第4話 

「……あそ。ていうか選ばれた勇者って言うからてっきり『勇者』とか『騎士』のジョブが確定なのかと思ってたんだが……」


「てへへ」とニーナは舌を出した。 なんだか棒状のモノに良く巻き付きそうな長くてエロい舌だ。


 コイツ、何かを全力で誤魔化そうとしてやがるな……。

 俺が指を乗せた途端、画面上の宝箱が開き中からカードが飛び出してきた。カードには一切のイラストはなく文字のみだ。当然、サキュバス語なるミミズ文字である。


「よくこんなんで五十億DLもいったな……」

 

 正直な感想を漏らすとニーナは、「日本語版ならちゃんと絵師さんのイラストが観れるんですけどね」とフォローを入れた。


「ふーん。で、なんのジュブだったんだよ?」

「これは強そうですよ! なんと落ち武者です!」


「なんと戦う前から負けてる!?」

「これにしますか?」


「するかよ! なんで選ばれた勇者のはずなのに落ち武者なんだよ! チェンジ!」

「ではもう一度、画面に触れてください」


「……」


 再び指を置くと同じように宝箱からカードが飛び出した。


「今度はなんだ?」


「えーと、スーパークローザーと書いてあります。ふむふむ、説明書きによると『抑えの切り札』だそうです。これにしますか?」


「硬球でモンスターと戦えってのか!? なれるもんならなりたいよ? スーパークローザーに! でもね、そんなんじゃモンスターに勝てないでしょ? 分かる? ポンコツちゃん?」


「ひどい! 罵られましたぁ!」

「ああ、もう貸せ! チェンジチェンジ!」俺はニーナの手からスマホを奪い取る。


「いいんですか? これで最後ですよ。もし次に変なジョブが出たらどうするんですか?」ニーナは画面に触れようとする俺を見上げた。


 正直どんなヘンテコジョブが出てきても一向に構わないのだが、やはりゲーマーとしてはイイ目を引きたいという欲が出てしまう。そんな自分の俗物加減に嫌気がさす。


「……参考までに訊くがこのゲームにはどんなヘンテコジョブが存在するんだ?」


「そうですねー。えっと、ヒヨコ鑑定士とか」

「国家資格ですごいけどモンスターとは闘えない!」


「レベルが上がればモンスターの雌雄を見分けられるようになります」

「見分けてどうする! 他には!?」


「ライトノベル作家とか」

「必殺技の名前は強そうだけどゼッタイ超弱いッ!」


「それから小麦粉ソムリエとかでしょうか?」

「もう何のジョブかさえ分からねぇ! とにかくクローザーじゃ戦えないから行くしかないんだ南無三ッ!」


 三度に渡る宝箱の開口、三度目の正直となるのか、それとも――。


 飛び出しきたカードの文字を見た瞬間、花が咲くようにニーナの表情は明るくなった。彼女は驚きながら喜んでいる。


「こ、これは! す、すごいですよフヒトさまぁ! こんなジョブ初めて見ました! これは絶対SSRです! いや、HLSSRXWZですよ!」


「アルファベット並べればいいってもんじゃないからな? いいから早く言え」


「デスです」

「はい?」


「だからデスです」


 遂に脳に虫が湧いたか?


「あ、今酷いこと考えましたね!?」


「あれ? 声に出てたか?『こいつ脳みそ腐って溶けてやがる』って」


「思っていること以上に酷いじゃないですかぁ!」


「で、なんだったんだよ」

「だからデスですぅ!」


「……デス、DEATH? ひょっとして死神のことか?」

「そうデス!」


「おおお!? なんか強そうじゃん!」

「ではまた規約に同意して次に進んでください」


 同意ボタンを押すと今度は異界の文字だけではなく、ちゃんと画面に死神のアバターが表示された。


 蛇が巻きついた巨大な鎌、そして丈の長い漆黒のローブを羽織る骸骨。如何にも死神っぽいビジュアルである。しかしながら、現実世界の俺の体にはなんの変化も起こっていない。


「もうこれで俺は現実世界でも死神の力が使えるのか?」


「いえ、今度は私、ニーナ・アイリス・エーテリアナとの主従契約を結んでもらいます。どうか私のご主人様になってください、夜剱不比人さま……」


 ニーナは神に祈るように自らの手を胸の前で握り締めた。上目遣いの濡れた瞳が反則級に可愛すぎる。


 当然ながら女の手に触れたこともない童貞に対処ができる訳もなく狼狽した末、思わず「オ、オウ!?」とオットセイの鳴き声みたいな返事をしていた。


 恥じらう様に視線を落として俯いたニーナの手がもぞもぞと動き、おもむろに腕をクロスさせ上衣を脱ぎ始めた。


 白い肌を際立たせるレースの付いた黒い下着が姿を現す。下着から溢れ出しそうなふくよかな胸に俺の心拍は一気に跳ね上がった。俺は思わず両手で顔を覆う。初めて目撃する生のオッパイと下着姿を堪能する余裕など童貞野郎にあるはずがないのだ。


「な、なにやってんだ!?」


 指々の間隙から半裸のニーナを覗き見る俺の声は完全に裏返っていた。


「あ、あれ? あれれ? 引っかかっちゃいました! 助けてくださいー」


 セーラー服を裏返したまま、ニーナの顔が襟袖に引っかっている。上衣を脱ぐことが出来ず顔と手が拘束され、メトロノームみたいに上体を動かす度に彼女の柔らかそうなスライム乳が無秩序に揺れている。


 うわわあわわわわわっ、なんだこれなんだこれなんだこれっ!


 目の前で展開されるスペクタクルな光景に興奮する自分がいた。呼吸は荒く乱れ、身体の抹消が熱を帯びて汗ばんでいく。


「よいしょっと……はぁ、やっと脱げましたぁ」


 セーラー服を脱げ捨てたニーナは頬を紅く染め、恥ずかしそうに俯きながら上目遣いで俺のことを見上げた。


 俺はごくりと生唾を呑み込む。


「い、いったい、な、なにをしようってんだ……」


「こ、これも主従契約に必要なんですよ。で、では……わ、私の胸元にキスをしてください!」


「はあ!? な、なんで!」


 想定外過ぎる事態に俺の顔全体が熱を帯びていく。心臓はバクバクと激しく拍動して止まらない。


「胸元のキスは『あなたに心臓を捧げます』って意味があるんです。だから……、その、キスをお願いします。おっぱいに……」


「おっぱい言うな! 胸元だろが!」


 頬を朱に染めるニーナは濡れた視線を逃げるように逸らした。その恥じらう乙女のような姿は、正直辛抱たまらない……。


「さ、さあ、お願いします!」


 キュッと瞼を閉じて彼女は手を前に組んだ。その瞬間、さらに押し上げられた谷間が倍増され破壊力を増す。


 ウオオオオオオッ! 落ち着け、落ち着け落ち着け! さっきはほんのちょっとだけ動揺したが、本来の俺はこんなことで動じる男ではない……。なんとしても童貞だと悟られないようにしなければならぬのだ。クールにキッスをしてこの場を乗り越えろ不比人よ! 


 意を決してカッと眼を見開いた俺は彼女の二の腕を掴んだ。


「ああんっ!」


 妖艶な声を上げたニーナは身体をくねらせ反らした。





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