第17話

「《グリムリッパー》!」


 俺の声に呼応するように鎌の刃が青白い光を帯び始める。


 必死に丘を登ってくるオーク、その距離が十メートルを切った。俺はオーク目掛けて跳んだ。でっぷりと脂肪の付いた肩に草刈鎌を振り下ろす。

 棍棒を振り上げて俺の攻撃を迎え撃つオーク。


 ――ザクッ!


 突き刺さった。棍棒に!

 俺の攻撃は不発に終わった。オークが咄嗟に肩を棍棒で防御したのだ。

 棍棒が光の粒子になって消滅していく。


「し、しまったッ!」


 俺は着地と同時にオークを回り込むようにして再び丘を駆け上がって距離を取る。


『ぶ、ブヒッヒ?』


 突然棍棒が消失したことでオークはパニックを起こしているようだ。両手はキョロキョロ見たり足元も見たり、棍棒が落ちていないか探している。


『ブヒーーーーッ!』


 だが、自身の武器を奪われたことを悟ったオークが空に向かって嘶き、四つん這いになると同時に突進を開始した。


「くそっ! 早い!」


 二足で歩行していたときよりも倍早い速度で丘を駆け上ってくる。咄嗟に方向転換した俺は丘の上で待機させておいた直江を担ぎ上げた。


 オークを引き連れ、森林公園の獣道とハイキングコースを交互にひた走る。このまま走り続ければコースをグルッと一周するだけで外に出ないで済む、人目にも付きにくいだろう。


「なぜ、また逃げる?」


 肩に担がれた直江が抑揚のない声で尋ねてきた。


「俺の必殺技が不発だったんだよ!」

「必殺技?」


「ああ、どんなモンスターでも一撃で倒せるってスキルだ。だけど一時間に一回しか使えないけどな!」


「必殺技、かっこいい……」

「んなこと言ってる場合じゃねぇ!」


「夜釼不比人、どうする?」

「わかんねぇ! 考え中だ!」

「たぶん、勝てる」


 直江は冷静な口調でそう呟いた。


「なにを根拠に!」


「夜剱不比人はあの豚の攻撃を押し返した。力で負けてない。スピードも上……、総合的に判断して、一対一なら勝てる。確率は八十七パーセント」


「その数字がどうやって弾き出されたか気になるが、さすがに一時間は逃げきれねぇ! こうなったらやるしかねぇ! 直江! あいつとの距離はどれくらいだ!?」


「志津って呼んで」

「は?」


「ボクの名前は直江志津。だから志津って呼んで」


「なんだよ急に!?」


「……志津って呼ばなきゃ教えてあげない」


「はぁ!? この非常時に何言ってんだよ!」


「意気地なし……」

「なんでやねん! わーたよ! 志津、距離はどれくらいだ!」


「約五十メートルはある」

「了解! くそ、やってやる!」


 俺は草刈鎌で前方に生い茂る藪を切り裂いた。ここに来て皮肉にも鎌の本来の力が発揮される。さすが名匠田中八十八が鍛えた草刈鎌だけのことはある。死神のパワーも相まって一太刀で深い藪が切り開かれた。


 獣道を抜けると草花が生い茂る広場に出た。周囲に人の姿がないことを確認した俺は体を反転、直江志津を地面に置いてから数歩前に歩み出て半身に構える。


「志津! そこの木の陰に隠れてろ!」


 こくりと頷いた志津は立ち上がり、クスノキの木の後ろに身を隠した。


『ブギャアッァァァァッァァァッ!』


 嘶きながらオークが林の中から現れた。俺との距離が残り二十メートルを切ったところでオークは額をやや下げる。黄土色の牙を突き出してさらに速度を上げた。


 突進してくるオークをギリギリまで引き付けた俺は左に跳んで牙を躱し、すれ違いざまにYASOHACHIの刃を水平に薙いだ。一閃を受けたオークの横腹から鮮血が噴出する。


 噴き出したのは真っ赤な赤い血液、俺たちと同じ赤色だ。


 オークが通過した芝生の上に紅い筋が残されていく。出血は派手に見えるが浅い。致命傷ではなかった。オークは叫びを上げながら旋回、再び突進を始める。


 馬鹿の一つ覚えとでも言うべき単純な攻撃パターン、それに躱せないスピードじゃない。俺にはハッキリとオークの動きが目で追えている、捉えている。


 志津の言う様に俺のステータスの方がオーク単体よりも高い!


 これならあと一撃で倒せる! 勝てる!

急所を狙え!


「来いッ!」


 残り三メートルを切った刹那、垂直にジャンプしてオークの突進を交わした俺は体操選手よろしく、体を捻じって回転しオークのコメカミに刃を突き立てた。まるでプリンを掬うようにスルリと湾曲した刃がオークの頭蓋に刺し込まれていく。


 突き刺さる草刈鎌をそのまま置き去りにした俺はオークの背中に手を付いてロンダート(側方倒立回転とび四分の一ひねり後向き)で体を捻り地面にスタリと着地した。


『ブ……、ブヒィィィィィィィッィィイッ!』


 脳天を貫かれたオークは断末魔を上げる。その体躯は光の粒子に変わり空間に飛散して消えていった。


 現世に取り残された草刈鎌だけが地面に落ちていった。


 緊張から解放された俺はぷはっと息を吐き出した。さっきまで鎌を握っていた手が急に震え始める。 


「はぁはぁはぁ……、最後は爆発を起こして消えていくのか……。とりあえず、自力で勝った……だけど、クソ……、手に感触が、モンスターとはいえ、後味が悪いな……」


 結果的に《グリムリッパー》も《スピリテッドアウェー》もなしで勝つことができた。

チートに頼らず得た勝利に俺はグッと手を握り締めた――とき、クスノキの木陰に隠れていた志津が飛び出してきた俺に抱き付いてきた。


 華奢で小さな身体は小さく震えている。


「こ、怖かったのか?」


 潤んだ瞳が長い前髪の間から覗いている。


 志津はコクリと頷き、「ボクも、夜剱不比人みたいになりたい。強く、なりたい」と突然ポツリと告げた。


「な、なんだって? 強く? なんで?」

「もちろん、カッコイイから」


「かっこいい!? あれが!?」


 どういうセンスしてんだこいつ!?


「……ボクは、今の自分を変えたい……、そのきっかけが、ほしい。どうすれば、夜剱不比人みたいになれる?」


 真剣な上目遣いに俺は言葉に詰まる。


「そ、それは……」


 死神の力を手に入れた経緯を彼女に話すべきかどうか俺は迷った。しかし、隠す必要もない気もする。


 だが、ややこしい事態に彼女を巻き込んでしまうのではないだろうか……。


「だめ?」


 少女の可憐な上目遣いに圧された俺は、ふーっと長い息を付いて小さく頷いた。


「ああー、うん、わかった。俺がこんなことをするハメになった張本人に相談してみるよ……」


「ありがとう」


 志津は微笑んだ。クリクリとした大きな瞳が髪の間から覗く。その穢れのない純粋無垢な笑顔はとても可愛らしかった。



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