第28話
銃声が再び鳴り響く。何かを掴むように少年を手が動いた。正確には掴んだ瞬間しか見えなかった。
まるで羽虫を捉える様に何かを掴んだ少年は口を歪めながら目を見開き、掴んだ〝それ〟をワザとカメラに映る角度で差し出したのだ。
少年の掌にあったにはスナイパーが放ったと思われる細長い銃弾だった。
彼は、銃弾を素手で掴んでいた。
『これは、土産にもらっておこう。それとこれは余からの土産じゃ。受け取ってくれたまえ、ゴミカス諸君』
無数の血雫が滴り落ちていくように少年の背後が赤く染まっていく。やがて血滴は円を成し魔法陣が形造られた。魔法陣が眩い光を放ち、中から巨大な獣の腕が出現する。狭いトンネルから這い出るように灰色の前腕と五指から伸びる鋭利な爪がアスファルトにめり込んだ。
『余のペットのベヒモスじゃ、少しばかり気性が荒いのが玉に瑕じゃが可愛がってくれ。くっくっく……』
そう言い残し、少年は忽然と姿を消した。
魔法陣から這い出てきたのは全長七メートル近くありそうな巨大な牛の化け物、某RPGではおなじみの強敵キャラであるベヒモスそのものだった。
ベヒモスは咆哮を上げる。衝撃波で画面が大きく揺れた直後、画像は砂嵐となり試験放送中に切り替わった。
今度はテレビのスピーガーからではなく窓の向こう側から、それも遥か遠く離れた空から火山の噴火と類似した爆発音が轟き、やや遅れて爆風が窓ガラスを激しく揺らした。
その衝撃でテーブルの上にあった牛乳ビンが倒れ、食卓を白く染めていく。
「な……なんだ!?」
俺は未だに振動を続ける窓ガラスの外を視た。
遠くの空に、巨大なキノコ雲が立ち昇っていた。真っ白い雲の塊が青い空を覆い尽くしていく。
俺は言葉を失った。舞子も志津も、ニーナもロゼッタも、誰も彼も目を疑いたくなる光景に絶句していた。
試験放送中を映し出していたテレビ画面はスタジオの映像に切り替わる。茫然と立ち尽くしていた女子アナウンサーは我を思い出してなんとか言葉を繋いでいるが内容が要領を得ていない。
急いでテーブルの上にあったリモコンを取ってチャンネルを変える。
映し出されたのは報道ヘリからのライブ映像だった。爆心地からはかなり距離があると思われる。だが状況は把握できた。
街が燃えていた。ビルは崩れ、全てがなぎ倒され、紅蓮の炎に包まれている。
持っていたリモコンが床に落ちる。俺たちは画面の向こう側に広がる恐ろしい現実をただ茫然と見つめていた。
あの一瞬で一体なにがあったんだ……。
停まっていた思考を必至に動かそうとしたけど、上手く頭が回らない。
報道ヘリの両脇を音速で追い抜いていく二機の戦闘機がカメラに映り込んだ。戦闘機から警告なしで二発のミサイルが発射される。放たれたミサイルは一筋の光を残しながら地上にいるベヒモスに着弾し爆煙を巻き上げた。
誰もが跡形もなく吹き飛んだと思っていた。
だが、白煙の中から紅い二つの眼がギラリと光る。
『グオオオオオオオオオオオッ!』
ベヒモスの咆哮が巨大な煙塊が吹き飛ばしていく。
濃煙の中から姿を現したベヒモスは無傷だった。かすり傷一つ、なんのダメージも受けていない。
スクランブル交差点の中心に君臨する暴君は喉を鳴らしながら空を飛ぶ自衛隊機を睨み付けている。
自衛隊戦闘機は空中で旋回し再び攻撃に移る。さらに二発のミサイルが発射されたそのとき、ベヒモスの足元に巨大な魔法陣が展開された。
ベヒモスが魔法陣の中心に手を突っ込むと波紋が生まれる。陣の中に潜る腕が引き上げたのは紫の雷で生成された巨大な鎖だった。勢いよく鎖を引き抜いたベヒモスが戦闘機に向かって大きく腕を振りかぶった。筋骨隆々の巨大な腕の後を追う様に空へ放たれる雷属性の紫電鎖はミサイルを呑み込み、そして自衛隊機を消し飛ばした。
残骸さえも残らない。文字通り消し炭となった機体は大気に流されて消えていった。
「これ……特撮映画の宣伝とか、だよな……」
「う、うん……。そう、かもしれないわね……」
思考停止。俺たちは画面の向こう側で繰り広げられる現実を受け入れられなかった。いくら変身できるからと言ってもただの高校生に変わりない。非現実的な映像が繰り返される現実を受け入れられなくても仕方ないってものだろう。
「なにを弱気なことを言っているニャ!」
黒猫のロゼッタがテーブルの上に飛び上がり、茫然自失の俺と舞子に檄を飛ばす。
「ヤツに対抗できる力を持っているのは二人だけニャんやよ! 二人で協力してヤツを倒すニャ! ニーナもボケっと見てないですぐにベヒモスのデータを検索するニャ!」
「ボクたちが世界を救うんだ」
はっきりと言い切った志津の瞳には強い意思が込められている。
「う、うん、そうよね……、私たちがやるしかないわよね!」
俺よりも早く舞子は自分を取り戻して頷いた。
そうだ……、このまま黙って見ている訳にはいかない。ヤツが破壊しているのは俺が生まれ育った街なのだから。
沸々と沸き上がる熱い感情、それは使命感という名の気概だ。
俺は拳を握りしめて自らを奮い起こす。
「おお……ロゼッタ、うちのポンコツより全然頼りになるぜ!」
「ちょっと! なんですかそれ!」
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