第18話 次は恋人として

 帰りの電車はすいていた。俺は花と並んで座っていた。

「……今日は楽しかったか?」

「うん、また来ようね」

「ああ、そうだな。また来よう。今度は兄妹としてじゃなくてな」

 遊園地から花とは手をつないだままだ。放したくなかった。この手は今や俺の彼女の手なのだ。放すわけにはいかなかった。

 すると握っている手の力がだんだんと弱くなっていくのを感じた。

「花? どうした」

 聞こうとして横を見ると花は寝そうになっていた。まあ今日一日遊び倒して最後にあれだけ泣いたのだ。相当疲れてるだろうし眠くなるのも仕方がない。仕方がないが問題はそこではない。

「おい花寝るな! 寝たら起きれなくなるぞ!」

「うゆ……寝てなんか……にゃいぉ……」

「完っ全に寝に入ってるじゃねえか!」

 ……まあいいか、今や俺がおぶって帰るのに何の言い訳もいらない。

 そんなことを考えているとついに落ちたのかコテっと俺の方に寄りかかり、眠ってしまった。


 当然のごとく駅についても花は起きず。俺は当たり前のように花を持ち上げ、背中におぶさった。幸いにも駅員さんは前回と同じ人だったのでスムーズに出ることができた。

 それにしてもこの背中で眠っている美少女が今や俺の彼女なのである。我ながらこんなに幸せでいいのだろうか。きっと俺の前世は相当徳を積んだに違いない。ありがとう俺の前世、と頭の中で土下座を繰り返す。ただ本当に花は可愛い。顔がだけじゃない。性格が、しぐさが、行動が、言動が、声が、料理が、名前が、指が、髪が、すべてが可愛くいとおしい。そう思えるほど花のことを愛している。今思うとよく『好きとは違う』なんて言えたものだ。我ながら無理がある。正直色々と問題はあるのはわかってる。

 ただ一つだけ言えることは、今の俺たちは、確実に幸せの中にいると言うことだ。


 寝ぼけまくってる花を部屋に運び、ベッドに寝かしつける。花は寂しそうに俺の名前を呼んだが、俺にはやることがあるので花が完全に眠るまで手を握ってることくらいしかできなかった。


 花が眠りから覚め、リビングに戻ってきた。

「よう、よく眠れたか?」

「……まあ、おかげさまで」

「……そうか、ならよかった」

 …………。

「兄貴!」

「ハイ!」

 花が急に大きな声を出すのでつい返事も大きくなる。

「今日はどこへ行きましたか?」

「は?遊園地だろ。何言って……」

「だよね。私たち、その~~付き合ってるんだよね? 夢じゃないよね? 観覧車で告白してくれたよね?」

「ああ、した。そして付き合ってる」

 そう答えると花は下を向き、小声で呟く。

「……じゃあもういいよね、好きにしていいよね」

「おい何ぶつぶつ言ってんだ?よく聞き取れないんだが」


「お兄ちゃん大好き!」


 そう言って花はソファーに座る俺に抱き着いてきた。

「ちょ、お前急に……」

「大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好きだ大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好きだ大好き大好き大好き大好き大好き大好き‼‼」

「落ち着け落ち着け!お前いきなりすぎるんだよ」

「お兄ちゃん、私のこと好き?」

「そりゃ好きだけど……」

「私も!」

 そう言いながら花はさらに強く抱きしめてくる。うれしい。とてもうれしいんだけどなんか暴走しすぎじゃないか妹よ。

「わかったからホントにどうした花、兄ちゃんさすがに急な変化すぎて脳が追い付けてない」

「だって今までずっっっっと我慢してたんだよ? お兄ちゃんが可愛いって言ってくれた時も部屋で話した時も一緒に帰る時もずっと我慢してたんだよこれくらいはいいじゃん許してよ!」

「許す許さないじゃないんだよ、落ち着いてくれ」

「むーー、わかった」

 花はしぶしぶ離れる。と言っても手を握ったまま隣に座っているが。

「落ち着いて状況を整理しよう。まず晴れて俺と花は付き合えたわけなんだが、問題は山積みだ。」

 話し始めるとさすがの花も少し真剣な表情になる。

「まず地味に大事なことだと思うんだが……このこと親に伝えるか?」

「……どうしよ、考えてなかった」

「実の息子と娘が付き合ったなんて少なからずショックを受けるだろうから今すぐ言わない方がいいと思う半面、早めに打ち明けて前向きに考えてもらった方がいいんじゃないかとも考えてる。まあ二人が何と言おうが別れる気はないがね」

