第30話

 市街地に入った俺たちは戦場の後方に陣を敷く前進指揮所に向かった。装甲車を盾にしながら作戦本部が設置され、現場指揮官である自衛隊幹部の怒号が飛び交っていた。


 舞子は臆することなくその中に足早で突き進んでいく。その後ろをコソコソ付いて行くのは死神のローブに身を隠す俺と白装束の志津。この状況で知名度の圧倒的に高い舞子の優位性を使わない訳にはいかない。


「みなさん、後は私に任せて早く非難してください」


 怒号を上げていた自衛隊幹部たちの視線が一斉に舞子に注がれた。鬱陶しそうに視線を向けた自衛官たちの眼の色が変わり希望が灯る。


「おお……、あ、あなたは!?」

「魔法少女だ! みんな! 魔法少女が来てくれたぞ!」

「プリンアラモードが来てくれたんだ!」

「これでもう安心だ! プリンアラモード万歳!」

「なんとプリンアラモードだ!」

「「「プーリーン! プーリーン! プーリーン!」」」


 舞子を囲んでシュプレヒコールを上げる自衛隊。


「あの……、早くいなくなってください……」


 怒りを堪えながら瞼を閉じた舞子がギリギリと奥歯を軋ませたそのとき――。


 バゴンッ!

 巨大な爆発音にも似た炸裂音が鳴り響いた。


 ベヒモスの薙いだ雷撃鎖が、ビルの三階部分だけをダルマ落としみたいにキレイに素っ飛ばしていた。


 一瞬、世界が静止したかのように思えた。四階より上階が宙に浮いているように見えた。止まっていた時が動き出すように、六階建ての雑居ビルは重力に引き付けられて瓦解しながら崩壊を始めた。


「――ッ!?」


 俺は粉々に砕け散った鉄筋コンクリート片の中に紛れて落ちていく人の姿を見た。


 あのビルにはまだ人が残っていたのだ。避難が遅れたのか、出来なかったのか、ただ避難しなかったのかは分からない。だが、崩壊していくビルの中に人がいた。このままでは確実に降り注ぐ瓦礫に押しつぶされて死ぬだろう。

 

 その人物は俺の知っている者だった。

 ただのクラスメイト、偽りの友人、俺の大切なモノを踏みにじった男――、


「リクオっ!」


 気付いたときには声を上げて走り出していた。考える間もなく動いていた。


 一陣の黒い疾風となった俺は戦車部隊の間を駆け抜けて一直線に崩れ落ちていくビルに向かっていく。


 間に合うのか? ビルまでの距離は目算で二百メートル弱、リクオが地面に接触するまでに残された猶予は二秒?

それとも三秒? 


 ニーナは言っていた。成人男性を一とした死神のパワーは十であると、つまり一般男性の握力平均値が五十キロだとすれば、今の俺の握力は五百キロということになる。


 じゃあスピードはどうだ? 素早さも十倍なら百メートル走平均が十三秒だとすれば一・三秒になるのか? それともそんな単純な計算じゃないのか?


 ええい! 今は考えるな! 間に合え! 間に合え! 届け! 受け止めるんだッ!


 リクオの身体が地面に接触するまで残る三メートル、俺とリクオの距離は残り十メートル、俺は宙を飛んだ。


 落下するリクオの身体を空中で受け止めてくるりと宙返りして着地、すぐに走り出して瓦礫の豪雨を潜り抜けた。


 その直後、轟音を立てながらビルが倒壊していった。


 恐怖で眼を閉じるリクオを地面に降ろした俺は、顔を見られないようにすぐに踵を返した。


 恐る恐る眼を開けたリクオは自分が生きているこの状況を理解したのか、「……あ、ありがとうございます」と声を震わせた。


「早く安全なところへ逃げろ!」


 怒号にビクリと肩を跳ね上げたリクオはなんとか立ち上がり走り出した直後、俺の視界右端に映ったのは巨大な雷撃鎖だった。大きく反り返り空間を切り裂きながら迫り来る。


 後ろにはまだリクオがいる。回避はできない! 受け止めるしかない! だが死神の防御力で耐えられるのか!?


 ガキィィィイインッ!


「――ッ!」


 鋼鉄同士が激しくぶつかり合う鈍く重い音が空間に響く。


 俺の目の前に舞子が立っていた。細いレイピアでベヒモスの放った雷撃鎖を受け止めていたのだ。しかし真っ向から受け止めるにはさすがに無理があったか、顔を苦悶に歪める舞子の片膝が地面に落ちた。


「ま……ッ! プリン!」


 本名を叫びそうになるのを何とか堪えた。舞子は前方を向いたまま声を上げる。


「朝食取ったばかりだけどいけるの!?」

「ああ、いつでも行ける!」

「じゃあ作戦通りいくわよ!」


 舞子はベヒモスに向かって一直線に駆けていく。一瞬で間合いを詰めた舞子のレイピアの刀身が青白い光を放ち、光の尾を空間に残しながら飛翔した。


「ハアアアアアッ!」


 対するベヒモスは電撃鎖を鞭のようにしならせ水平に薙ぐ。


 電撃鎖を掻い潜ったレイピアの神速の一閃がベヒモスの胴体に斬撃を喰らわせた。


 紫色の血液が迸る。一定のダメージを与えたように思えたがベヒモスの傷口がすぐに塞がっていく。


 さらに距離を詰めていた舞子はレイピアを構え二撃目を繰り出す。間髪入れずに志津が背後からベヒモスに襲い掛かる。高く跳躍して振り下ろしたロッドがベヒモスの脳天にめり込んだ。


 衝撃波と共に巨大なモンスターの片膝が地に付いた。


 ベヒモスの動きが完全に止まる。ベヒモスは電撃鎖を手放し遥か上空に向かって咆哮を上げた。


 遠距離攻撃を止めてより攻撃力の高い迫撃戦に切り替えたのだ。志津を無視してなりふり構わず舞子に向かって突進を開始。


 迫り来る巨大なツメの生えた手をギリギリで躱して舞子がレイピアを薙ぎ連撃でダメージを与えた。


 ベヒモスの巨躯が二歩ほど後退する。


 すごいぞ! あの巨大な化け物を押し返した! イケるぞ舞子! すごいぞ魔法少女マジカルプリンアラモード!

 

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