第25話


「いい加減にしろ! この変態!」


 舞子にパジャマの襟首を掴まれた俺は引っ張られてベッドから転落した。


「ぐへっ!」


 さらに続いてお腹の上に誰かが落ちてきて、みぞおちにエルボーが突き刺さり俺は


「ぐふっ!」と悶える。


ベッドから転げ落ちたのはニーナではない。なぜならニーナはベッド上にいる。彼女は口を小さく開き、少し驚いた表情で俺を見つめている。そして舞子は呆気に取られて立ちすくんでいる。ということは俺にエルボーをかましたのは第三の人物である。


「……ううーん」


 シーツに包まった少女がむくりと頭を上げた。透き通るような虚弱な白い肌、小柄で細く起伏のない幼児体形、黒髪の前髪に片目が隠れている。間違いない。このサイコロプス少女は、「直江志津ッ!」だった。


「なんで? なんでなんでお前がここに?」

「ううーん……フヒトをモンスターから守るのはボク……」


 志津がつぶやいた寝言にハッとなる。


「え? ちょっと待て……まさか、志津があの金髪少女の正体なのか!?」


 俺は反射的に志津の肩を掴んでいた。少しひんやりと冷たい。彼女は「ひゃん」と艶めかしい喘ぎを漏らした。

 体を起こした俺は、志津の上体を無理やり起こして床に座らせる。


 はらり、と落ちていったのはシーツ。一糸まとわぬ無垢な少女の裸体が顕現した。


「おう!?」


 動揺した俺を尻目に、志津は「……寒い」と呟き、シーツをたくし上げて身体に巻き付けると俺の胸に頭を預けてきた。早くも寝息を立てている。


「お、おい起きてくれ、こんなところで寝るなよ」


 今度は「フヒト様の独り占めは許しませーん!」と叫んだニーナに突き飛ばされて床を転がりタンスの角に頭を強打。さらに衝撃で、タンスの上から落下してきた目覚まし時計が顔面を直撃した。


「あうちっ!」


 床に転がる時計の針は六時半を示している。


「あれ? もう六時半か。それにしてはまだ明るいな」


 レースのカーテンで覆われた窓の外はいまだ白い。


「なに言ってんの? 朝の六時半よ」

 呆れた声で舞子は言った。


「うぇぇっぇぇええ! じゃあ俺は昨日の夕方から朝まで気絶してたのか!?」


「生死の境を彷徨ってたんですよ。もうアタシ心配で心配で、フヒト様がこのまま目覚めないんじゃないかと……、うぅ、えぐっ、ぐひぃ……」


 飛びついてきたニーナは俺の胸で泣き出した。


「そうか、心配かけたんだな」


 ネグリジェに包まれた胸の感触を味わいながらも俺は素直に感謝の言葉を述べる。


 しかし、背中がゾッと冷たくなった。舞子のヤツ、マジで殺す気だったのか……、それになんだか胸の辺りがズキズキと痛み出してきたのは気のせいだろうか……。あ、そういえば志津に割られた頭は大丈夫なのかな?


 頭に触れてみると包帯が巻いてある。


「大変だったんですよぉ、弾けた腸や脳味噌を詰め込むの」


「え! なに!? 今お前なんて言ったの!?」


 しまったと口を手で覆うニーナ。


「あ、あんたが悪いんだからね!」


 幼馴染のセリフに俺は黙り込んで項垂れる。

ぐうの音も出ない。俯く俺に声を掛けてくれたのは黒猫だった。


「舞子はずっと泣いてたニャ。本当はやり過ぎたと反省しているニャ、吾輩に免じて水に流してほしいニャ」


「ちょ、ちょっとロゼッタ、なに言ってるのよ!」


 舞子は昔から泣き虫だからな。その光景が目に浮かぶ。


「いや、まあ、俺が悪ふざけし過ぎたのが原因だから気にしてないよ。死んでないしね。それにしてもその割に傷はそんな深くなさそうだな……」


 俺はパジャマを脱ぎ、胸部を覆う包帯を外して中を確認する。左肩から右わき腹に掛けて薄ら赤みを帯びた切り傷が付いているだけだった。


「貴重なポーションを使ったニャよ。傷は八割方治ったけど肉体は相当疲労していたニャね」


「そうか、ありがとう舞子、それからえっと……」

「吾輩は黒猫のロゼッタにゃよ」


「ありがとうロゼッタ」

「アタシにはないんですか?」

「ああ、ありがとうなニーナ」


 猫のようにゴロゴロと俺の胡坐の上で頭を擦るニーナの頭を撫でてやる。


「さあ、早く着替えないと学校に遅れるわよ」


「そうだな、シャワーでも浴びてくるか。舞子、それからロゼッタ、朝飯はもう食べたのか?」


「まだよ、あんたのことが心配で早く出ちゃったから……」


 頬をほんのり紅く染めた舞子は俯き、口ごもりながらそう答えた。


「なら適当に朝飯食べていってくれよ」

「そうさせてもらうニャ」


「シャワーですか? じゃあアタシもご一緒いたしますぅ」


「舞子、このポンコツを刻んでトイレに流してくれ」

「え? あ、うん……」


「ひぃぃぃいいん、やっぱり扱いが変わらないのです!」



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