第18話

「おかえりなさいなのでーす!」


 帰宅した俺を迎えてくれたのはエプロン姿のニーナだった。なにがそんなに楽しいんだかニコニコと満面の笑みを浮かべるニーナは、俺の横に立つ小柄な少女の存在に気付くと表情を硬化させる。


「あわ……、あわわわわッ! 私というものがありながら……他の女の子と帰宅したのです! これはヒロイン交代の予感!?」


「なにが〝私というもの〟だ! あとお前は俺の中でヒロインじゃないからな!」


「またまたぁ、照れないでくださいよ~」


「うざぁぁぁ!!」


「お邪魔します」

 志津は俺たちを無視して靴を脱ぎ、勝手に家に上がっていた。


「……粗茶ですけど」

 志津の前にマグカップが置かれた。


 ぼんやりと庭を見つめる志津の顔を食い入るように覗き込むニーナ、なぜか彼女は志津に対抗心を燃やしているように思える。まるで息子が初めて連れてきた彼女に嫉妬する母親のようだ。 


 俺はというと志津の隣に座っている。ニーナは各人にコーヒーを配り終えると俺と対面する椅子に腰を掛けた。


 三人がダイニングテーブルに付いたところで俺は双方に事情を説明する。

俺とニーナの最初の出会いからプレイヤーになった経緯、そして今日ここに直江志津がやってきた理由について端折って話した。


 ニーナは腕を組んで頻りに頷いていた。たぶんコイツは半分も理解していない気がする。

 一方、志津は俺が一生懸命説明している間、庭に置いてあるカエルの石像を終始見つめていた。こいつはコイツで既にここに来た目的を忘れている気がしてならない。


「――と、いう訳で俺の契約を解除して直江と契約し直してほしいんだ」

「ちょっと待って」


 志津は庭のカエル像から目を離し、隣に座る俺に視線を移した。


「なんだよ?」

「それはダメ、夜剱不比人も一緒じゃなきゃイヤ」

「な、なんでだよ。お前が戦うなら俺はお役御免だろうが……」


 志津は頭を何度も左右に振った。


「一人はイヤ、一緒がいい。夜剱不比等と一緒がいい」


「はわわわわ……」


 口元を両手で覆い狼狽えるニーナ、俺を見据える志津の瞳は真剣そのものだ。


「う、うーん……」


 良く分からないけど、とりあえずここは素直に言うことを聞いて、志津に契約させてから徐々にフェードアウトしていく作戦にすればいいか……。


「わ、わかった。じゃあ、俺はこのままでいいからさ、とりあえず志津と契約してやってくれよニーナ」


「えっと、その、ごめんなさい。できないんです」


 ニーナはペコリと頭を下げた。眉尻を下げて申し訳なさそうに上目遣いで俺を見つめる。


「なんでだよ?」


「契約できるのは一人だけなんですよ。だから、ごめんなさいです……」

「ま……、マジで?」


 なんてこった……志津に契約させてフェードアウト計画は早くも頓挫してしまった。


 俺の隣に座る志津は「そう……」と感情を見せずに小さく呟き、


「大丈夫、気にしないで。ニーナ、質問。あなたみたいな存在……、サキュバスは他にもいるの?」


 斜め前に座るニーナに顔を向ける。


「ええ、他にもいますよ」

「いるのかよ!?」


「つまり、あなたのような人を見つければいいということが分かった。それだけでも収穫」


 見かけによらずとは失礼だが、志津は目標に向かって真っ直ぐで前向きだ。まだ出会って数日も経っていないが彼女の芯の強さ、そして意志の強さには感嘆する。加えてこのポジティブさにも感心する。


「ニーナ、志津にお前の仲間を紹介してやることはできないのか?」


「えっと、その……そういうのはルール違反になりますので……」

 ごにょごにょと言葉を濁すニーナ。


「なんだか良く分からんが重大な事実をサラリと聴かされた気がするぞ……」


「ルールなら仕方ない」

 ボソリと呟いた志津はそれ以上の追及はしてこなかった。


 表情からはあまり読み取れないが、心なしか落ち込んでいる彼女に何かしてあげることはないだろうかと考えていた俺の頭にあるアイデアが浮かぶ。


「あ、そうだ。ファンタスティック・デイライトってスマホゲームやってるか?」

志津は表情を変えず首を振った。


「まあ、そうだろうな。んでさ、そのゲームのアバターと現実世界に具現化した際の能力が連動しているみたいなんだ。だから、もしヒマだったら今からやっといた方がいいぞ。その方が異世界人と出会ったときに有利だろ?」


 コクリと志津は頷き、

「ありがとう」

 ほのかに微笑んだ気がした。


 そんな彼女の表情が見られたことがなんだか嬉しかった。


「相方が見つかるといいな。あとポンコツじゃないといいな」


「ちょっとなんですかそれ!」


 志津は再度小さく頷き、立ち上がった。


「じゃあ、ボクはこれで、あ……」


 何かを思い出したのか、彼女は俺を見つめる。


「どうした?」

「ボクもフヒトって呼んでいい?」

「べ、別にいいけど」

「それから……」


「ん?」

「フヒト、好き」

「え……」


 当然の告白に俺は固まってしまった。あまりにも唐突に、さりげなく告白されてしまった。好きってどういう意味? 人として? 生物として? 同じ哺乳類としてか? それとも同級生として? まさか男として?


 志津を見つめたまま硬直する俺の後ろで、「なぅ――――ッ!」とニーナがヘンテコな奇声を発した。


「じゃあね、フヒト」

 志津の頬が微かに紅く色付く。


 呆けながらも彼女を見送った俺の胸はいまだに高鳴っている。ニーナがエプロンの裾を口に咥えながら唸っていることに俺は気付いていたが、スルーしたのであった。



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