第14話 千春と花ちゃん

 ちょうどそのころ、小日向鶫は昼食も食べずに考えていた。自分の行動を、自分の失態を。

 千春の様子がおかしいことに気づいたのはちょうど一週間前だった。

 おはようの返しおかしかった、あいつは『考え事をしてるだけ』と言った。

 それからもそんな日が続いた。千春は日に日に元気がなくなっていった。目の下にもクマができるようになったし、一回話しかけただけじゃ反応しないことも増えた。

 それがたまらなく心配で……結果、出しゃばってしまった。

 あいつがどうしてほしいかを考えず、自分の気持ちを優先させてしまった。

これじゃ、友達失格だよな……。

 実際、もっと方法はあったはずだ。ほかにやり方があったはずだ、別に最善策があったはずだ、と考えてしまう。実際何かと聞かれても出てこない、でも、それでもあんなに言うことなかったのでは、なんで自分を抑えられなかったんだ、あいつがつらいことくらいわかっていたのになんで力になれなかったんだ、と。


「鶫さん‼‼」

 廊下から声がする。私を呼ぶ声だ、振り返らなければ。

「……お、誰かと思えば花ちゃんじゃん、どうしたの?」

 これでいいのか?いつもこんな風に話してたっけ?

「……今時間あいてますか? もしあれならご飯食べながらでもいいので」

「大丈夫だよ、ちょっと待っててね」

 そういいながら私は腰を上げる。そういえばもう昼休みなのか、お昼ご飯は……後ででいいや、今は食べる気になれない。

 花ちゃんに案内されるまま渡り廊下を渡り、空き教室まで来た。

「ここ勝手に使っていいの?」

「大丈夫です、先生に許可取っているので」

「そっか、それでどうしたの? わざわざこんなところに呼び出して」

 と言いつつも内容はわかっている、でもどうしても自分では言い出せない。

「兄貴とのことです。もうびっくりしましたよ、二人が喧嘩したって。日葵に聞いて飛んできましたよ」

「一年にも噂になってるのか……」

「あ、なんか走り回ってるタマ先輩に聞いたらしいです」

「タマ先輩……ああ、科学部の部長さんか。それで?」

「……なにがあったんですか?正直言って鶫さんと兄貴が喧嘩になるなんて想像も尽きません」

「ちなみに君はどこまで知ってるの? 喧嘩の内容は?」

「……そこまでは知りません、だから来たんです」

「そっか、でもごめんね。これは言いたくないや、ただ一つだけ言えることがある。今回のことは僕が悪いんだ、僕が千春を」

「そんなことありません!!」

 花ちゃんが食い気味にかぶせてくる。

「私はその場にいなかったので、何があったのかわかりませんし鶫さんが言いたくないなら無理には聞きません。けど少なくとも、少なくとも私は、鶫さんが何の理由もなしに兄貴を傷つけるような人ではない人だって知っています」

「……っ!」

「私は小さいころから二人の関係を誰よりも知っています、知っているつもりです。だからわかるんです。絶対に鶫さん1人が悪いというわけではないということが」

「……私を買いかぶらないでくれ、悪いけどそんなできた人間じゃないよ、私はむしろダメ人間さ。自分に、千春に嘘をついて塗り固めて生きてきたんだ、『幼馴染』を演じてたんだから」

「それってどういう……?」

「そのまんまの意味さ、僕はあいつのことが好きだったんだよ」

「え……えぇ⁉⁉」

「そんな驚かないでくれよ、今はもう諦めたさ」

「なんで……いつから……」

「なんでか、なんでだろうね。実のところ好きになった理由は覚えてないんだ。ずっと友達で、幼馴染で、親友だった。けど気づいたら好きなのかなって思ったのかな?言っとくけど軽い気持なんかじゃなかった。本気であいつのことが好きだった。けど諦めた瞬間ははっきりと覚えてるよ」

 そう、はっきりと覚えてる。

「……いつなんですか?」

「教えてあげてもいいけど誰にも言わないでね、単純な話さ。他にもあいつのことが好きな人がいてさ、それで千春もその人が好きで。最初は頑張ってたんだけど、『あぁ、この人にはかなわないな』って思っちゃって、それで諦めたんだ。……今の話内緒だよ? 花ちゃんだから話したんだからさ」

 話しちゃった。誰にも言わないようにしてたんだけどな。やっぱり人間ってのは弱い生き物だな……いや、弱いのは僕だ。なに人類のせいにしてんだ僕は。

「……誰なんですか」

「え?」

「誰なんですか!その……兄貴と相思相愛の人っていうのは!」

 ……噓でしょ?僕結構勇気出してスレスレのところついたのにかすりもしてないよ!

