第16話 大切なことを

 人間と言うのは不思議なもので絶対に眠れないと思っても寝てしまうものだ。今日も流石にすぐ眠るという訳には行かなかったが、結局眠ることが出来た。

 服を着替えてリビングに下りる。

「……おはよー」

 花はリビングにいなかった。まあ駅で集合してる時点ですでにこの家には居ないのだろう。というか今日に限っては居なくて良かったとまで思う。もしい居たら緊張でろくに行動出来なかっただろう。

「だけど実際花と会って話せるのか?」

 いくら周りから鈍いと言われている俺でも流石に分かる。花は俺に大切なことを伝えようとしている。じゃなければわざわざ置き手紙までして俺を呼び出す必要が無い。

「やっぱりここ一週間のことか?まあ少なくとも呼び出すってことは悪い知らせでは無いはず……だといいんだが」

 だがもう覚悟を決めるしかない。花は来たくなければ来なくていいと言ったがハナからそんな選択肢は存在しない。

「じゃあそろそろ出発するか。花も待ってるだろうし」

 うちから駅までは歩いて約十分。今出れば充分間に合うだろう。と思い、少し早めに家を出た。


 時間的には少し早めについたが、いかんせんどこにも花がいない。まあ俺よりもだいぶ早く家を出ただろうし、どこかで時間をつぶしてるのだろう。

「とりあえず九時まで待って、それでも来なかったら電話するか……」

 そう思いどこか座れるところがないか探していると、奥の自動販売機の前に花らしき人が見えた。

 自動販売機に近づくと花は俺の気配に気づいたらしく、こちらを振り向く。

「あ、兄貴!早いね。まだ九時まで少しあるのに……」

 思っていた反応と違い拍子抜けしたが、正直安心した。

「まあ遅れたらまずいと思ったからな、少し早めに家を出た」

「そっか、まあ早い分にはいいよね」

 そう言う花は普段と少し違った。何と言うかいつもより女の子っぽい服装で、何と言うか……

「……可愛いな」

「ブッ!い、いきなり何言ってんの!」

「悪い悪い!声に出すつもりはなかったんだ」

 焦って弁明したがむしろ墓穴を掘ってる気がする。

「もう、ホント兄貴はその辺ゆるいんだから……」


 気まずくなったので露骨に話題をそらす。

「そ、それで、わざわざ呼び出すってことは何かあるんだろ? どうしたんだ?」

「そ、それは――――――とりあえず目的地についてからで」

「目的地?まあ駅ってことはそりゃそうか。それでどこに行くんだ?」

「それはついてからのお楽しみ!」


 今日の花はいつもより生き生きしている。本当に花はつかめない。反抗期かと思ったら話せるようになって、仲良くできてると思ったら露骨に避けられて、話せなくなったと思ったらこうして一緒に出かけることになっている。よくわからなくはあるがそういうところもまた可愛いと感じてしまう。

「そうか、そいつは楽しみだな、電車で行くのか?」

「そうだよ、なんのために駅まで来たと思ってるのさ。兄貴が早く来たおかげで1本早い電車に乗れそうだし、もう行こっか」

 そう言って花はホームに向かって歩き始める。

「ちょっと先行くなよ! 俺目的地知らないんだからよ!」


 休日の午前中ということもあってそこそこ電車は混んでいたがギリギリ座れそうだ。

「そこ座れそうだけどどうする?」

「兄貴が座るなら座る」

「じゃあ座りますよ」

 そう言って座席に座る。少し狭いが何とか座ることができた。

「思ったより狭いな、大丈夫か?」

「うん、平気」

「少し混んできたな……花、あとどのくらいで降りるんだ?」

「まだもう少しかかる、具体的には五つくらい」

「そうか、まあそんくらいなら大丈夫だろ」

 言ってるうちに駅に着いた、残り四駅だ。このペースならそこまでかからないだろう。と思いながら開くドアを見ると一人の女の人が入ってきた。お腹が少し膨れている、おそらく妊婦だろう。周りを見渡すが優先席含めて席は空いてなさそうだった。

