第6話 

 快調に飛ばしていく二人乗り自転車は住宅街から市街地に入っていた。なんとなく勢いでここまで来てしまったが、再び一抹の不安が俺のチキンなハートを揺さぶり始める。


「……なあ。グリムリッパーとスピリテッドアウェー、すごいスキルだけど、なんかリスクというか発動条件があるんじゃないか?」


「えーと、ちょっと待ってください。あ、さすがですね。伊達にネトゲばっかりやってませんね。《グリムリッパー》は一時間に一度しか使うことが出来ません」


「そうか……、一撃必殺だからな。それくらいの使用条件は仕方ない。ちなみに《スピリテッドアウェー》の方は?」


「はい、尿意を催しているときのみ有効です」


「にょーい?」

「にょーいデス!」


「なんでだよふざけるな! 全然ゲームと関係ないじゃん!」


「さすがにチート過ぎたためテコ入れが入ったそうです。デチューンです。そりゃこんなスキル使うプレイヤーがいたらズルいなって思いますもんね~」


「他人事みたいに言うなよ!」



 繁華街の中心区域は立入禁止を示す黄色のテープが張られていた。どうやらこの辺りをグルッと一周規制線が張られているようだ。だが、規制線を警備している者の姿はない。


 俺たちは二人乗り自転車を降りて〝キープアウト〟と書かれたテープを潜る。こんなに簡単に警戒区域へ入れるのはそれだけ現場が混乱しているということだろう。


 壁に沿いながら、またビルに沿いながら、なるべく身を隠しながらさらに中心部に近づいていく。ビル群を抜けると大通りを戦車の隊列が埋め尽くしていた。投稿動画で観た位置よりもだいぶ後退しているように思えるが、スナイパーライフルやアサルトライフルを構える自衛隊員の姿が戦車部隊の周囲にあった。幸いこちらにはまるで気付いていない。


 銃口の先には灰色の球体が転がっていた。片側三車線道路のほぼ真ん中に鎮座する謎の球体に向かって銃口を向けている。この位置では豆粒ほどの大きさしかないその球体は、それなりに近づけばそれなりのデカさがあると推測される。


「シェルに閉じ籠ってるようですね」


 俺の後ろで身を隠す様に小さくなっているニーナが言った。


「シェル?」

「あいつらは一定のダメージを受けるとああやってシェルに閉じこもって体力の回復を図るんです」


「なんだよ。ダメージ与えられるんじゃねえか……」

「そうです。確かにダメージを与えられるのですが、例え致死ダメージを与えることができたとしてもあの状態になり、また復活するのです」


「リポップするみたいな感じだな……。つまりトドメは絶対に刺せないってことか?」

「はい。それにあの殻は現代兵器では絶対に破壊できません。シェルを破壊できるのもトドメをさせるのは選ばれた勇者のみ。つまりフヒト様しかいないということです」


 ところで、と一呼吸置いてからニーナは、「おしっこどうです?」と俺の顔を窺う様に覗き見た。

 その設定を忘れていた。正直、全く尿意はない。


「いや、……まだ全然」


 ふぅ、と溜め息混じりの吐息を吐いたニーナはやれやれと首を小さく振る。


「仕方ないですね。幸にもミノタウロスは回復のためシェルに閉じこもってますし、もうこのまま倒しに行きましょう。《グリムリッパー》があれば超余裕ですよ」


「……完全に他人事だな。というかアイツにたどり着く前に自衛隊に拘束されるぞ。どっちみち透明化しないと倒すのは無理だ」


 ニーナは腕を組んでしばらく考え込む。そして何かを思い付いた様に手をポンと打ち、神妙な顔で俺を見据え、「お任せください!」と踵を返して走り出した。


「おい、どこに行くんだ!?」


「お茶を買ってきます! フヒト様はそこの公園で待っててください!」


 ――それから一時間後。


 誰もいない公園のブランコに一人座り、俺はニーナの買ってきてくれた『ほ~いお茶』を飲みたくもないのにチビチビと飲んでいた。既に日も暮れかけている。西日がビル群に沈んでいく最中、ニーナの奴はベンチに横になってスヤスヤと寝息を立てながら寝ている。


 なんでこの状況でここまで爆睡できるんだこいつ……、どういう神経してんだよ……。


「うう~ん、おはようごじゃいましゅう……、どうですかぁ?」


 どうやら目を覚ましたようだ。猫のように丸めた手で瞼を擦りながら上半身を起こした彼女は腕を伸ばして体を大きく伸展させた。


「……うん、たぶんもうちょっと……」

「早くしてくださいねぇ、ふわぁぁぁあ」

「ムカッ!」


 いい加減なポンコツ態度に頭に来たそのとき、爆音と共に大地が大きく揺れた。ブランコを吊るす鎖がギシギシと不規則に揺れ踊る。


 戦車が並んでいた道路付近を確認すると黒い煙が立ち上がっている。遅れて熱風と共に焦げ臭い匂いが辺りに広がっていった。

 本能的にビビった俺はブランコから立ち上がり後ずさりする。


「きっとミノタウロスが動き出したんです! 行きましょう!」

「ちょ……、待てよ!」


 ベンチから立ち上がって走り出すニーナの後を俺は追った。

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