第24話

 いい匂いだ。とても良い匂い……。甘い蜜を潤沢に含んだ花々が咲き乱れる花園にいるような……ああ、もっと嗅いでいたい……。甘美な天使の息吹が傷付いた肉体に澄み渡っていく。


 それになんだか柔らかい……、良い気持ちだ。もっと揉んでいた。とてつもなく柔らかいがハリがある。そう、例えるなら激しく握っても決して割れなることのない水風船、えも言えぬ至高の手触り……、一体なんだこれは?


 モミモミモミ――。


 薄らと眼を開く。そこにあったのは天井、俺の部屋だ。俺は自室のベッドに寝ている。そして横を向くとピンク色の頭が目の前にあった。

 混乱しながらも俺は掛け布団を剥ぐ。素肌が透けて見えるくらい薄いネグリジェを着たニーナが隣に寝ていた。


「あわ……、あわわわわ……、俺は一体……なにを揉んでいたんだ……」


「ううん……おはようごじゃいますぅ……」


 布団を剥がれたニーナは身体をぶるっと震わせてモゾモゾと起きだした。


「ていうか……おま、俺のベッドで何やってんだよ!」

「……ふえ? 看病してたら一緒に寝ちゃいましたぁ、えへへ」


 ニーナは舌をペロっと出して微笑を浮かべる。

 なんだコイツ可愛いじゃねぇか……。いやいや、騙されるな。容姿は超一級でも中身は廃品回収だぞ。


「あれ……、なんで俺もベッドで寝ているんだ?」


 俺は自分がパジャマ姿であることに気付いた。さらにパジャマの隙間から覗く胸部から腹部に掛けて包帯が巻かれている。


「そうか……俺は舞子にやられて……、気を失ったのか……、ひょっとしてお前がここに運んでくれたのか?」


「私と舞子さんで運びました。もう後始末が大変だったんですよ」

「ま、舞子は?」


「カンカンに怒ってましたよ」

「う、うん……、だよね……」


 今は亡きパンツの感触を思い出すように手を握ったり開いたりを繰り返す。


「そんなに脱ぎたてのパンツが欲しいのでしたら、いつでも私のを差し上げましたのに」


 ニーナは屈託のない笑顔を浮かべた。

 彼女を見つめたまま俺の世界は停止し、直後バラ色に染まった。


「え!? マジで!? やったぜ! ひゃっほーっ!」


 痛みも忘れてベッドから跳ね起きる俺。


「……」

「……」


 交互に繰り出される三点リーダの応酬。


「……」

「……」


 今か今かと俺はニーナのパンツを待つ。


 数分間、二人の間に沈黙が続き、俺の眼を直視していたニーナの顔が紅潮していく。そして語気を弱め、視線を斜め下に泳がせた彼女はモジモジしながら自らの指と指を絡めた。


「や、やっぱりちゃんと洗ったパンツでお願いします……」


 数秒遅れてパンツクレル詐欺に引っかかったことに気付いた俺は、「図ったな貴様!」と声を荒げて立ち上がった。チェリーの純情を踏みにじられて怒りに全身が震える。


「最低……」


 開かれたドアの前にスクールバックを肩にかけた制服姿の舞子が立っていた。その傍らにはあの黒猫がいる。


「ま、舞子!?」

「ふーん……、あんたたち、いつもそうやって寝てるんだ……、ふーん」


 舞子の冷気を帯びた蔑む視線が突き刺さる。


「違う違う違う! こいつは姉ちゃんの部屋! 俺は一人で寝てる!」

「そんなことより、先に言うことがあるんじゃないかしら……」


「――っ!」


 速攻で俺はベッドの上で正座になった。そしてマットレスに沈む限り顔面を減り込ませて土下座する。


「すみませんしたぁっ!」

「許さないわよ」


 埋もれていた顔を起こし舞子を正視する。彼女は腕を組み仁王立ちで俺を見下していた。まるでゴミを見る様な冷たい眼だ。


「ああ、分かってる。俺のやったことは最低な行為だ……」

「そうね、変態よ。クズね。あり得ないわ」


「弁解の余地もない……」

「それで、なんであんなことした訳……」


「そ、それは……」


 俺は言葉を詰まらせた。


「……言えないことなの?」


「う、嬉しかったんだ……」

「嬉しかった?」


「ああ、舞子が俺と同じ境遇にあることを知って、なんだか嬉しくて、それで舞い上がってイタズラしたくなったんだと、思う……。本当に申し訳ない」


 反省しきりの俺に舞子は呆れ顔で深い溜め息をついた。


「いくら何でもやりすぎよ。どれだけ恥ずかしかったと思ってるの? 私のパ……、パ、パンツまで欲しがってさ!」


「すまん。だがこれだけは言わせてくれ、お前のナース姿は最高だったぞ」


「なななっ! 何言ってるのよ変態!」


 舞子に変態と罵られ、なぜか俺の中にある何かが燃え上がった。というかぶっちゃけ興奮した。


「変態で結構っーッ! でもな! 俺はちょっと脅かしたらすぐに止めるつもりだったんだ! 俺があんなおかしな行動を取ったのはお前にも責任があるんだぞ!」


「は、はあッ!?」


「お前の体付きがいやらし過ぎて、俺は正常な判断ができなくなってしまったんだ……。つまりお前の魅力にも責任はあるということだ。お前の色香が……、くっ、童貞の俺には刺激が強すぎたんだ……、我が幼馴染ながら恐ろしいぜ……。そして全く恐ろしいぜ、縞々パンティーの威力は……」


 俺は手に残るパンティーの感触を思い起こすように拳を握り締めた。


 耳の先まで顔を真っ赤に染めた舞子はギリギリと奥歯を軋ませ、

「そ、そんなに褒めても許さないんだからね、この変態変態変態っ! ……で、でも……ま、まあ、どうしても見たいなら、またしてあげても……いいけれど……」

 だんだん口を窄め語気を弱めていく。


「え?」

「なんでもないわよ!」


 舞子に顔面を蹴っ飛ばされた俺は隣にちょこんと座っていたニーナの胸に突っ込んだ。


「ぐはっ!」


 とんでもなく柔らかいクッションによって衝撃が吸収される。しかしニーナがよろけてベッドに倒れるとそのまま俺の体も一緒に倒れていった。


「んん――っ!」


 ニーナに覆いかぶさるようにして倒れた俺の顔面がその豊満な乳房の間に埋まっている。とてつもなく柔らかい。そして良い匂いである。ここで死ねるなら本望だとすら思えてしまう程のこの引力は一体なんなのだ。


 だが、メラメラと燃え盛る怒りの炎が俺の背中を焼き尽くさんとしている。必死に起き上がろうと試みるも俺の両手はなぜか彼女の胸を揉んでいた。


「ああん!」ニーナが悶え、喘ぎ声を上げる。

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