第33話
あの事件から半月が経過した。
ベヒモスとの闘い以来新たなモンスターは現れていない。結局のところ、あのツノの生えた少年が何者であったのかも分からず仕舞いだ。まあ、分かったところでどうする訳でもないけど。
気象庁が関東の梅雨入りを宣言したのは数日前のことで、文句の付けようがないほど梅雨真っ只中であり、今日もジトジトと湿度が高くシトシトと朝から雨が降っている。
こんな天気のときは外に出たくないから例えモンスターが出現しても戦闘は御免こうむる。もっとも、雨の日ならば《スピリテッドアウェー》の唯一の弱点を克服できるのだろうけど、あの技はなるべく使いたくなし頼りたくはない。アレは最後の最後でどうしようもなくなったときの最終手段である。
んで、未だに俺はニーナのスマホを借りながらファンタスティック・デイライトをぼちぼちとやっていた。いい加減に自分のスマホを買うべきかと思ったりもしたが、ニーナのスマホじゃなければ課金が正規の五百円になってしまう。だから、その案はあっさり捨てることにした。
そのおかげで、なんとなくサキュバス語が読めるようになってきたのが笑えてくる。エロサイト見たさにパソコンが詳しくなる現象と同じだろうか。
それに加えて、さすがに二週間もやり込めばゲーム内のアバターレベルも自ずと上がり、ログインボーナスで得られたアイテムやクリスタルなんかもそこそこ増やすことができた。これならモンスターが出現しても前回よりは楽に倒せそうだ。
ニーナのヤツは頻りに課金を勧めてくるが総シカトである。売り上げに貢献してたまるか社畜生め……。とか言いつつも一回百円(=百ルシオン)であるのを良いことにこっそり課金していたりする。
まあ、なんだかんだ言いながらもニーナは真面目だ。学校、職場、そして家事となにかと忙しそうではあるが持ち前の明るさで楽しそうにこなしている。
今日も朝食の後、本社へ報告に行くと言っていた。
こいつは意外と優秀なヤツなのかもしれない。
物思いに耽っていた俺はニーナが焼いてくれたクロワッサンに手を伸ばしたところへ、朝刊を持ったニーナが元気よく走ってきた。
「すごいですよ! フヒト様の写真が新聞に載ってますよ! この前のベヒモス戦の特集みたいです!」
「なに? 本当かよ! ふっふっふっ、遂に俺も全国紙デビューか、全くまいったぜ……」
ニーナから朝刊を受け取り、紙面を開いた俺の目にまず飛び込んできたのは、
『魔法少女マジカルプリンアラモードと金色の聖女の謎に迫る!』と題された目を引くデカい文字。
〝謎の美少女戦士プリンアラモードと金色の聖女が突如現れた大型UMAから世界を救ったあの日、当時の目撃証言を基に彼女たちの正体を追った!〟
舞子の巨大なカラー写真がデカデカと一面を占領していた。
この写真はベヒモス戦の翌日にも各社の新聞や雑誌で使われた世界的に有名な一枚である。レイピアを構えた舞子とロッドを振りかぶり志津が巨大なモンスターと対峙し、毅然と睨み付けている。当然ながら俺はこのとき透明だったため、写真には写っていない。
確かに、傷だらけで戦う美少女の姿というのは胸にグッとくるものがある。
記事を読み進めていくが、俺の事はどこにも記されていない。ロシナンテで移動していたときはかなり目立っていたとは思うのだが、そのことには一切触れられず目撃者のインタビューも彼女たちのことばかり。二人が華やか過ぎて俺なんか誰の視界にも入っていなかったのだろう。
でも、トドメを刺したのは俺なんだよなぁ。
「なんだよ、舞子と志津のことばっかじゃん……」
「ちゃんとこっちにフヒト様の写真がありますよ、ほらこちらです」
ニーナが指差したのは紙面の端っこのさらに隅っこ。言われなければ流してしまいそうなくらい小さく黒ローブを羽織った俺の後ろ姿がモノクロ写真で掲載されていることに気付く。
写真の横には申し訳程度に文章が添えられていた。
『ゴキブリ男現る!』
〝プリンアラモードの周囲を右往左往していた全身黒ずくめの謎の男。その容姿は正にゴキブリ。その正体、目的ともに不明である。〟
「誰がゴキブリ男じゃいっ!」
怒りに任せてバリバリと新聞を引き裂いていた。朝刊をクシャクシャに握りつぶしてフローリングに叩きつけて踏みつける。
「あわわ……、落ち着いてください怪人ゴキ男……じゃなかったフヒト様」
「お前いま何て言った!? 確かに怪人ゴキ男って言ったよな!」
「と、とんでもないです! そんなことは思っていたけど口にしませんよ!」
ニーナは慌てて手を左右に振った。
「思ってたんかーい!」
ピンポーン。
タイミング良く訪問者を知らせる呼び鈴が鳴った。
いったい誰だこんな朝っぱらから、非常識にもほどがある。
ここぞとばかりにポンと手を叩いたニーナは「あっ、誰か来ましたよ! はーい、ただいま行くのです!」と、そそくさと玄関に駆けていった。
あの野郎、逃げやがったな……。
しかしニーナはすぐに戻ってきてニコリと微笑む。なにか含みのある笑顔だ。よからぬ知らせ思えてならない。
「フヒト様ぁ、お客さんですよ」
「客? 俺に?」
ニーナは訝しげな表情を浮かべる俺の手を引き、背中をトンと押した。
「さあさあ、早くです」
「あ、ああ……」
リビングのドアを開けて玄関に向かった俺の足が廊下で止まる。
「あ……」
玄関に立っていたのはリクオだった。
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