第19話 僕にできる精一杯

 朝、目が覚める。隣を見ると花はまだ眠っていた。そしてそれを見て昨日の出来事が夢じゃなかったと確認する。もう一度頭をなでると花は寝ぼけているのか俺の掌に頬ずりをした。

「やっべぇ……」

 これが付き合うということなのか。改めて考えるとすごいことだ。今後この人を呼ぶのに、見るのに、触れるのに何の理由もいらないのだ。『付き合っている』と言いうのはそれ程のことなんだと改めて思う。


「……兄貴、おはよう」

 呼び方が戻っている。まあ昨日は変なテンションだったのだろう。少しがっかりだが仕方ない。それに兄貴呼びにもいいものはあるしな。

「よう、しっかり眠れたか?」

「……おかげさまで。兄貴は眠れた?」

「どうだろうな、正直緊張と興奮で割と寝不足かも」

「そっか、実は私もそう。お揃いだね」

「お揃いね、そうだな」

「うん、兄貴もうご飯食べた?」

「まだ、一緒に食べるか?」

「うん、じゃあ準備するから待ってて……お兄ちゃん」

 そう爆弾を落とすと花は厨房に向かう。急なお兄ちゃん呼びにくらったが考えると付き合い始めて最初の手料理だ。少し緊張する。

 花のつくった料理はいつも通り、しかしいつもよりおいしかった。

「ご馳走様、今日もおいしかったよ」

「ありがと」

 花は嬉しそうだった。その顔を見て俺も少し嬉しくなった。

「花、昨日の話なんだが、やっぱり親には言った方が良いと思う、ただこれは花次第だ。花が少しでも言いたくないなら言わないし、もう少し待ちたいのなら待つ。花はどうしたい?」

「……私も言った方が良いと思う。もちろん怖いし、勇気もいるけど、できれば二人に隠し事したくないから。でも」

「ん?」

「二人の前に、報告したい人がいる。あの日、私の……いや多分、私たち背中を押してくれた人」



 花ちゃんから電話がきたのは朝の八時だった。『今日会えないか、兄貴とのことで伝えたいことがあるから会えないか』と。タイミングからしてあのことだろう、十時に近くの公園で待ち合わせらしい。

「これで失敗してたらどうしよう……」

 思えば僕が何度か聞いても千春は最後こそあれだが基本的に『恋愛感情はない』の一点張りだった。これで失敗してたらまるで僕のせいじゃないか。

「まあ流石にないか。あの二人のことだし、なんか声嬉しそうだったし」

 そう思いながら机の上の二つ写真を見る。一つ目は小学校の卒業式の写真。千春と二人で撮った写真。

 小学校のころ、僕の記憶ではすでに千春のことが好きだった。大好きだった。でもあいつの気持ちは僕には向いていなかった。いつも千春の隣には僕じゃなくて花ちゃんがいた。いつも千春の手を握っていた彼女が子供ながら羨ましかった。だから僕は少しでも千春に好かれようと僕は一生懸命花ちゃんの真似をした。できるだけ女の子らしくして、髪の毛をのばした。字の書き方に歩き方、挙句の果てには使っている筆箱まで。とにかくできることはすべて真似した。

 それでも千春からの矢印は僕に向くことは無かったが、諦めきれず真似し続けた。いつか僕に振り向いてくれるかもしれないという、あまりに幼稚な夢にすがって。

 そうする間に中学に上がった。最初こそ学校で花ちゃんと会えなくなる分チャンスが増えると思って喜んだ。でもその考えは浅はかだった。

 実際にチャンスは増えた、それも予想以上に。なぜならそのあたりから花ちゃんが千春にキツく当たるようになったんだから。

 千春は『反抗期だ』と言っていたが誰よりも花ちゃんを観察していた私にはわかった。

 花ちゃんは【好き】という気持ちが溢れてしまったときに千春にどれだけ迷惑が掛かると考え、その心に蓋をしたのである。

 彼女は自分の恋心よりも相手の気持ちを考える。それを知った時、僕は自分がいかに醜く、独りよがりで、自分勝手だったんだろうと思った。そしてそれと同時に身に染みて理解した。

