第13話 鶫と部長

「さてと、俺はどうするべきか……」

 当然一番いいのは教室に戻ることだろう。そもそも授業をさぼってここにいるわけだし、何より鶫に謝るためにも教室に行くのが一番いいだろう。

「ただキッツいよな……」

 普通に考えてなぜか仲のいいクラス1のぼっちとクラス1の陽キャが突然喧嘩してビンタくらって授業さぼったやつ、それが今の俺、つまり最悪だ。そんな中教室に帰るメンタルはさすがにない。そして何より鶫の顔を見れる自信がない。

 流石に鶫は授業受けてるだろうし、今日は適当に噓をついて帰ろうか。折角の小学生からの皆勤記録だがこの際どうでもいいや、と思い階段を後にした。

 流石に勝手に早退するわけにはいかないよな……さて。

「待てい!」

 そう言われ振り向くとそこには部長がいた。まあ白瀬も探していると言っていたしそこまで驚きはしない。

「……止め方が時代劇なんだよ」

「にへへ、1回やってみたくってさ、ってそんなことよりも!」

 部長は顔をグイっと近づけながら話を続ける。

「君、大丈夫か!?」

「第一声がそれか。大丈夫だよ、なんともないさ」

『何があった』でもなく『何をしている』でもなくて『大丈夫か』。それだけで俺のことをどれだけ心配してくれたのかがわかる。

「そっかそっか……嘘つけ。じゃあなんで帰ろうとしてるんだよ」

「……なんでわかったんだ?ここは下駄箱でも保健室でもないのに」

 そう尋ねると部長は少し勝ち誇ったような表情を浮かべて答える。

「確かにここはそのどちらでもない、何ならここは中央廊下、ぶっちゃけどこにでも続く道だ」

「だったらなんでさ」

「まず君はマナーは割と守らないがルールは割と守る方だ、つまり誰にも何も言わずに帰ったりすることは考えにくい。そして直接保健室に行っても熱がない限り早退できる確率は低いだろう。それに小日向さんと喧嘩した手前意気地無……おっと失礼、小心者の君がのこのこ教室に帰るか、と言えばそれも考えにくい。そして極めつけにその目だ、さっき泣いたのだろう。タイミングから考えておそらくうららと話したのかな? つまり何があったかをあらかた話し終えた後と見た。さらにこの廊下はどこへでも続いていると言ったが、君の来た方向と階層からあらかたの予想がつく。うららは特別棟の方を探すといってたから君がこれから行こうと思っていたのは……ズバリ職員室、厳密にいえば担任か副担のもとだろう?」

「正解だけどこえーよ。なんだその推理は、的確過ぎて気味が悪い」

「これも君と二年間過ごした成果ってわけだ、っとまあ私の完璧な推理はおいといて、君を帰らすわけには行かないな」

「そりゃまたどうしてだ?」

「それはそうだろう、第一嘘ついて学校を早退しようとする友達を止めないやつがどこにいるってんだ」

 そりゃそうか、俺がやろうとしていることは紛れもないルール違反、ばれたら普通に怒られることだ。

「だけどそれだけじゃないだろ、それだけの理由じゃここまで探す理由にならない」

「まあね、本当の理由は君、このまま帰ったらたぶん二度と小日向さんと話さないつもりだろ」

「そんなことは」

「あるね、今はそんなつもりなくても明日になればもっと気まずくなる、明後日ならもっとだ、そして周りもそれを察すからさらに遠ざける、そしてそのまま話すことは無くなる。これが絶対にないって言い切れるか?」

「……まあありえない話じゃないな、だけどお前鶫と面識ないだろ、それなのになんでそこまでする?」

「それは……なんとなく」

「なんじゃそりゃ、嘘つくなよ絶対何かあるだろ」

「まああるけどさ……誰にも言わない?」

「言わない」

「じゃあ言うけどさ……」

 部長は小声で話し始める。

「実は君と小日向さんの関係を私とうららに重ねちゃって、私がもしうららと喧嘩してそれ以来二度と話せないのは寂しいと思って、それでいてもたってもいられなくなっちゃって」

