第6話 ゴブリン以下の俺

 ゴブリンが三池さんに放り投げられて宙を舞っているとき、初めに頭に浮かんだのは三池さん腕力スゲーなレベル高いんだろうなとかそんな今どうでもいい事だった。


 次に頭に浮かんだのは。

 俺右利きなのに右手を前に出しちゃ駄目じゃね?

 て言うかトンファーの持ち手握って長い方を腕に沿わしてるけどこっからどうする?


「グゲギャッ」


 目の前の地面に叩き付けられたゴブリンが短い悲鳴を上げた時俺はまだ、トンファーの握りを長い方の端に持ち替えた所で準備も覚悟も出来ちゃ居なかった。


 だけど地面に伏して俺を見あげたゴブリンは俺を殺す目をしていた。


「うおおおおぉーー!!」


 俺は怯んで下がる代わりに雄叫びを上げながらゴブリンの鷲鼻を右爪先で蹴りあげていた。

 蹴り飛ばされ大の字で仰向けに倒れたゴブリンに駆け寄り、とにかくトンファーを振り下ろす。


「グギャッグギギ、ギャーグ」


 焦って距離感がつかめないのとトンファーの短さが相まって何度かかすったり空ぶったりするがどうにかダメージは与えられているが、いかんせんトンファーが軽いため決め手に欠ける。

 その上ゴブリンも無抵抗じゃない、俺が振りまわすトンファーを掴もうとしたり転がって逃げだそうとしたり生き残るために必死に知恵を使っているのが伝わってくる。


「グギャギャヤーーーー!!」

「ひっ、てっぶえ」


 突然の大声に怯み、土を投げつけられとっさに手を止め顔を背けてしまった。


 顔に付いた土を払った時、自分がどれ程悠長な事をしているかを自覚して慌ててゴブリンが居るはずの方向に目を向けた。

 するとゴブリンは逃げ出していた、俺に小さな背中を向けて振り返る事も無く一心不乱に走って行く。


 しかし、すさまじい風が吹き荒れる音がしてゴブリン踏むはずだった地面はえぐれゴブリンはえぐれた地面に足を取られ派手に転んだ。

 その場にいた殆どの人間は何があったか解らなかっただろうきっとゴブリンも同じだ、だけどゴブリンだけが生きるために必死だった。


 えぐれた地面を這ってゴブリンはなお逃げようとした、そこに人影が立ちはだかる。


 三池さんだ。


 三池さんはレインコートを脱いでシャツにネクタイ姿で腰に刀を差していた、ゴブリンにとってあの疲れた目の中年男性はどんな風に映ったのか、少なくともゴブリンは俺と三池さんを見比べて俺のほうに活路を見いだしたようだった。


「グギャーーーー!!」


 ゴブリンが雄叫びを上げこちらに走ってくる。


「うおおっ!!」


 俺も気圧されないように大声を出して迎え撃つ覚悟を決める。


 大声を出しても強くなる訳じゃないと漫画か映画で知ってはいるが少なくとも黙って居るより勇気が出る気がする、きっとゴブリンもそんな理由で叫んでる。


 「グギャッ」


 だけど行動を起こすとき一々叫ぶと対処されやすいな。

 ゴブリンは俺まであと数メートルの距離で隠し持っていた石を投げてきた、さっき土を投げられていた分焦らなかった俺は大きく石を避けその勢いのままトンファーをゴブリンに袈裟懸けに振り抜いた。


 当たったのはこめかみの辺りだろう、ゴブリンは殴られた衝撃で横倒しになり動かなくなった。


「スゲー、勝った」


 後ろからそんな声が聞こえた、俺は自分とゴブリンあと三池さん以外の存在を思い出し振り返ってガッツポーズをした。


 俺の頭の中ほどでゴッと鈍い音がして目の前に火花が散った。


 地面が起きあがってきて頬に草がチクチク刺さってきた。


「グッギャギャギャ」

 

 ゴブリンの機嫌の良さそうな声と鼻をつく獣臭さが俺に状況を理解させる、俺は今うつ伏せでゴブリンに組み敷かれている。


 何とか首をひねり状況を確認しようとするが見えるのは迫り来るゴブリンの緑色をした分厚い爪が付いた手だけ。


「ヒイイイイッ」


 俺は思わず悲鳴を上げ頭を両手で頭をかばった。


 だが特に何も起きなかった、気づけば背中からゴブリンの重さはなくなっていて。


「明松さん、明松さん、お疲れ様です」


 三池さんの落ち着いた声が聞こえてきた。


 俺が恐る恐る顔を上げるとゴブリンは来たときと同じように三池さんに首を掴まれていてゴキッっという音が鳴ったと思ったらゴブリンの身体から力が抜け青い光の粒に成って消えていた。


「ダンジョン内でモンスターを倒すとこういう感じで消えますんでそれまで気を抜かないでくださいね、佐々木くん明松さんの頭見てあげて」


 三池さんはそう言うと俺以外の新人達のほうに歩いていき入れ替わりに佐々木さんがやってきた。


 俺が立ちあがろうとすると。


「あー動かない方が良いですよ、頭に石当たったんですからそれも後頭部」

 

 佐々木さんはそう言うと俺の髪を掻き分けて傷口を見る。


「あー結構パックリ行ってますねちょっと回復かけるんでじっとしといてください」

「っつ」


 佐々木さんが俺の傷口に手を当てて、ヒールと小さく呟くと俺の後頭部全体が暖かくなるのを感じる。


「はい、これで大丈夫です」

「ありがとう、ございますってあれ」


 佐々木さんに礼を行って手を貸されながら立ちあがると三池さんも他の新人達も居なかった。


「あー、もう三池さんまたこういうことするー」

「こういうこと?」

「あー、三池さん的に戦いに負けた人間はあんま構うと傷つくって思ってるんですよ多分皆ゴブリンが怖くなってキノコ叩きに行ったんですよ」

「負け……」

「あー、いやスキルもレベルアップもないと皆あんなもんですって、むしろ善戦してましたよ。ほら送りますんで皆と合流しましょう」


 佐々木さんの気遣いがゴブリンに負けた俺の心に染みてくる。


「やって、行けるかなー」


 誰にも聞こえない声で俺はそうつぶやいた。


 







 




 


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