第5話
「変な声出すなよ!」
美少女の喘ぎ声に脳が沸騰してオーバーヒート不可避! 心臓がバクバクを通り越して破裂しそうです!
「す、すみません」
眼を閉じてから俺はグッと彼女の体を引き寄せた。
突き出した唇をフルフルと震わせながら、谷間に顔を近づけていく。そして軽く、ほんの軽く彼女の胸元に唇が触れた瞬間、彼女は恍惚で淫靡な声を上げながら状態を大きく仰け反らせた。直後、偶然にも、いや、必然的に俺の顔面が彼女のふくよかな谷間に埋もれたのだ。
ふおおおおおおっ!? な、なんだこれは! や……、柔らかい! 柔らかいぞ! とんでもなく柔らかくかつ瑞々しいハリを備えている! 例えるならどれだけ強く握っても割れない水風船! それになんかすんごい良い匂いがする!
次の瞬間、彼女の全身が、そして呼応するように俺の全身が輝き出し周囲は眩い光に包まれていった。
不思議な発光現象はすぐに収まり、ニーナは汗で濡れた自身の胸に埋もれる俺の顔から逃げるように二歩ほど下がる。
「……しゅ、主従契約が完了しました。はぁはぁ……、これでアバターの能力を現実世界でも使える、はぁはぁ、はずです……ぅうん……」
「あ、ああ……」
今の俺にはどんな言葉も届かない。ただあの万物を包み込む大宇宙の余韻に浸るのみである。
呼吸を整えたニーナは咳ばらいする。
「んんっ……いいですかフヒト様? アバターの力を呼び出すには《ローディング》と詠唱した後、自身のジョブ名を呼称してください。フヒト様の場合〝デス〟です」
脱ぎ捨てられていたセーラー服を拾い上げながら彼女は言った。
「よ……よし、行くぞ」
戦う前から満身創痍な俺は言われた通り呪文を詠唱する。
《ローディング/デス》
直後、黒い一陣の風が、足元から頭に向かって俺の体を巻き込みながら吹き抜けていく。
部屋の片隅に置いてある姿見鏡にフードの付いた漆黒のローブを羽織る自分の姿が映っていた。さっきスマートフォン画面に表示されていた死神のイラストと同じ、裾の破れた丈の長い漆黒のローブだ。
「おお……、す、すげぇ……」
ニーナは頷く。
「では、ちゃっちゃとミノタウロスを倒しに行きましょう!」
「え? いきなり!? チュートリアルは?」
「移動しながらデス! 早くしてください!」
「わ、わかった」
勢いよく部屋から飛び出したニーナは階段を駆け下りていく。その後ろを俺は追った。
◇◇◇
「これが移動方法? 空を飛ぶとかじゃないのかよ?」
まさかの光景に一瞬思考が固まった。
外に出た俺を待っていたのはサドルとハンドルが前後に付いた二人乗り用の自転車だった。
「そうです!」
既に後部座席に跨るニーナは鼻息荒く言い放つ。
どうやら本当にこれが移動手段らしい。こんなものどこで売ってんだ一体……。
「それに空を飛ぶスキルは特殊なスキルか装備が必要なため現状では使えません」
「くそっ! とりあえず行くしかねぇ! スト娘たちが俺を待っているんだ! いくぞニーナ!」
「はい!」
掛け声と共に俺とニーナはペダルを漕ぎ出した。颯爽と皐月色の心地よい風が吹き抜けていく。傾き始めた西日が眩しくも俺の心と体を熱く燃え上がらせていく。一種の高揚感が俺の魂を染めていった。
「わぷ、フヒトさまぁ、このはためくローブが邪魔なんですけどぉ」
だが、さっそくニーナのヤツが盛り上がってきた士気を萎えさす様なことを言いやがった。彼女は鬱陶しそうに風になびくローブを手で払っている。
「それ取ったらただの高校生に戻っちゃうんだけど……。よく考えたら死神の装備ってしょぼくね?」
「まあ、割と貧相……いえ、シンプルですよね」
「物は言いようだな……。ていうかなんかすごい坂道登るの楽だぞ、このチャリすげえな! 電動か!?」
普段なら一人乗りかつ立ち漕ぎでもやっとなのに、二人乗り自転車はアシスト付き自転車のように軽快に坂道を登っていく。
「それは自転車の性能ではありません。ヒフト様のステータスが向上しているのです!」
自転車を漕ぎながらニーナはスマホ片手に画面をスワイプしている。
「おお? ひょっとしてアバターのステータスがスマホに表示されるのか? ちょっと確認してみてくれ」
「はい! 死神レベル1の初期体力は一〇のようですね。ちなみに成人男性は一です」
「おおっ! 成人の十倍か、すごいな! ところであの馬面野郎の体力はいくつなんだ?」
「えーっと、今調べますね。あ、ミノタウロスの体力は一〇〇です!」
「さらに十倍じゃねえかよ! ほ、他のステータスは?」
「えーと、死神の攻撃力が一〇なのに対し、ミノタウロスは一五〇です。ちなみに成人男性は一ですね。あと死神の素早さが一〇なのに対しミノタウロスは五〇、死神の防御力が一〇なのに対し、ミノタウロスは二〇〇、それから―――」
キキーッとドラムブレーキを掻き鳴らして俺は自転車を止めた。ニーナの顔面が背中に激突する。
「わぷっ! 痛いですぅ……」
スマホを握り締めた手でニーナは鼻を押さえた。
「まあ、なんつーかさ、あれだよな。……ムリゲーだ、帰ろうぜ」
俺は振り返って後部座席に座るニーナに戦略的撤退を宣言した。
だが、ハンドルを切って方向転換をしようとする俺に抵抗するかの如く、ニーナは脚を突き出して踏ん張っている。歯を食いしばる姿はなんとも健気ではあるが、それとこれとは別だ。
「ま、待ってください!」
「ええい! 脚を離せ離せ! 俺はまだ死にたくない!」
「でもでも! ハイディングの数値が他よりも高いですよ!」
ニーナは文字のみのスマホ画面を突き出してきた。当然ながら何が書いてあるかは読めない。
心底怪訝な顔で俺は問う。
「……いくつだ?」
「十三です!」
「頭カチ割るぞ!」
「なんでですか! 十三なんて死神っぽくてカッコイイじゃないですかぁ!?」
声を荒げる俺にニーナが訳のわからん戯言で切り返した。
「そーゆう問題じゃねんだよ! ああ、もう帰る!」
「待ってください! 重要なことをまだ伝えていませんでした! 死神には他のジョブに存在しないユニークスキルがあるんです! 攻撃力とハイディングスキルの数値の横にカッコ書きでインフィニティマークがあるんですよぉ!」
〝インフィニティ〟という単語が俺の中二心にピクリと触れた。
「……つまり?」
「えっとですね。死神のユニークスキルは二つありまして、一つが《グリムリッパー》と言ってですね、ダメージの大小に関わらず一撃で敵を倒すことができます。それからもう一つが《スピリテッドアウェー》と言って完全に姿を消すことができるんです!」
さしもの俺も言葉を失った。
「ちょ、ちょっと待てよ。それって姿を消しながら相手に近づけて、かつ一撃で殺せるってことか?」
「そうデス!」
威張るようにニーナは鼻息荒く言い放った。
「すげえ! 最強っていうかチートじゃないか! 俄然やる気が出てきたぞ……よし! 一気に突っ込むぞ!」
単細胞の俺は勢いよくペダルを踏み込んだ。
「はい!」
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