「私も絶対別れない、別れるくらいなら死ぬ」

「そういう物騒なこと言わないでくれ。まあ俺の意見としてはいつかは伝えた方がいいとは思うがすぐじゃなくてもいいと思う。花は?」

「……私はすぐ伝えた方が良いと思うな。お母さんもお父さんもそれで私たちを軽蔑するとは思えないし、何より隠してばれるよりは自分から言った方がいいと思う」

「そう言われるとそうかもな、まあとりあえず今日はもう遅いし寝よう。親に話すかはまた明日考えよう」

「わかった、ちなみに一緒に寝ちゃ……」

「ダメです、まだ早いです。というかウチに二人用のベッド無いです」

「お兄ちゃんのベッドなら入れるでしょ!お願い今日だけだから!だめ?」

 花は上目使いで聞いてくる。こいつ、俺が断れないの知ってて言ってやがる。だがそういうところも好きだ。

「わかったよ、今日だけだからな。あとで枕を俺の部屋にもってこい」

「本当!?わかった!じゃあ早速持っていくね!」

 そう言って花は自分の部屋に走っていく。何も今行かなくてもいいのに。どんだけうれしいんだよ。


 夕飯を食べ、歯も磨いて、いよいよ就寝の時間がやってきた。

「花~もう寝るぞ、ホントに俺の部屋で寝るのか?」

「うん、早く行こうよ」

 花は俺の手を引き部屋に引き込む。思えば今日俺は花に手を引かれてばっかりだ。

「お兄ちゃんの匂いがする」

 花は部屋に入るなり物騒なことを言い始める。

「俺のにおいって、そんなするか?」

「するよ!私この匂い好きだもん」

 とんでもないことを言いおった。まあ俺もさっき花の部屋に入ったときにいい匂いいしたし同じ感じなのだろうか。

「じゃあ早速寝ようよ!」

「ちょっと待てその前に渡したいものがある」

 そう言って俺はあるものを取り出す。あの日クレーンゲームで取り、渡せなかったあの“もちねこ”クッションだった。

「これ、花にあげるよ。本当はもっと早くあげたかったんだが」

「ホント? お兄ちゃん私がこれ好きって覚えててくれたんだ」

 花はクッションを受け取るとギュッと抱きしめて俺の方を見る。

「俺が花のことでなんか忘れるわけないだろ」

「そっか、うれしい! ありがと!」

 そう言って花は俺に抱き着いてくる。ここまで喜んでくれるとは頑張って取ったかいがあったというものだ。

「それじゃあ今から寝ていくわけですが……寝れる?」

「わかんない」

 花はさっき少し寝てしまったし今の一件で少し興奮してしまっているためあまり眠くないようだ。

「じゃあ少し話そうか、寒いし布団入ろうぜ」

「うん!」

 そう言うと花は俺の隣に寝転がり、そのまま話し始める。

「お兄ちゃん、好き」

「はいはい、俺も好きだよ」

「知ってる! けど私のが好き」

「俺のが好きだよ、ってキリないなこれ」

「……お兄ちゃん、ありがと」

「何がだ?」

「全部」

「全部って、いきなりどうした」

「私お兄ちゃんがお兄ちゃんでよかった、だからありがと」

「俺も花が妹でよかったよ。ありがとうな」

「にへへ……アリガト、大好き」

 ……なんだこの幸せな空間は、頭がどうにかなりそうだ。

「……そろそろ寝よう、もういい時間だし、花もいい加減眠くなってきたろ」

「眠くないもん、まだお話すゆ……」

 そういうが花は少し眠たそうだし実際俺も眠い。

「じゃあ俺が眠いから寝る。話すのはまた明日な、おやすみ」

 そう言って目をつぶる。というかあのまま話してたら俺の理性も危うかっただろうし、仕方ないことだ。それにしても花の様子は少しおかしい。いやうれしいんだけども、さすがにくっつきすぎじゃないか? 今だって俺に抱き着きながら寝てるし、スルーしてたけど呼び方も変わってるし。まあ花もずっと我慢していたのだろう、だったらこの反応も妥当なのか? まあ今日くらいいいだろう。俺だって浮かれている。浮かれていなかったら一緒に寝るなんてことしないだろうし、こうやって黙って抱きしめさせるかもわからないから。

 まあ前向きに考えよう。思い人と相思相愛で初デートで付き合えて、そして今一緒のベッドで寝ている。これ以上の幸せがあるだろうか。もちろんいろいろな問題もある。両親にいつ話すか、両親以外には?これから花にどう接すればいいのか、家では?学校では

 まあそういうのはまとめて明日考えよう。今はこの幸せを胸に秘めながらゆっくり寝るとしよう。

 隣を見ると花はすでに寝息を立てている。俺は花の頭をなで、そのまま唇に触る。なんて愛らしいのだろう、なんていとおしいのだろう。この人を二度と悲しませない、泣かせない、ずっと笑顔でいてもらいたい。そう胸に刻みながら、俺は眠りについた。

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