「それで俺の行動パターンを推理してここで待っていたってわけか」

「そう、というわけで君を帰すわけにはいかない!」

「その、俺のことを気にかけてくれるのは本当にありがたい、だけどこれは部長でも白瀬でもない、俺と鶫の話だ。それに確実に二度と話さないと決まったわけじゃない」

「けどその確率が1%でもあるんなら私はここをどくことはできない」

「……水を差すようで悪いけど部長身長低いし力も弱いから無理矢理突破できそうなんだが?」

「確かにそうだ、だが君は私を力ずくで突破することはできないよ」

「なんでわかるんだよそんなの」

「わかるさ、これもまた君と二年間過ごした私の勘だ」

「勘ってそんな適当な……」

「適当じゃないさ、少なくとも今の君は無理矢理力ずくで~なんて手段を使うような男じゃないという私の予想」

 なんでこんなに自信満々なんだよ、どれだけ俺を信じてるんだ、なんでそんなに信用してくれるんだよ。

「……わかったよ、力ずくではいかないよ、俺はお前まで傷つけたくない」

 こいつはこういうのを全部わかったうえで言ってるのだろう。おれの性格も性質も考えもそれによる行動も、すべてを考えた上で言っているのだろう。本当にタチが悪い。

「よかったよ、もし私の勘が外れて気味が強行突破でもしようものならこれを使うところだった」

 そういいながら部長はポケットから細長い棒状の物を取り出す。

「おい待て、なんだその物騒なものは、なんかバチバチ言ってるんだが?」

「え?お手製スタンガン」

「なんつーもん作ってんだよ!そしてなぜ持ち歩いている!」

「うららと離れたときにこうなることを予想して部室から取ってきた」

「そこまで来るともはや予知だよ! ……ちなみにそれどのくらい威力出るの?」

「出力によるな、最弱なら静電気レベルだけど最強だと……」

「……最強だと?」

「たぶん人が死ぬくらい」

「そんなさらっと言ってんじゃねーよ!よくそんなん作ったな、つーかそれを俺に使おうとしてたのかよ考えたらぞっとしてきたわ!」

「さすがに威力は控えめにする予定だったよ、まあ数分は眠ってもらう予定だったが」

「そんな物騒な予定を立ててんじゃねーよ!」

「それで?教室に戻る決心はついたか?」

「……さすがにまだだよ、俺は鶫に取り返しのつかないことをしちまった、あいつの思いを踏みにじっちまった」

「そう思えればそれだけで立派だよ。自分の失敗を認めて反省できるだけ君は立派だ」

「それはありがとうよ、ただ俺は全く立派なんかじゃない。失敗に気づくのが遅すぎたんだから」

「……かもね、でもまだ終わったわけじゃない」

「なんでそう言い切れるんだよ」

「信じてるかあらかな?君らの友情を、私はこんなことで終わるものではないと信じてるから」

 部長はまっすぐ俺の目を見て言ってくる。こういうことを堂々と言えてしまうのが部長なんだと改めて思う。

「……ありがとう、少し勇気出たわ」

「そう、じゃあ教室に戻れる?」

「戻……れるかな、今授業中だろ?」

「いや?さっきの予鈴で授業は終わって今は昼休みだよ」

「え?噓だろ?」

 少なくともまだ二~三時限目だと思ってたんだが?

「ホントだよ……君どんだけ落ち込んでたんだよ時間感覚バグりすぎだろ」

「じゃあ今教室に戻ってもそこまで騒ぎにならないか……」

 だが問題はそこではない、というか正直教室にいる有象無象の反応などどうでもいい。問題は鶫、ただその一点だ。

「もし不安なら先生に言って一旦別の教室に……」

「そこまでしなくてもいいよ、それにもとはといえば俺のまいた種なんだ、覚悟を決めて教室に向かうよ」

「そうか、やっぱり千春君は偉いね」

「偉くなんかないよ、むしろダメダメさ。今だって部長と白瀬がいなかったら俺はたぶん立ち直れなかった、向き合えなかったんだから」

「だけど立ち直ったのは君自身なんだからもっと自信もっていいんだよ」

「なら今回はそうさせてもらうよ、ありがとう」

「うん、そうだ。これは幼馴染とよくケンカする先輩としてのアドバイスだけど、謝る時は建前とか全部なしで思ったことを伝えるのが良いよ。」

「ははっ、おう。頑張るよ」

 その言葉を聞き、俺は教室へと歩き始めた。

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