりい」

トシユキとサトシが、その文言を見て冗談半分に言い合ったが、僕は少し嫌な気分がしたので、黙っていた。


なだらかな山道を小1時間ほど歩いた時、先頭のトシユキが急に立ち止まり、右方向を指さす。

「あれじゃねえ?」

その方向を見ると、山道の脇道があって、100mほど先に注連縄が張ってあるのが見える。


「行ってみようぜ」

サトシが面白がって言ったので、トシユキが反対する。

「寄り道してる暇ねえし、止めとこうぜ」

「あ、お前びびってんだ」

「ちげーよ」


サトシとトシユキが言い合いを始めそうになったので、僕は止めに入った。

「喧嘩は止めろよ。それより、食堂のおばさんが言ってた通り、あそこは入っちゃ駄目なんだって。入口の看板にも書いてあったじゃん」


しかしサトシはムキになって言い返してくる。

「ナオキ、お前までびびってんのかよ。いいよ。じゃあ俺1人で様子見てくるから」

そう言い捨てると、サトシは脇道の方に走っていき、あっという間に注連縄の向こう側に入っていってしまった。


「どうする?」

僕とトシユキは顔を見合わせる。

「あいつ1人じゃ危なっかしいから、俺たちも行って連れ戻そうぜ」

僕はあまり気が進まなかったが、1人で残る訳にもいかず、トシユキの言葉に従って、脇道に入っていった。


注連縄を潜って先に進むと、そこは鬱蒼とした森だった。

先に行ったサトシの姿が見えないので、僕とトシユキは大声で名前を読んでみたが、返事がない。

そしてサトシを探しているうちに、いつの間にか隣にいたトシユキまで、いなくなってしまった。

周囲を見渡しても、トシユキの姿は見えない。


僕が途方に暮れていると、「ナオキ」と、突然背後から声が掛かったので、僕は驚いて振り向いた。

そこにはサトシが立っていた。

しかし僕の知っているサトシとは、何となく雰囲気が違うので、「お前サトシだよな?」という言葉が、思わず口をついて出てしまう。


「何言ってんだよ。それよりお前、何でここまで来たん?」

「何でって。お前が1人で森に入っていったから、トシユキが探そうって」

「ちっ。相変わらずトシユキの奴、うぜえ」


僕の言葉が終わらないうちに、サトシが憎々し気に吐き捨てたので、僕は少なからず驚いてしまった。

顔も服装も同じなのだが、僕の知っている剽軽なサトシとは雰囲気が全然違う。

僕は思わずその顔を凝視してしまった。


「お前、なに人の顔ガン見してんの?それよりあれ、トシユキじゃね?」

サトシが指さす方を見ると、確かにトシユキらしい姿が見える。

何故かトシユキは、こちらに背中を向けて蹲っていた。


僕とサトシが近づいていくと、トシユキの後頭部から背中にかけて縦に筋が走った。

そしてその筋に沿って、左右に表面が裂け、脱皮するように中から人が現れる。

立ち上がって振り向いた顔はトシユキだった。


「サトシ、てめえ。いっつも人のこと馬鹿にしやがって。ぶっ殺してやる」

こちらを振り返ったトシユキは、突然そう叫ぶと、猛然と走り寄ってきた。


すると僕の隣にいたサトシも、

「こっちこそ殺してやるわ」

と叫んで走り出した。

その手には石が握られている。


そして2人は、猛然と殴り合いの喧嘩を始めたのだ。

あまりのことに僕は呆然と立ち尽くし、言葉を失っていた。


――何でこんなことに。

そう思った瞬間、僕の中で大きな怒りが頭を持ち上げる。


――そうだ。サトシとトシユキがこんな所に入ったからだ。

その時背中が裂け、僕の皮を裂いて、中から別の僕が出てきた。


「2人とも、ぶっ殺してやる」

僕は叫びながら、殴り合っている2人の方に駆け出した。

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