第19話
怒涛の一週間がやっと終わり迎えた日曜日。俺は朝から勉強机の中央に鎮座するデスクトップパソコンに向かっていた。もちろんストコレをやるためである。嫌な現実を忘れられる至福の一時だ。
「フヒト様大変です!」
だが勢いよく部屋のドアが開け放たれ、朝から阿呆が騒ぎ始めた。
「ふーん、なるほど、そうかそうか、いいんじゃない?」
「まだ何も言ってませんよ!」
適当にあしらうと、阿呆は頬を膨らませてプリプリしながら地団駄を踏む。
「どうせろくでもないことだろ?」
「ガーゴイルです! ガーゴイルが現れたんです!」
「へー……すごいですね」
「なんですかその反応!? もっと興味を持ってください!」
「さっきマイチューブで観たよ。正に某RPGに出てくるガーゴイルと一緒だったなぁ」
俺はパソコンのモニタを正視しながらニーナに言った。
「そ、そうなんですか!? じゃあやっつけにいきましょう!」
「いや、ムリムリ」
「なんでですか!?」
「だってアイツ空飛んでんじゃん、どう考えても俺の攻撃届かないし、それに今日からストコレのイベントだからマジ無理。対策を考えるにしても二週間後にしてくれ」
「やる気なしTHEマキシマムじゃないですか! また接続障害になってもいいんですか!?」
俺は腕を組んで深く考え込む素振りをしてみる。もちろん視線も思考も全ての五感が全力で画面の中に注いでいるのだが、まずはこの阿呆をなんとかせねばなるまい。上手く追っ払う方法はないものか――。
あ、そうだ、いいことを思いついたぞ。
「うむ、お前の言うことも一理あるな」
「じゃ、じゃあ!?」
「よし、ニーナ。そのモンスターの弱点かなんか探して来い」
「ええーっ! 私一人でですかぁ?」
「こっちは身体張るんだ、お前もそれくらいやれよ」
「ううー、分かりました。では行ってきます!」
ビシッと右手の指先をコメカミに付けて敬礼したニーナは部屋から颯爽と出て行った。俺はヤツの姿が見えなくなってほっと息を付く。
「ああ、これでやっと静かになった。もう帰ってこなければいいのにな」
「聴いてますよ」
机と椅子の間から桜色の頭がニョキっと現れ、「うわぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁああっ!」と俺は叫び声を上げた。
◇◇◇
屋上を囲む鉄柵の前でしゃがみ込んだ俺は眼下に広がる街並みを眺めた後、眼前に広がるビル群と薄藍色と茜色が重なる空を見上げた。
どうやら奴はまだ帰ってきていないようだ。
ヤツとはもちろんガーゴイルのことであり結局俺は狩りに駆り出されていた。
意外にも情報を集めてきたニーナのせいで、いま俺は十階建ての商業ビルの屋上に身を潜めている。
ニーナの情報ではここから東にあるショッピングモールでガーゴイルが暴れているらしい。例によって自衛隊が応戦しているようだが、前回と同様に現代火力はほとんど足止めにしかなっていないとの報告である。
なぜ俺がこんなところで待機しているかと言えば、今朝このビルから空飛ぶ怪物が飛び立ったという情報がSNSにあったらしい。ニーナ曰く、ガーゴイルは高所に巣を作り、日没前に戻ってくるという習性があるとのこと。
つまりここで張っていればヤツが戻ってくるという訳である。そして帰ってきたところを俺のグリムリッパーで切り裂く作戦だ。
なかなかどうして合理的な作戦だった……ぐぬぬ。ああ、早く帰ってストコレやりたいやりたいやりたい……ブツブツブツ……、さっさと帰ってきやがれクソ野郎……。ていうか日が暮れる前に帰宅するってどんだけ品行方正なモンスターなんだよ。
だが、ニーナが掴める様な情報は当然政府やマスコミも周知のようで、既にこのビルは立入が禁止されると同時に周囲百メートルに規制線が張られ、報道関係の車両が規制線の外側に集まっていた。
さらに幸か不幸か、このビルのオーナーは反戦主義者で自衛隊の当該ビルへの立ち入りを拒んでいるそうだ。つまり、今ここにはオレしかいない。
フライング気味に訪れた尿意によって早くも《スピリテッドアウェー》を発動させている。長くもって十分が限界だろう。日没まであとどれくらいあるんだ? ていうか本当に日没前に戻ってくるのか?
現在時刻は午後四時五十五分か……。まあ、幸いにもここは誰もいない屋上。つまり最悪な場合はそういうことだ。倫理的には申し訳ないが仕方ない。これも大義のためである。きっと善きサマリア人の法が適用されるだろう、たぶん。
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