第21話

 普遍的な朝の教室で俺はいつもの様に窓の外を眺めていた。

 今日は曇りのち雨の予報だ。既に灰色の雲で覆われている空から今にも雨粒が落ちてきそうだった。


 ちなみにニーナのヤツは学校を休んでいる。なんでも会社に報告に行かなければいけないと言っていた。

 会社というのはファンタスティック・デイライトを運営している株式会社サキュバス・ドット・インクのことだろう。


 良く考えたらアイツって会社員やりながら学校に潜入して住み込みでオレのサポートまで(頼んではないが)するとんでもない社畜じゃねぇか……。そう考えると俺のヒエラルキーはヤツよりもずっと下である……おふ。


 椅子が引かれる音に気付いた俺は隣席の主にいつものように挨拶を交わすが、


「お、おはよう……」

「……」

 返事はない。


 屍に話しかけている訳じゃないのに返事がない。視線さえも合わせようとしない。なにがそんなに気に食わないのか分からんが、どうやら舞子はまだ怒っている。


 舞子は作業的にスクールバッグから教科書を取り出して机の中へ移していく。


 ややあって、彼女は机の中のある物に気付いたらしい。引き出された舞子の手には茶色のダイヤ封筒が掴まれていた。


 心当たりのない封筒を裏返してみたりひっくり返して差出人を調べた後、教室をキョロキョロと窺っている。その仕草が周囲を警戒する小動物みたいで少し可愛らしい。


 オレは気付かないフリをして、前を向いたまま視界の端でその様子を捉えている。


 舞子は机の下に隠しながら恐るおそる封筒を開いた。折りたたまれた一枚の便箋を開いた舞子の表情が真っ青に染まっていった。


 実は、その封筒は俺が朝一で教室に来て舞子の机の中に忍ばせたものである。


 念のために言っとくがラブレターではない。まあ、俺が舞子にラブレターなる物体を送ったとしても彼女は顔を真っ青に染めていたことだろう……。


 そんな自虐的な仮定は置いておいて内容はこうだ。


『魔法少女プリンアラモードの正体、ばらされたくなければ放課後、一人で保健室に来い』

 

 雑誌の文字を切り貼りして繋ぎ合わせた脅迫文である。


 狼狽える舞子は周囲を頻りに見回している。もちろん俺は知らんぷりだ。 


 なぜ俺がこの様な行動に至ったかについて深い理由はない。ちょっとしたイベントに過ぎない。幼馴染による些細なイタズラだ。


 舞子の正体を知った以上、俺が死神であることを舞子に告白するのは当然の流れだと思う。

 特に隠す理由もないし、フェアじゃない気もする。だけど簡単に正体をバラしてしまうのも味気なく面白くないから少し勿体付けてみようと画策した次第である。


 正直なところ俺は同じ境遇のプレイヤーが他にもいて、それが舞子だったことを少し嬉しく思っていた。ついでに舞子と仲直りするきっかけになれば一石二鳥という訳である。


 その後の舞子は心中穏やかではなかったようだ。授業中もランチ中も得体の知れない恐怖にソワソワ落ち着かない様子だった。ちょっとかわいそうな気もしてきたが、今さら「実は俺が入れたんだ」と言えない雰囲気になっている。


 で、放課後――。


 保健室に置いてあった白衣を羽織った俺は教員用の肘掛付の椅子に座り、舞子が来るのを待っていた。


 しばらくして控えめなノックがあり戸が開く。


 椅子に深く腰掛ける俺のことを睨み付けながら舞子が入ってきた。警戒しているのだろう、背中を見せずに静かに戸を閉じた。


「……あんたが手紙の送り主?」


 威嚇を露わにした低い声、舞子の怒りと敵対心が皮膚にビリビリと伝わってくる。


 まあ、正体不明の訳の分からん奴と個室で二人きりになるのだから当然だろう。


「フォッフォッフォ、待っていたぞ、魔法少女マジカルプリンアラモードよ」


 俺も負けじと可能な限り低い声で答えた。ゲームに出てくる魔王をイメージしたつもりである。


 ちなみに、なぜ舞子が俺の正体に気付いていないかというと、幼少期に縁日で買ってもらった〝熱血戦隊フレイムレンジャー〟のお面を被っているからだ。


「その呼び方はやめて。それよりあんた一体だれなの? こんなことして一体どうしようっていうの?」


 握りしめられた舞子の拳は微かに震えている。


「ふ、良い質問だ。だが、その質問に答える前に、まずそれに着替えてもらおうか」


 俺は保健室のベッドに置いてある衣類を指差した。


「……っ!」


 舞子は言葉を失う。


 ベッド上にあるのは事前に用意しておいたナースのコスプレセット一式。内容はナースキャップにナース服、そして黒いガーターベルト&ストッキングである。


 ガーターベルトを指で摘みあげた舞子の口角が引きつっている。


「安心するが良い。いま保健室は害虫駆除中ということになっているから誰も来ない」


 とは言ってみたものの、舞子の性格を考えればどうせ拒否するに決まっている。そこでネタばらしだ。


 俺は仮面を取り外して正体を明かす。びっくりする舞子、やがて朗らかな笑いが起こる。よし、完璧だ。


「……わ、わかったわよ」


「うんうん、そうだろ、そんなことはできな――、え?」


「え?」


「い、いや! は、早く着替えるのだ! フォッフォッフォ……」


「……くっ」


 ギリッと歯を食いしばり、舞子は各ベッドを仕切るカーテンレースを乱暴に引っ張って視界を遮るとゴソゴソと着替え始めた。


 あれれーーーーっ! 着替えるの!? こんななはずじゃなかったんですが……。ど、どうする? 今さら引けないぞ……。それにあの服はコスプレ用だから裾も短いし、かなりきわどいんだけど……。


 シャッ! 


 勢いよく白いカーテンが開かれる。ナースキャップを被る舞子がキッと俺を睨んだ。


 彼女は頬を朱く染めながら頻りにナース服の裾を引っ張っている。


 ピタッと体に張り付くようなタイトなコスプレ用ナース服の丈は当然短く、少し屈めばパンツがモロに見えてしまうだろう。


 艶めかしい黒いストッキングからナース服の中へと繋がるガーターベルトがとんでもなくエロい。


 また、漂う未完成な大人の色気とその隙間から見え隠れする穢れなき白い素肌の対比が最高にたまらない。


 さらにさらにピタッと張り付く衣装によって投影されるクビレから骨盤、尻にかけるラインが素晴らしい!


 屈辱的な姿に舞子の顔が見る間に紅潮していくのが分かる。


「ほ、ほほう……、エロい体に成長しやがって」

 

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