「すみません、席変わりましょうか?」

 そう尋ねると妊婦さんはこちらを振り向いて答える。

「あら、ありがとうございます。大丈夫ですか?」

「平気ですよ、もうすぐ降りますので」

 そう言いながら席を立つ。すると妊婦さんは少し申し訳なさそうに席に座った。

「すみませんわざわざ……」

「別に当然ですよ、頑張ってくださいね」

 目の前に立っていたら気になると思い、少し離れる。

 すると花も一緒に立ち上がり、隣に来た。

「別に花は立たなくてもよかったと思うんだが」

「兄貴降りる駅わからないんだから一緒にいなきゃダメでしょ。それにあの人も広い方がいいだろうしさ」

「それもそうだな、ありがと」

「別に感謝されるようなことじゃない、もとはといえば私が行き先を教えなかったのが悪いんだし当然のこと」

「そうか、ってお前さっきからなにしてるんだ? つり革掴めよ」

 花はさっきからつり革を掴まずに仁王立ちをしている。さすがに人と当たるほど混んでるわけではないがそれでも迷惑だろう。

「掴みたくても背伸びしなきゃしっかりつかめないからきついの!」

 そうか、花の身長じゃ地味に届かないのか。

「だったらなおさら立たなくてよかっただろ。もしくは座席近くのつり革に掴まるとか、 手すりにつかまるとか色々あるだろ。なんで仁王立ちなんだよ」

「それはなんか負けた気がするから嫌だ」

「なにに対して負けるんだよ、周りに迷惑だからやめなさい」

「じゃあどうすりゃいいんだよ、このままじゃ不安定だ」

「ドアによっかかる……のはもう先客がいるか、じゃあもう俺につかまってろ」

「えぇ~、なんか恥ずかしくない?」

「仁王立ちよりか百倍マシだっつーの、それとも嫌か?」

「まあそこまで言うならつかまってあげてもいいけど?」

 そう言って花は俺の腕をつかんできた。というより若干抱き着くレベルに掴んできた。

「……別にそんながっつり掴まなくていいだろ、バッグ掴むとかでよ」

 ちなみに平静を装っているが実際は心臓バックバクである。

「あっそ、じゃあそうするよ」

 そう言って花は掴み方を変える。なんだか損をした気持ちだ。

 そうこうしてる内に目的の駅までついた。……いやちょっと待て、この駅見覚えがあるぞ、昔家族で来たような……

 花は俺の隣を歩きながら話し始める。

「さて兄貴、ようやく到着したわけだけど、ここがどこかわかる?」

「見覚えはある、昔家族で来たことがあるだろ」

「正解、じゃあもうわかるかな?」

 だんだんと目的地が見えてきた。そして俺の記憶は間違っていなかった。

「ここって……」

 そこに見えたのはデカい看板、よくわからんマスコットキャラクターの着ぐるみ、その奥にはさらにデカい観覧車。

「何年ぶりだよ、遊園地なんて来るの」

「兄貴気づくの遅すぎ、ちなみにたぶん七年ぶり」

「だよな、だって俺が最後に来たのは小学生の時……ってそれはどうでもいい! なんで遊園地なんだ!?」

「それはね兄貴、私は兄貴にお願いがあるんだ」

「お願い?それがここに関係してるのか?」

そう聞くと花はうなずき、俺の前に来る。

「私のお願いは、その…………私と、今日一日デートして」

「……は?」

「だから、今日一日私とデートしてって言ってるの! 恥ずかしいんだから何回も言わせないでよ!」

「聞き取れてるから、聞き取れてるからこその『は?』なんだよ! なんで急にデートなんだよ!」

「大した理由なんかないよ、ただしたいからするだけ。兄貴は嫌?」

「別に嫌なんかじゃ……ないけど、ってことはまさかわざわざ家からじゃなく駅集合にしたのって」

「その通り!そのほうがデートっぽいと思って」

「なんだそれ、まあそういうことならわかった、デートしてやろうじゃねえの」

「じゃあ決まり!早速行こっか」

「行こうって、まだチケット買ってないだろ……うわ、結構並んでるな……」

「大丈夫、昨日ネットで買っといた」

「準備万端すぎるんだよ! ってかいくらしたんだよ」

「別に大丈夫だから、私が勝手にしたことなんだしそれは私が……」

「アホ抜かせ、これはデートなんだろ? だったら男に払わせろよ。いくらなんだ?」

「……4600円」

「わりとすんな、一万でいいか?」

「いやなんで私の分も払ってんのさ」

「当たり前だろ、さっきも言ったがデートなんだろ? 金は一~二年の時にバイトして溜まってるから気にすんな」

「……アリガト」

 そう言って花はしぶしぶ万札を受け取る。

「じゃあこのお金はここで使います!」

「そうか、じゃあそうしてくれ。けど無理して使わなくてもいいんだからな?」

「わかってるって! じゃあ早く行こうよ!」

 そう言って花は俺の手を掴み、走り出す。

「ちょっ!」

「なに、いくら早く来たとはいえ急ぐに越したことは無いんだよ?」

「わかってるから」

「わかってるなら早く!」

 花はそう言いながら俺の手を引っ張る。

「そこじゃなくて、なんで手掴んでるんだよ」

「……だって今日はデートなんだよ?デートなんだから手ぐらいつなごうよ!」

 花は照れくさそうに答える。なんだこの可愛い生き物は。

「わかったよ、じゃあさっさと行くぞ」

 そう言って花の手を握り返す。その手は小さくてやわらかくて、俺と同じ人間とは思えないほど可愛かった。

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