「今の感じでわからないかい?なんで僕が君になら話してもいいと思ったと思ってるんだい? よ~く考えてみて。あいつが一番話している女子が誰なのかを、誰について話してるかを」

 花ちゃんは困惑し、考えているのか上を見て、そして気づいたのか顔を真っ赤にしてこちらを見ている。

「やっと気づいた?僕に千春を諦めさせた張本人が誰なのか」

「噓噓噓噓噓噓噓‼‼ 違いますから! なんで私なんですか! 確かに兄貴は少し……いやわりと……かなりシスコンなところありますけど私は全然そんなこと……」

「僕は正直に話したのにな~、結構勇気出して話したのに花ちゃんはそうやってかくすんだ~」

「ホントに私のは恋心なんかじゃないですよ、それに仮に私が兄貴のことが好きでも、兄妹ですし、私なんかよりも鶫さんの方がずっと」

「それ以上は言わないで、それ以上言ったら僕の気持ちはどうなるのさ。僕は君の姿を見て君には勝てないと思ったんだ、その僕の気持ちを否定しないでくれ。それにさっきも言ったが僕はもう諦めて前を向いてるんだからね」

「……すみませんでした、けど本当にわからないんですよ、兄貴のことが好きなのかどうか、恋愛的になのか兄妹的になのか、どんな態度を取ればいいのか、朝あったらなんて言えばいいのか、学校ですれ違ったらどんな顔すればいいのか、帰り道に合流したら隣を歩いたほうがいいのか、ご飯をおいしいって言ってくれたらどういう感情でいればいいのか、兄として接すればいいのか好きな人として接すればいいのか、全部全部わからないんです……っ!」

 花ちゃんは泣きそうに、というか少し泣いている。

「泣かないでよ、ほらハンカチ」

「すびません……」

 そう言って花ちゃんは私が渡したハンカチで涙をふく。

「それで君が千春のことをどう思ってるか、身もふたもないけど君次第だよ。君がどうしたいのか、例えば頭を撫でてくれたら。欲しかったものをプレゼントしてくれたら、千春とのツーショット写真が手に入ったら、手を繋げたら、一緒にデートに行けたらとか考えるんだ。」

……なんて、諦めた僕が言うのもどうなんだろうね。

「……わかりました、じゃあまず頭をなでて……」

 そういうと早速顔が赤くなる。

「いや早い早い!てか顔に出すぎでしょ!」

「スミマセン……」

「それで、結論は出た?」

「……でました、と言いたいところなんですけどまだ出ません」

「あれま、けどそれでいいと思うよ、むしろ出なくてよかったまであるよ」

 それでいいんだよ。もっと盛大に悩んで迷って考えて決めてこそ価値があるんだから。そうじゃないと。僕が……いや、この考えはよそう。

「まあ君が決めることさ。それがどんな結果だろうと僕は応援する。ただ一つだけ言うなら、僕に諦めてよかった、諦めたかいがあったと思わせてくれたら嬉しいな」

「鶫さん……ありがとうございます。なんだか私が励ましに来たはずなのに気が付いたら私が応援されてる、変なの」

「それもそうだね。けど僕だって君が来てくれて結構うれしかったんだからね? 正直泣きつこうか迷ったくらいには」

 僕は冗談っぽく笑って答える。

「本当なら泣きついてもいいですよ?」

「何言ってんの、冗談だよ冗談。仮にも僕は年上だよ? そんな年下の花ちゃんに泣きつくなんてこと」

「年上も年下も関係ないですよ。泣きたいときは泣けばいいんです。もし見られたくないのなら席を外しますし、泣きつきたいのなら胸を貸します。」

「……その優しさはうれしいけど、気にしてくれないで、もう大丈夫だから教室に」

「じゃあなんでそんな辛そうにしてるんですか。さっきからずっと辛そうです。ここで教室に帰ってしまったら鶫さんがもう二度と兄貴と話せないような気がするんです。さっき教室で何があったかすべてを知っているわけではありません。たださっきから相当思いつめている気がするんです。だから兄貴への思いを話してくれたんですよね、私への、いやそれよりも……兄貴への罪悪感を減らすために」

