第9話 あの娘は相馬カヤコ

 青葉チカゲはプロレス技のスキルを持っている、そう言われても違和感がないほど打点が高く身体の伸びた美しい横式ドロップキックだった。

 いったいどんな着地を見せてくれるのか、次はどんな技につなげてくれるのか、ドロップキック一つでこれだけワクワクさせてくれたのはダンジョンレスラー第一世代スカイハイ田所いらいだ。


 しかし、青葉のドロップキックは虚しく空を切った。

 

 クズパーティーの最後尾を歩いていた小男に避けられたのでは無く、三池さんが青葉のウェアの後ろ首に付いてる救出用の持ち手ストラップを掴んで止めたからだ。


「離して貰える?」

「いやー、まずスキルを解除していただかないと、さすがに立場上目の前でスキルを使用した冒険者同士の争いは放置出来ませんので」

「さっきみたいに見てみぬふりすれば良いじゃない、皆そうしてるでしょ」


 ネコのようにぶらりと吊り上げられた青葉は瞳に碧い光を灯し堂々としている。


「頭おかしいんじゃねーの」

「て言うか何でお前がキレてんだよ」


 クズパーティーの先頭を歩いていた軽薄な男が安全な位置からヤジを飛ばすと、それに乗っかった小男が喚く。


 青葉が男達を睨み何か言おうとした時、三池さんが遮った。


「あのお、別にあなた方の味方をしたいわけじゃ無いんで早く行ってくれませんか? 正直な話し私も愉快な気分じゃないので」


 突然辺りの温度が下がったような気がした、俺の4つ隣のキノコが悲鳴を上げず走り出し見渡せば所々キノコが逃げ出していた。

 三池さんは別に怒ってる風でも無く声も普通で真顔だ、だけどクズパーティーの連中は軒並み怯えたようにガタガタ歯を鳴らしたりその場に腰を抜かしてへたり込んでいる。


 殺気って本当にあるんだなー、他人事な俺はそんなことを考えおびえるクズどもを見て少し胸がすく思いだった。

 

 そんな俺の横を赤い何かが通りすぎる。


「あ、あのっ、や、止めてください」


 三池さんの前に立ちはだかり少しつっかえながらもクズパーティーの面々を庇ったのはお下げ髪の女子だった。


 頼りなく足を震わせそれでも小さな身体を精一杯ひろげ、強者三池さんから弱者自分を嗤った奴らを庇うお下げ髪の女子。

 俺は目の前の光景に彼女の名前を覚えていない事を後悔し、何より自分が恥ずかしくって仕方が無い。


 純粋に昔、俺はあんな風に優しいヒーローに憧れた。


 いつの間にか憧れから目をそらした自分の卑屈さを感じ、今まで詭弁だとか綺麗事だとかそう言う便利な言葉で斜に構えて怠けていた自分があまりにもちっぽけで、きっと彼女が恵まれた環境で育ったんだとか自分に向けられた殺気じゃないから動けたんだとかそんな嫉妬で出来たみっともない言い訳を探す自分を許したくない。


「あなたがそれでいいのなら」


 三池さんはそう言いながらチラリと青葉を見る、青葉の瞳からは碧いが失われていた。


「すいませんね、大人げない真似をして」


 青葉をおろしながら、三池さんはお下げ髪の女子に頭を下げた。


「あ、あんたギルド職員がこんなことしていいと思ってんのかよ!!」


 腰を抜かしていた軽薄な男がへたり込んだまま声を張りあげるが隣に居た女職員が男の腕を掴み引きずる。


「バカなんですか? 相手地獄の三池ですよ、その気になれば皆殺しですよ」


 女職員は焦った地声でそう言うと男を引きずり出口に急ぐ。


 地獄に仏じゃ無かったっけ?

 しかし、なーんで同じ職場なのにあの女初めあんなにイキってたんだ?


