第15話 千春と鶫

 部長と別れて教室に戻ったが鶫は居なかった。クラスメイトの話によると一年生に呼び出されてさっき出て行ったらしい。

「一年生って誰だよ、部活の後輩か? だったらやべえな、俺にはどこに行ったか見当もつかない。そもそも後輩に呼び出されたっていうのは建前で俺を避けてるって可能性もあるしな……」

 いつまでも教室で待ってるわけにもいかないし、とりあえず可能性のあるところ片っ端から当たるしか無ぇか。

 そう思い立って教室を出る。部活の後輩の可能性が高いしとりあえず部活棟に行くか。

 部室棟は校舎の反対側なので、渡り廊下を渡り、その先にある階段を上る。

 確かバレー部の部室棟は二階上だったはずだ。一年の時にさんざん愚痴られたのを覚えてる。

 とりあえず一階上る。相変わらずの運動不足故もう息が切れかかっている。我ながら情けねえな、と思いながらも階段を上り踊り場に出ると、

 ちょうど階段をおりていた鶫がいた。

「「あっ!」」

 向こうも驚いたらしく声が被る。だが驚いている場合ではない。俺には言わなきゃいけないことがある。こいつの気持ちを踏みにじったことに対する言葉が。

「「さっきはごめん!」すまなかった!」

「は?なんでお前が謝るんだよ」

「そっちこそ、もとはといえば僕が悪いんだから君が謝る必要なんて」

「何言ってんだよ!俺が自分のことしか考えないで鶫の気持ちを踏みにじったから!」

「違うって!僕が君の気持ちを無視して自分の感情だけで突っ走ったからだ!」

 …………

「ふっ」

「おい……何笑ってんだよ」

「だって! 君が、僕と同じこと言うから」

「言ってないだろ、ていうか俺のが先に言ったし」

「うるさいな、細かいことはいいの! もう、せっかく覚悟を決めてたのに」

「それはこっちのセリフだっつーの」

「まったくもう……じゃあ改めて、ごめん。君の気持ちを考えないで」

「ごめんな。お前がどう思うかを考えられなくて」

「じゃあこれで仲直りってことでいいのかな?」

「いいんじゃねえの? 少なくとも俺はそう思うししたいと思ってる」

「ならよかった……正直絶交するところまで考えてたから、ホントによかった……」

「ホントにな、ってお前目赤いぞ、大丈夫か?」

「うるさいな~、そういう君だって少し赤いからな、君も結構泣いたんだろ」

「……そうだよ」

「まあ僕もあの後結構泣いちゃったからおあいこだよ」

「……俺が泣いてたこと誰にも言うんじゃねえぞ」

「わかってるって」

 そう言いながら鶫は俺の背中をたたく。この日常がなくなってしまっていたかもしれないと考えるとあの二人には感謝してもしきれない。

「……じゃあ教室もどろっか、君どうせ午前中の授業ほとんど飛んだでしょ。テストあったポイし絶対後で先生に怒られるよ」

「まあそんくらいは覚悟の上だ、追加課題でも補習でも何でもやってやるさ。ところで『どうせ』ってことはお前も飛んだな?」

「バレた? まあ二人で補修頑張ろうぜ。こっそり教えてやろうか?」

「いやそういうわけには……いや、助かる。ありがとな」

「にへへ、じゃあ教室へしゅっぱ~つ! 僕らが一緒に行ったらみんな驚くかな?」

「そりゃ驚くんじゃねえの。朝あそこまで喧嘩になって授業飛んだんだし」

「そっか、そいつは楽しみだね!」

「俺は憂鬱だっつーの……」


 案の定二人仲良く帰ってきた俺らへの反応は驚きが多かった。

 それはあまり目立つのが得意でないな俺にとっては大問題だったが、少しすると注目は鶫の方に集中したため事なきを得た。

 そして放課後、いつものように帰り支度をしていると鶫が話しかけてきた。

「……今日、一緒に帰れる?」

「いいけど、部活はいいのか?」

「……うん、今日は休みなんだ」

「じゃあ帰るか、ちょっと待っててくれ、今準備終わらせるから」

 そう言って俺は荷物を適当に鞄にしまい、準備を終わらせる。

