第23話
「やばッ……《ローディング/デス》!」
間一髪のところで振り下ろされたレイピアを草刈鎌が受け止めた。火花が散り、甲高い金属同士の衝突音が鳴り響く。しかし凄まじい剣圧に押された俺の体は吹っ飛ばされ医薬品棚に衝突した。中に納まる医薬品が激しく波を打ち崩れ落ちる。
なんだこの力は! 舞子のヤツこんな馬鹿力があったのか!? い、いや違う! これはセイバーの力、セイバーと死神のパワーの差だ!
続けざまに放たれた横一文字の一閃、俺は体を倒してなんとか躱す。僅かに遅れて付いてきた髪の毛がズバッと切断された。さらに後ろのスチール製の医薬品棚が上下に切断されてズレ落ちていく。
「ま、待て! 話せば……」
舞子は聞く耳も持たない。感情を見せない凍り付いた表情のまま剣技を発動させる。
「《ツヴァイ・ヴァイス・レーヴェ》!」
刀身が眩い光を放つと同時に三つの斬撃が二連続で胸腹部を切り裂いた。衝撃で飛ばされた俺は窓ガラスをぶち破り校庭の硬い地面に叩きつけられた。
「がはッ!」
グラウンドと校舎を隔てるコンクリートの歩道に大の字になった俺は、なんとか上半身を起き上がらせる。校庭で練習をしていた野球部やサッカー部の連中が騒ぎ始め、遠巻きに黒ずくめの男の様子を窺っている。
漆黒の外套の下に着ていたシャツが、さらにその下の肌が、獣爪に切り裂かれたみたいに線状の傷が刻まれ、線に従い鮮血が溢れ出して白シャツを紅く染めていく。
蒼髪の魔法騎士、マジカルプリンアラモードは保健室の窓枠を音もなく飛び越え、割れたガラスを踏み付けた。鬼神の如き形相の舞子が迫りくる。もう日本語どころかボディランゲージが通じる状態ではないことは一目瞭然。完全に自我を失い狂戦士モードだ。
こ、殺される! 幼馴染に幼馴染のパンツを握りしめたまま殺されるッ!
俺は仰向けのまま必死に地面を蹴って足を繰り出した。焦りまくりで何度も空を切る。
それでも無我夢中で背中を引きずりながら後退を続ける。グラウンドにいる生徒たちは遠くから眺めているだけで助けてはくれない。誰も彼も非日常的な光景にあっけに取られ、口をポカンと開けている。
舞子との距離が約十メートルを切った。コンクリートの歩道を超えて、俺の右手がグラウンドの土を掴んだそのとき――、舞子は真っ直ぐ俺に向かって跳躍、レイピアを振り上げ突撃を開始した。
校舎の屋上から飛び立つカラスの羽ばたきが、地面を蹴って突進してくる舞子の動きが、視界に映る全てがスローモーションになった。
あ、終わったね……完全に俺の人生終わったね。夜剱不比人、死ス、享年十六歳――。
『風さそふ、命よりもなほ、我はまた、縞々の名残を、いかにとやせん』(訳・己の命より縞々パンティーが名残おしい)
偉人の言葉を借りて辞世の句を謡う。
目前まで迫った舞子の腕が振り下ろされた瞬間だった。眩い光が迸り、再び金属同士が激しく衝突する甲高い音が鳴り響いた。
レイピアを止めたのは俺の鎌ではない。俺は未だ地面に仰向けのままだ。
俺の前に立ちはだかり、狂刃から俺を守ったのは、美しい黄金の長い髪をなびかせる少女だった。
細工が施された精錬な銀のティアラ、肩をさらけ出す純白のドレスに肌を透き通すベールガウン、そして緋色の水晶が乗ったロッドでレイピアを受け止めていた。
なんて……なんて綺麗な女性なんだ……。
眼に映る彼女の背中に、たったそれだけで完全に俺の意識は持っていかれた。形容しがたい神々しさがある。さながら死の淵に舞い降りた女神、もしくは穢れなき聖女。しかし彼女の装備から連想されるのは白魔導士か神に仕える神官といったところだろう。
まさかこの女の子、新たなプレイヤーなのか?
金髪の少女は力任せに舞子の体ごとレイピアを押し返した。後方に飛んで再び距離を取った舞子は僅かに瞳を大きくさせて、突然現れた少女を困惑しながら凝視している。
「あ、あなた……一体何者?」
明らかに動揺する舞子の声は擦れていた。
質問には答えず金髪の少女は半身になり、けん制するように舞子に向かってロッドを突き出した。
頭髪と同じ金色のまつ毛、吸い込まれそうな碧眼、艶やかな唇、パーツの一つひとつが精巧にして緻密に造られた外国製のドールのような、同じ人間とは思えない完璧な造形、彼女の横顔は想像を絶した美しさだった。
「フヒトはボクが守る……」
呟いた少女の元へ、どこからともなく飛んできた白い梟が彼女の肩に止まって羽を休めた。
「ま、守るってどういうこと? 名乗りなさいよ!」
少女は首を横に振る。
「……モンスターに名乗る名はない」
「誰がモンスターよ!」
狂魔法戦士舞子は足を前後に開き、レイピアを構えた。
――このまま剣士対魔法使い(?)のバトルが始まってしまうのかッ!
先手を打ったのは金髪少女だ。
詠唱も魔法陣も展開せずにロッドを振り上げ、一直線に舞子に向かって飛翔するように突っ込んでいく。少女の打撃をレイピアで受け止める舞子。ロッドとレイピアの押し合いから互いに獲物を引いて次の攻撃に打って出る。
互いに撃つ、打つ、殴る、叩く、ぶちかますを繰り返していく。
物理と物理の純粋で単純な殴り合い、どつき合い。
二人が打ち合い、衝突するたびに衝撃波が生まれ、地面が揺れる。
一歩も引かない金髪少女に痺れを切らせた舞子は大きく後方に跳躍しながらレイピアを横一文字に薙いだ。瞬間、かまいたちに似た光の一閃が金髪少女に襲い掛かる。少女はひらりと舞い上がり一閃を交わした。
光の一閃は部活中だった野球部の集団に向かって飛んでいく。
「やばい!」
俺は走り出していた。全力で一閃を追いかける。草刈鎌を振りかざし、なんとか生徒の目前で撃ち落とすことに成功した。
「あ、ありがとうございます……」
恐怖で声を震わせる野球部員。この距離なら俺の正体は分からないだろう。なぜなら俺は今、フレイムレンジャーのお面を被っているからだ。
「礼はいいから早くここから逃げろ!」
「は、はい!」
野球部員たちが慌てふためき逃げていく姿を見送った俺の胸腹部に激しい痛みが走った。足元にいくつもの血痕が刻まれていた。
くそっ、今のダッシュで胸の傷がさらに開いちまった。意識が遠のいていく……もう長くは持ちそうにない……。
グラウンド中央では二人が殴り合いを続けている。空間を歪ますほどの圧力、隕石が落ちた後みたいに地面が円形に窪み始めた。
このままじゃ二人に学校が壊されちまうッ!
「もうやめるんだぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁッ!」
無我夢中だった。俺は両者の間に飛び込んで両手を広げる。
「あ……」
「へ?」
両者が俺の存在を認めたときには時すでに遅く。ロッドが頭蓋を砕き、レイピアが腹部を貫いた。
「ぐ、ぐふ……」
戦闘不能に陥り、力なく地面に両膝を付けた俺はそのまま仰向けに倒れ、灰色の曇り空を見上げた視界が暗転していった。
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