 俺が逃げゆく小物達を首をかしげて見送って居ると。


「すいません明松さんキノコ叩きの邪魔をして、この辺りはしばらく現れ無いと思うので草原エリアで何か倒しますか? 今日がキツいなら後日でも」


 三池さんがいつの間にか俺の背後に立っていて申し訳なさそうに謝罪と提案をしてくれた、さっきと同じような雰囲気なのにもう肌寒さは感じない。


 とりあえず。


「あ、さっきちょうどスキル取れたんで大丈夫です、ありがとうございます」

 

 ちょっと媚びた声で正直に答える。

 仏の三池さんから地獄を引き出さないように。


 そこからはダンジョンを出て、三池さんにこれから気をつけて頑張って的な事を業務的に長文で言われ受付にトンファーを返して解散となった。


 帰り道、俺は駐輪場に向かい同じく自転車で来た高林と一緒になる。


「なあ、あのお下げ髪の女子って何て名前だったけ」


 俺はイジられるのを覚悟で高林にそうたずねると。 


「お下げ髪?」


 まさかの所で高林は引っかかる。


「えーとほら三つ編みで両側から垂らしてて赤いジャージの」

「あー、あの勇敢な娘な、すごかったよな」


 どうやら高林も俺と同じ感想を抱いていたらしい。


「ああ、本当にすごかった」

「なかなかいねーよな、俺、三池さんまだ怖いもん。所であの時さあ青葉さんが」

「いやごめん高林、話し変わる前にあの娘の名前教えてくれ」

「え? もしかして明松あの娘のこと――」

「そう言うんじゃないって言っても意味ねえだろうけど、尊敬出来る人の名前ぐらいは覚えときたいんだよ」


 そりゃあ、男子が女子に興味持ったら誰でも恋愛を疑うだろうが本当にそんな理由じゃない。

 俺にとって彼女はもはや超えるべき目標、というより届く届かないでは無く自分が低きに流れないようにする戒めだ。


「うーん、明松って正直な奴だね」

「よく言われる、良くも悪くも」

「えーとな、あの娘の名前は」


 たっしか、きしまかそーま、と高林は歯切れ悪く答えた。


 俺は無言で自分の自転車を引きずり出す。


「ごめん、ごめんって、てかお前も覚えて無いんだから同罪じゃねーか」


「相馬 カヤコ」


 高林がうろたえていると、よく通るて言うか青葉の声がした。


「あの娘は相馬カヤコ」


 俺たちの隣を通りすぎながらそう言った青葉はそう言うと俺の自転車の隣にあった高そうなロードバイクに手を伸ばした。


「あのさ、青葉――」


 ただ、礼だけ言えば良いのに俺はなぜか青葉に話しかけた。


「私の名前は覚えてたの?」


 いたずらな笑みを浮かべる青葉に、一瞬怯みそうになったが俺は出来るだけ格好つけずに答える。


「う、うんまあ、教えてくれてありがとな。あと――」


 なぜか俺は言葉を続ける、用事も無ければ話題も無いのに。


「――ドロップキックかっこ良かった」


 口から出たのは自分でも意味のわからない本音だった。


「ぷっ、ははははは、ありがと明松くん。ばいばい」


 青葉は一瞬驚いた顔をしたかと思うと途端に吹き出してそう言って引きずり出したロードバイクに乗って小さく手を振り走り去っていく。

 

 高林と2人駐輪場に残された俺は、今の会話の自分の思春期加減を思い出し顔が赤く成りそうだった。


「なあ明松、青葉さん俺の名前も覚えてくれてるかな」


 しかし横の高林の思春期加減の方が強かったので気持ちを切り替えた。


 家が逆方向な高林と別れ自転車にのって帰る道すがら、俺は目の端で青葉を探していた。

 先に出ていたし早そうな自転車だったからと速度を上げたりしてる自分が無性に恥ずかしい、そもそも同じ道を帰っている訳でもないのに。


 多分いざという時動ける青葉みたいな人間が冒険者として成功するんだろう。

 俺は相馬さんみたいな他人のために動ける人に冒険者として成功して欲しい。

 案外足立が成功したら腹立つな、でもクズパーティーの奴らよりマシか、とかそんな事が頭を巡る。

 

 自分の命をかけてダンジョンに潜るのだから自分の未来こそ考えるべきだが。


「俺のスキル生産系なんだよなー」


 スキルは取得した時点で使い方が本能的に理解できる。

 俺がもらったスキルは武装作成、簡単に言えばダンジョンから獲れる資源で武器や防具を作るスキルだ。




 

 


 


 


 



 

 

 

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