 ……ばれていた。必死に隠しているつもりだったんだけど。

「その通りだよ。正直さっきからずっと泣きそうだし実際教室で相当泣いたさ。それに君の言う通り教室に帰って千春に合わす顔がないというのが僕の本音さ。けどそれを含めて大丈夫なんだ」

 本当に今だって涙があふれてきそうなのを必死に我慢している。だけど花ちゃんの前でこれ以上の恥ずかしい姿を見せたくない。少なくともこの子の前ではかっこいい小日向鶫でいたい。

「だったらせめて『大丈夫』って顔をしてください! そうなるまで私はあなたを帰さない、帰したくない!」

 そう言いながら花ちゃんは私の正面に回り込みその両手で私の手を掴む。

「だったら僕はどうしたらいいんだ、実際彼に合わせる顔がないんだ! あいつの気持ちを何も考えず、自分の感情で動いてしまったんだよ!謝っただけじゃ許されないことだ!僕はあいつを見てやれなかったんだ! 僕は、僕は……」

 もうダメだ。花ちゃんの前では泣きたくなかったけどどんどん涙が零れ落ちてくる。言動も、見た目も、行動も全部がかっこ悪い。それでも涙は止まってくれない。

 花ちゃんは僕が泣き始めたのを見るとすっと一歩前に出て僕を抱きしめた。

「大丈夫ですよ、兄貴は優しいので絶対許してくれます。もしここまで兄貴のことを考えてくれた鶫さんを許さないようなら私がひっぱたいてやりますよ。きっと今頃鶫さんのことを探してますよ。それに私は鶫さんがいい人だって知ってますから、鶫さんが悪い人なわけないじゃないですか、だから大丈夫、絶対に仲直りできますよ――――――」

 それから大体5分程泣き続けた。その間花ちゃんはずっと僕を慰めてくれていた。こんなめんどくさい先輩を、ずっと。


「……もう大丈夫だよ、ありがとう」

 そう言って僕は花ちゃんの胸から離れる。

「役に立てたならよかったです。それでもう兄貴とは話せそうですか?」

「……うん、ちゃんと話せるかわからないけど、話してみようって思うよ、君のおかげでね」

 そう言うと花ちゃんはほっと安心して、まっすぐ僕の目を見た。

「じゃあこうしましょう。鶫さんが兄貴と本音で話せたら、」

「話せたら?」

「私も、兄貴と本音で話してみようと思います」

「……本当に?」

「はい、約束です。だから鶫さんも頑張って下さい」

 本当にこの子は、僕なんかのためにここまでしてくれるのか。きっとこの子は現状維持を望んでいるんだ。じゃなきゃここまで拗らせる理由にならない、自分の気持ちに蓋をする理由にならない。それでも僕ら、いや僕のためにそれすらも変えようとしている。変わろうとしている。

「……後輩にそこまで言わせてやらない訳にも行かないよ、わかった、頑張る」

「はい、頑張ってくだい、精一杯応援してます」

「……もし僕らが付き合うことになっても文句言わない?」

「ブッ!冗談……ですよね?」

「冗談だし仮に告られても断るよ。もっともそんなことは万に一つも無いだろうけどね。

 あいつはたった一人しか見えてないだろうから。

「私に遠慮してなら断らなくていいです。兄貴が決めたことなら受け止めますので」

「君はとことん優しいね、でももし断るとしてもそれは君のためじゃない、僕のためだから安心して」

「わかりました」

「じゃあちょっくら頑張ってくるよ、教室にいるといいんだけど……」

「じゃあ一緒に探しながら行きますか?」

「気持ちはありがたいけど大丈夫だよ。最後くらい一人で行きたいし、何よりもうすぐ昼休みが終わっちゃうよ。君まだ弁当食べてないでしょ」

 花ちゃんの机の上には袋に入ったままの弁当が置かれている。

「あ、忘れてました……」

「だから僕一人で行く。ていうか一人で行きたい」

「じゃあ頑張ってください!私はここで応援してますので」

「うん、最後に1つだけ良い?」

「なんですか?」

「ありがと、君のおかげで僕は頑張れる」

「はい!」

 花ちゃんは嬉しそうに返事をした。

「じゃあ全力で謝ってくる!」

 そう言って僕は空き教室を出て、教室へ向かった。

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