第27話

「冗談デス!」

「まったくもう……」


「もう一つのスキル《グリムリッパー》には驚いたんニャ、ミノタウロスをやっつけたときはそういうカラクリがあったのニャねぇ」


 感心するように黒猫は腕を組んだ。器用に二本の足で座っている。


「ああ、一時間に一回って制限はあるけど、まあ、普通にチートだよな。……それにしても意外だな」


「なにが?」


「いや、舞子もファンタスティック・デイライトやってたんだなと思って」


「あー、友達が登録してくれって頼むから。なんか紹介すると特典? みたいのがあるんだってさ」


「なるほどね」


「意外なのはこっちよ。フヒトはマイナーなゲームしか興味ないのかと思ったけど、あのゲームってすごい人気なんでしょ? うちのクラスの九割近くがやってるって聴いたときは驚いたわ」


「いや、俺は無理やりやる嵌めになっただけでヤル気なんてこれっぽっちもなかったよ。だからまだ始めたばかりでレベルも一だし。あ、前回のミノタウロス戦とオーク戦で一応レベル三になったんだった。ちなみに舞子はレベルいくつなんだよ?」


「私もちょくちょくしかやってないけど、レベル十五だったかしら?」

 舞子は小首を傾げる。


 自分のレベルも把握していないなんて本当に興味がないんだな。先日の戦いも付け焼き刃ということなのか? 

 だとしたら大したものだ。強さはジョブによる基本性能アップに加えて本来のポテンシャルやフィジカルの強さも影響するのかもしれない。


「じゃあ課金もしてないのか?」


「うん、今のところ無課金でやってるよ。でもそれなりに装備とかアイテムは揃ってるかも、ログインボーナスとかでポイントも溜まってるからね」


「ほほう」

 俺は腕を組んで考える振りをしてみたりしながら、


「うむ。これで安心した」

 深く頷きポンと手を打った。


「なにが?」


「世界の平和はお前に託す。俺は卒業だ。名残惜しいが仕方ない」


 口を半開きに唖然とする舞子。


「は、はあ!? 何言ってんの?」


「そうですよフヒト様!」


 舞子とニーナが同時に立ち上がった。


「だって俺よりレベル高いし、お前の方が強いじゃん。セイバーだし勇者っぽいし技もカッコイイし、だろ?」


「だからってこっちに全部押し付けないでよ! 私だって辞めたいんだから!」


 テーブルから身の乗り出し必死に抗議する舞子の口から唾が迸った。

 俺も負けじと身を乗り出し舞子を鼓舞する。


「いやいやいや、お前ならできるって。がんばれプリンアラモード!」


「殺すわよ!」


 舞子はグーパンチをテーブルに叩きつけた。コーヒーの雫がカップから溢れ落ちて白いテーブルクロスに琥珀色の小さなシミを作る。


「みんなテレビを観るニャ!」


 黒猫のロゼッタがテーブルの上に飛び乗って声を上げた。

 緩慢に流れていた朝の情報番組がライブ映像に切り替わる。映し出された景色に既視感を覚えた。


 なぜならそこは俺の良く知る街、つまり生まれ育ったこの街だったからだ。場所は繁華街の中心、そしてこの街の中心でもあるスクランブル交差点である。


 車用、歩行者用の全ての信号機が赤を示している。車も通行人もいない聖域と化した交差点のど真ん中に人が立っていた。微風に揺れる濃紺のマント、眩い光を放つ騎士のような甲冑を纏う少女? いや、少年だ……。


 中性的な顔立ちの少年の姿が画面上に映し出されている。


 カメラはズームで少年に寄っていく。ここで初めて気付いた。少年の頭には水牛のような角が生えている。


 案の定、異世界人か、いや、悪魔系のモンスターということか? 通常のRPG的な常識でいえば人型モンスターは高レベルキャラとして設定されることが多い。そんなお約束に当てはまらなければいいのだが……。


 カメラのピントが合うと同時にハッキリと映し出された少年の表情や立ち姿は、この世のものとは思えないほど気高く崇高で一種のカリスマ性を備えていた。


 神々しさというものが存在するならば正にこういうことなのだろうと素直に思う。同性としての嫉妬など微塵も感じさせない。


 カメラ目線の少年は嘲るように口を歪める。洗礼された造形とは不釣り合いな表情だった。


『くっくっく……、はじめまして、ゴミカスども……。おっと失礼、間違えた。人間ども……』


 声変わりしていない澄んだ少年の声がスピーカーを通して流れてくる。


『これは宣戦布告である。単刀直入に言おう、この世界を魔王たる余によこせ。大人しく従えば労働力として生かしてやる』


 少年が両手を軽く広げると同時に一発の銃声が鳴り響いた。空に木霊す銃声、少年の首が天を仰ぐように後方に倒れる。


 だが、身体は倒れない。直立したまま少年は空を見上げている。

 ゆっくり首を元の位置に戻し視線をカメラへ戻した少年は再び嘲笑を浮かべる。彼の額から潰れた銃弾がポロリと落ちていった。


『くくく……、学習力のないカスらよのぉ、そんなモノが余に効かぬことくらい解っているだろう……じゃが、先に送り込んだモンスター共がやられているところを見ると、対抗する力を持ったヤツらがいるということか? まあ、よいわ。しばらくの猶予をくれてやる。降伏か服従か、よく考えておくんじゃな』


 勝利を確信するように少年は眼を閉じてほくそ笑む。

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