 『』と。

 僕は花ちゃんのことを尊敬し、今までの自分を心から恥じた。上辺だけをなぞって真似した気になってた、千春が振り向いてくれるなどと思っていた自分に。

 それからの僕は早かった。あれだけ伸ばした髪を切り、バレーを始め、一人称まで変えた。

 今までの僕を塗り替えるように、染め変えられるように。

 千春の恋人ではなく、友人になれるように。花ちゃんに胸を張って会えるように。

「さて、そろそろ行こっかな。僕の青春を終わらせに」

 手に持っていた写真立てを下向きに置き、僕は家を出た。


 公園に着いたが花ちゃんの姿は見えない。

「まずった、ちょっと早く来すぎたかな」

 思えば腕時計どころかケータイすら持たずに出てきたから今の時間が一切わからない。

「今何時なんだろ、流石にケータイくらいは持ってくればよかったな……」

 あんな悟ったような感じを出しておいて少し慌ててたのかも知れない、来るまでには落ち着かなくては。

「あ~でも伝えたいことってなんだろうな~、悪い話じゃないって分かってても緊張するなぁ」

 目をつぶって悶々と考える。いや、どんな結末になろうとあの二人を応援するって決めたんだ、ここは堂々と……でも万一を考えるとやっぱり不安だ!


「あれ鶫さん? まだ九時半なのに早くないですか?」

 背後から声がした。

 ……来た。心の中で深呼吸をし、ゆっくりと答える。

「いや、やることなかったから早めに来ちゃってさ。それで花ちゃん、伝えたいことっていうのは……」

 言いながら振り返ると恥ずかしそうに、でも堂々と手をつないでいる二人の姿が、そこにはあった。

 

「悪いな鶫、こんな時間に呼び出しちまって」

「……うん、それは大丈夫。もともと起きてたし。そんなことより……話ってのは? 僕何も聞かされてないよ」

 そんなものは聞かなくてもわかる。でも、それでも僕は二人の口から聞きたい。はっきりと言葉にして終わらせたい。

「ああ、俺と花は……付き合うことになった」

「……そっかぁ、おめでと。いつからなの?」

 笑え、笑えよ。僕。

「昨日から。まず誰よりも先に伝えないとって花と話し合って、伝えてる」

「一番にか、そりゃ嬉しいな」

 多分花ちゃんだ。どこまで律儀なんだこの子は。

「あの!一昨日鶫さんが言ってくれたおかげで兄貴に思いを言うことができたんです。だから……ありがとうございます!」

 花ちゃんは僕に向かって頭を下げる。『ありがとう』だなんてどう見てもこっちのセリフなのに。

「お礼なんてよしてくれよ!僕自身のために言ったみたいなこともあるしさ! ほんとおめでと!」

 そう言って花ちゃんに近づき、背中を叩く。

「……鶫、そんな喜んでくれるとなんつーか嬉しいわ。正直引かれても可笑しくない内容だったから」

「引いたりなんかしないよ! 僕だってずっと見てきたんだし、気づいてないかもだけど応援してたんだぜ?」

「そっか、じゃあ感謝しないとだな」

「それに何年一緒に居たと思ってるんだ、ぶっちゃけ今更だよ」

 できるだけの笑顔で答える、このハリボテみたいな笑顔で。このメッキがはがれてしまったらどんな表情になってしまうのか僕にもわからないから。

 僕の青春はこの二人とともにあったといっても過言ではない。そんな二人が晴れて結ばれる。実に素晴らしいことじゃないか。ようやくこの歪な関係にピリオドを打てる。ようやく堂々と君たちと話すことができる。ようやく……。