「準備終わったぞ」

「そう、じゃあ行こっか」

 そして帰り道、昼の一軒もあり少し気まずい。鶫は俺の隣を歩いているがさっきから会話はない。

 すると鶫が口を開いた。

「さっきさ、君が探しに来てくれてうれしかったんだ、正直逃げられても仕方ないって思ってたから」

「そうかよ、でも俺だって嬉しかった、俺を見つけた時、目線をそらされないでまっすぐ俺のこと見てくれただろ。あれで安心できたんだから」

「じゃあお互い様だねなんというか喧嘩して、泣いて、探して、安心して。似た者同士だよね、僕らって」

「……そうかもな」

 実際似ていると思う、似ているからこそ気が合うし、今日みたいな理由で喧嘩になったのだろう。俺も鶫も、人のことになると周りが見えなくなってしまうから。

 電車を降りて駅から出、少し歩いた。

「じゃあ僕こっちだから、またね」

「おう、またな」

「……最後に1つだけ聞いていい?」

「なんだ?」

「先週吉野に行ったときに花ちゃんのこと好きかどうか聞いたの覚えてる?」

「覚えてるよ、それがどうした?」

「あれって本当なの?」

「……どういう意味だ?」

「そのまんまの意味さ。本当にこれっぽっちも恋愛感情を持っていないのか、それとも自分に言い聞かせてるだけなのか。教えてほしい」

「……本当だよ、第一実の妹に恋愛感情なんて」

「千春、本当にそれでいいのか? そうやって自分に嘘ついていいのか?」

「噓なんてついてねえ、第一実の兄貴から好かれたりなんかしたら花だって迷惑だろ、前も言った通り俺は花が嫌がることをしたくないんだよ」

「花ちゃんがどう思うかなんて聞いてない、君がどう思ってるかだ。もちろん言いたくないってんなら教えてくれなくてもかまわない。君がその辺を諦めてるように見えたから、聞きたかっただけなんだよ」

 いつもだったら阿保らしいと一蹴して家に帰るだろう。しかし今日は鶫とひと悶着あったからか、いつもとは違った。

「……今から俺が言うこと、誰にも言わないって誓えるか?」

「うん」

「……正直、俺にもわからねえ。花のことが大切なのはわかってるんだ。これは天地が返っても揺るがねぇ。ただそれが家族愛なのか、恋愛感情なのか、それともただの自己満の庇護欲なのか、わからねえ」

「……そっか、教えてくれてありがとね。けど少なくとも僕が言えるのは君のその感情は自分勝手な薄っぺらい感情なんかじゃなく、本物ってことだ。僕が君たちのことを見てきた感想だよ」

「そうか、ありがとよ」

「言いたいことはそれだけさ、じゃあまた月曜日、元気でな」

「おう、またな」

 鶫と別れ、家に着く。冷静に考えるとこっちの問題は何も解決してないんだよな。けど鶫と話して少しだけわかった気がする。俺にできることを精一杯やって、花と話したい。これは花がどうこうじゃなく、俺個人の気持ちだ。

「ただいま」

 わかっていたが返事はない。だが明日は土曜日だ、時間はたくさんあるし明日しっかり話し合おう。そう思いながら着替えているとふと机の上に神が置いてあることに気づく。

「なんだこれ、置手紙か?」

 状況からして花から俺へだろう。どんな内容だろうと大丈夫なように覚悟を決め、手紙を読む。


兄貴へ

 今日は疲れたので先に寝ます。夜ご飯は冷蔵庫に入れてあるのでレンジで温めて食べてください。

 それと明日午前9時に駅前に来て。

 話したいことがあります、嫌なら来なくても大丈夫です。

 もしも来てくれるなら動きやすい服で来てください。

 おやすみなさい。

花より


 ……理由はよくわからないがチャンスじゃないか。どっちみち明日は花と話すって決めてたわけだし、それの場所が家から外に変わったくらいで何も変わることはないじゃないか、大丈夫だ大丈夫だ大丈夫だ大丈夫だ大丈夫だ!

 ……今日、眠れるかな?

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