第7話 

 まるでユーリ・セディフのハンマー投げを観ているようだった。


 ミノタウロスは戦車の主砲を両手で握りグルグルと足を軸に回転している。そして思いっきり放り投げた。高く宙を舞った戦車は空を飛んでいた自衛隊ヘリコプターのメインローターをへし折り、翼を失ったヘリは整然と並ぶ戦車の列に回転しながら墜落した。さらに墜落した衝撃で燃料と弾薬に引火したヘリコプターが他の戦車を巻き込みながら爆発炎上する。


 地上では自衛隊員たちがライフルやロケット砲で反撃しているが正に豆鉄砲である。弾丸は超硬度の皮膚に弾かれてポロポロと地面に落ちていく。ニーナの話ではリポップする度に防御力が上がっていくらしい。どう考えてもチートの権化だ。


 大気を震わさんばかりに嘶いたミノタウロスが自衛隊車両の隊列に突っ込んでいく。薙ぎ払われ紙屑の様に宙を舞う自衛隊員、フルボッコに破壊される装甲車両、瞬く間に自衛隊部隊は壊滅してしまった。


「む、無理だ……、あんなヤツに勝てっこない……」


 眼前で展開される惨状にもはや恐怖しかない。あんな化け物を倒そうだなんて寝言を言っていたことを後悔する。ここまで持ちこたえた自衛隊を褒めたくなった。


 ――その直後だった。俺の全身が粟立ち、ブルルと震える。


 あ、来た……。

 そう、完全に忘れていたアイツが遂に来たのだ。まともにやり合えばまず勝ち目はないだろう。だが、コイツさえ来ればもう俺は無敵だ。なぜなら姿を消せる上に、一撃で敵を葬れるのだからなッ!


「来た、来たぞ……、遂に、遂に尿意が来たぞぉぉぉおおっ!」


 湧き上がる闘志と尿意を抑え、俺は拳を高く掲げた。


「やりましたねフヒト様!」


 ニーナは手を胸の前で握りしめてぴょんぴょん小さく飛び跳ねる。


「おお! そうだ、武器だ……、死神の武器はないのか!?」


「はい! 初期装備は《アーマメントコール/ファースト》で呼び出せます」


 俺は「よし」と頷き、再び拳を空に突き上げて叫ぶ。


「《アーマメントトコール/ファースト》!」


 空間に突如現れた光り輝く粒子が集結していく。武器のフォルムが具現化されていき―――、カランコロンと地面に落下して音を立てた。


 それは刀でも槍でも弓矢でもない。木刀、でもない。ただの木の棒だった。


「……なんだこれ?」


 木の棒を拾い上げた俺の手に、意外にもズッシリとした重量感があった。これはこれでなかなかの強度がありそうだ。


「これは『ひのきのぼう』ですね」


 ニーナはスマホをスワイプする。


「で、でたーっ! RPGにおける初期装備の基本中の基本、『ひのきのぼう』が降臨したぁぁぁぁぁぁっぁぁぁっ! って久しぶりに聞いたわ『ひのきのぼう』! てか初めて実物を見たわい!」


「えっと、攻撃力一〇、耐久値二〇ですね」


 スマホ片手にニーナは冷静に〝ひのきのぼう〟のステータスを読み上げた。


「こんなもんで勝てるのか!?」


「うーんと、あ、でも死神は装備できないそうですよ」


「じゃあなんで初期装備で持ってくんだよ! どうすんだよ!?」

「え……」


 とんでもない重大なバグに気付いたかのように、ニーナの表情が凍り付いた。すぐさま思考停止していたことを悟られまいと慌てて腕を組んで考えるフリを一生懸命している。


「ずばり! 新たな武器を得る方法は三つあります。一つは課金によるガチャ、二つ目は敵を倒してドロップさせる。三つ目は素材を使って合成開発することです。この中でフヒト様が可能なのは最初のガチャのみです。もう何も考えずにガチャッてください!」


 半ば強引にニーナはスマホを突き出してきた。


「課金しろ」と言われて「はい、課金します」なんて癪に障るし、

「こんなクソゲーに課金したくねーっ!」

 俺は頭を抱えて叫んだ。


 嗜めるようにニーナが抑揚の効いた声を上げる。


「フヒト様! スト娘たちに会えなくてもいいんですか!? あの子たちはフヒト様を信じてずっと待っているんですよ! 彼女たちは普段どんな仕打ちを受けても文句も言わず出張したり接待したり、敵と戦ったりしているんです! 今こそフヒト様が彼女たちのために戦う番じゃないんですか! 彼女たちを助けてあげてください!」


 釈然としない気持ちはあったが、ニーナの真摯なセリフは俺の琴線に触れた。心窩部あたりから溢れ出した熱いモチベーションが身体の隅々にまで行き渡っていく。


 これは……、この力は……〝愛の力〟!


「おお……、そうだったぜ。俺は大事な物を失うところだった……。お前の言う通りだよニーナ、スマホを貸してくれ!」


「はい!」


 ニーナに言われるがままボタンを押す。これが例えどんな武器だろうと絶対にヤツを倒してみせる! 俺がスト娘たちを電脳の牢獄から救い出すのだ!


「や、やりました! フヒト様!」


 スマホ画面を覗き込んだニーナが歓喜の声を上げた。俺を見上げた瞳はキラキラと輝いている。これはかなりのレアで強い武器をゲットしたに違いない。俺は胸を期待に膨らませてニーナの翻訳を今かと待つ。


「鎌ですよ! 鎌っ!」


「か、鎌だと! うぉぉぉぉおおおっ! 死神のマストアイテムじゃねぇか! でかしたぞ俺ッ!」


「はい! 名匠田中八十八が鍛えた草刈鎌〝YASOHACHI〟です! ホームセンターで買えば定価四千五百円也です!」


「誰だよ田中八十八って! 草刈ってどうすんだよ! 狩らなきゃいかんのはあの化け物だろうがッ! ていうかホームセンターで買えんのかよ!?」


 怒涛の四連コンボを繰り出すが、


「攻撃力二〇、耐久値三〇です!」


 ニーナは華麗に受け流す。


「すこぶる微妙ッ!」


「フヒト様、お忘れですか? ユニークスキル《グリムリッパー》は例え掠り傷程度でも一撃で敵を倒せるのですよ」


「そ、そうだったな。武器の性能に左右されないんだ。よし、行くぞ!」


 俺は呪文を詠唱して草刈鎌〝YASOHACHI〟を具現化させる。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る