「……あれ、おかしいな。なんで泣いてるんだろ」

「え、鶫そんな喜んでくれ」

 花ちゃんが千春の言葉を塞いで僕に一歩近づく。

「鶫さん!私、その、どうしても伝えたくて! いい気はしないってわかってたんですけど伝えなきゃって思っちゃって!だから……ごめ」

「ストップ、謝らないでよ。何にも悪いことしてないんだから謝る必要ないよ。言っとくけど僕は君が伝えてくれてすっごくすっごく嬉しかったんだからな!隠されるより何十倍もうれしいさ」

「でも」

「違う、違うんだよ。これはそんなんじゃない。諦めはとっくについてたんだ、だからこの涙はそれじゃない」

「え、さっきから何の話」

「兄貴は黙ってて!」

「ハイ!」

「いや、いいんだよ。せっかく二人で来てくれたのに話し込んじゃって悪かったね」

「まあ話し込むのは全然いいんだけどな。花と仲いいのは嬉しいし」

「……そっか。ねえ、二人にお願いがあるんだけどいいかな?」

「ん?おう、難しいことじゃなければ」

「じゃあそこに二人で立って、横並びで」

 そう言って二人を並ばせて、僕は五歩ほど後ろに下がる。

「こんな感じか?」

「う~ん、もうちょい近づいて……そうそうそんくらい。じゃあじっとしててね」

 そういってその場で二~三度ジャンプし、二人の中心に走りこむ。

「え、鶫さん何を」

 そのまま二人に飛びつき、地面に倒れこむ。

 僕は二人を強く抱きしめ、未だ涙の止まらない顔を上げ、言葉を発する。

「二人とも大好きだ!」

 言った後照れ隠しの意も込めて抱きしめる力を強くする。すると花ちゃんは抱き着き返し、千春は僕の背中を軽くたたいた。

「君らの関係は知らない人から見たら非難を浴びるものなのかもしれない、でも僕から言わしてもらえば君ら程互いを思いあってる二人はそういない。断言してやる」

「いいか二人とも、絶対幸せになれよ! もしダメだったら許さないからな!」

「はい!」

「応」

 花ちゃんは僕につられてか泣いている。千春にはなんで僕がこんなに泣いているかわからないだろう、でもそれでいい。一生わからないでいてくれ。そうでなければ僕の青春の意味が無くなってしまう。

 この2人が幸せになってくれて本当に嬉しい。一番好きになった人と一番尊敬した人。千春を追いかけていた僕の青春は気づけば二人を追いかけ、今となっては二人を応援することこそが僕にとっての青春になっていた。

 でも、だからこそこれで終わりなんだ。僕はぐちゃぐちゃの笑顔で精一杯二人を抱きしめる。

 これが僕にできる、精一杯の祝福だ。


「今日はありがとうな」

「こちらこそだよ!教えてくれてありがとね。当たり前だけど絶対誰にも言わないから」

「……ああ、でもそこは信用してる。だから言ったってところもあるし」

「じゃあその信用を裏切るわけにはいかないな、確実に墓場まで持っていくから安心してくれ」

「はは、頼むわ。じゃあまた明日学校で」

「うん、また明日ね」

 そう言って二人と別れる。泣いてしまったのは想定外だったがちゃんと心から祝福で来ていただろうか、できていたと信じたいな。

「ああ、ようやく終わったんだな、僕の青春は」

 また溢れてきて止まらない涙を袖で拭い、色々なことを思い出す、まるで走馬灯のように。それはとても素晴らしい思い出で何ひとつの後悔もない。ただ一つ文句をつけるとするなら二人が兄妹だと言うことくらいだ。もちろん兄妹だからこその美しさなのはわかっている。だがそれでも誰からも避難されないカップルには絶対になれない。

 でもだからこそ僕は応援するんだ、すると決めたんだ。味方の居ない恋の味方になるんだ。

 それが僕にできる唯一の恩返しだったんだから。

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