第37話 千年の恋

このお話は、第23話「晩夏の幻影」の対の作品です。


***

わたくしの名は琴音。

この社に奉納されし、琴の精でございます。


この世に生まれて以来、幾度もあのお方と巡り合い、決して契ることなく別れゆく定めの化生。

それが、わたくしに課せられた、宿業でございます。

そしてまた、わたくしはあの方と巡り合いました。


それは残暑きびしい日の、陽が沈もうとする時刻でありました。

懐かしき気配を感じたわたくしは、立ち止まり、振り向いたのでございます。

そしてわたくしはまた、あの方のお姿を見つけました。

この世に生を受けて一千年、一度たりとも見違うことのなかった、愛しいお姿でございました。


愛しい君は、此度もわたくしを追って、社に来てしまわれました。

またも繰り返される、悲しき定め。

あのお方がわたくしを追って、三度この社の鳥居を潜られた時、私はあの方の元から去らねばならない。


社を離れ、あの方と共に生きることができれば、どれほどの幸せでありましょうか。

されどわたくしは、この神域に縛られしもの。

社の主の許可なく、神域の外に出ることは叶わぬ身。


繰り返す別れに心を引き裂かれながらも、幾度もあの方との出会いを繰り返す。

そのように浅ましき思いの中で生きる、化生なのでございます。


次の日あの方は、社の近くでわたくしを待っておられました。

そしてわたくしを見つけると、懸命に駆け寄って来られます。

その姿が悲しく、わたくしはそそくさと鳥居の中に消えました。

これで二度、あの方は鳥居を潜られてしまいました。


また次の日、私が外から社に戻りました時、鳥居の向こうにあの方のお姿がありました。

あまりの切なさに、わたくしは姿を消し、そっとあの方の後ろに回りました。


「三度わたくしを追って、鳥居を潜られたのですね」

後ろからお声をかけると、愛しい君は私を抱きしめて下さいました。

人の温もりが、わたくしを優しく包んでくれます。

既にこの方は、わたくしが化生であると、分かっておられるのでしょう。


わたくしは、愛しい君の耳元で囁きました。

「化生にも、思いはありますのよ。でも、わたくしは、もう去らなければなりません」

わたくしは去り際に、愛しい君の二の腕に爪を立てておりました。


愛しい君は、暫くの間意識を失い、鳥居にもたれて座っておられました。

その二の腕には、浅く、しかしくっきりと、わたくしの5本の爪痕が残っております。

それが、此度わたくしが、愛しい君と出会った証し。


そのお姿を社の陰から見守りながら、わたくしは強く念じました。

次にお会いする時は、必ず。

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