第12話 鶫と白瀬

 花の様子がおかしくなってから一週間が過ぎたが、花との会話は0だ。もちろん同じ家に住んでいるから顔を合わせることはあるが、すぐに逃げられてしまって会話にすらならない。

「一体どういうことなんだよ……」

 花は毎日ご飯を作って先に学校に行ってしまうので一人で朝食を食べながら考える。こうなったのには何か原因があるはずだ。もともと反抗期だったとはいえ最近はいい感じだったはずだ。やはりきっかけはあの日のことだろう。

「だからってなんだ?マジで心あたりがない」

 しいというなら帰りが遅くなってしまったことだろうが、花はそんなことを一週間も引きずらないだろう。となると考えられる選択肢は主に二つ。

「俺が気づいてないだけか、外部に原因があるかだな……」

 前者ならまだいい、俺が思い出すor教えてもらえば済む話だ。だが問題は後者だ、誤解の可能性もあるし、何より俺には解決のしようが無い。

「ていうかここまで徹底的に避けられるとさすがにキツイものがあるな」

 実際ここ一週間の避けられようは過去最大級だ。それこそ二年前は避けられたというよりは無視されていたという感じだった。

「とにかく花から話を聞かないことには始まらないよな……」

 それができたら苦労しねーんだよ、と内心突っ込むが実際その通りだ。普通に話しかけたのでは逃げられて終わり。かといって無理矢理追い詰めるのは論外だ。

「で、俺はどうする」

 誰かに相談?いや、これは俺と花の問題だ。誰か……例えば鶫や部長、白瀬に相談すれば親身になって聞いてくれるだろう。だがそれでは何も解決にならない気がする。

 あくまでこれは俺が何とかすることだ。しなければいけないことだ。


 そう考えていたら結構時間ギリギリになってしまい、結局始業二分前というギリギリに学校についた。

「おっはよ~千春!最近ギリギリの日が多いが大丈夫か?」

 鶫が話しかけてきた。

「おはよう鶫、悪いけど今考え事してるんだ、後にしてくれ」

「……君ここ一週間近くずっとそんな感じだぞ、いい加減に」

「だから大丈夫だって、大したことじゃねえし、何より鶫には関係ないことだ」

「関係ないことだからこそだよ、関係ないからこそ力になりたいんじゃないか」

 鶫の目はいつになく真剣だ。確かにここ最近は花のことばかり考えて周りに目が行ってなかったかもしれない。

「その、ホントに大丈夫だから」

「信用できないね、何があったのかは知らないが君は大事な時ほど一人で解決しようとするからね」

「わかってんなら放っておいてくれ、頼む」

「そんなこと言わないでくれよ、僕だって君のことが……心配なんだよ」

 鶫は泣きそうな声で言ってくる。

「心配ってそんな大げさな」

「大げさでも何でもない! 僕の本心だよ!」

 大声を出した鶫に周囲のクラスメイト達が驚いている。実際俺も鶫の怒鳴り声など久しく聞いていない。だが俺にも引けない事情がある。

「そうかよ、そりゃどうも、だけど言うわけにはいかない。これは俺の問題だから俺がどうにかしなきゃいけないこと」

「だからそれをやめろって言ってんだよなんでわかんないんだ!」

「だから平気だっつってんだろうが!」

「ホントに平気な奴ってのはそんなに辛そうな顔しない! なんで教えてくれないんだよ。そんなに僕は信用できないか?」

「……信用どうこうじゃないんだよ、ただ自分の問題は自分で解決する。ただそれだけのことなんだよ」

「だったらせめて『大丈夫』な顔をしてくれよ !そんな風にしょぼくれられて何できないのは寂しいじゃないか! 悔しいじゃないか!」

 そういう鶫の顔は涙で濡れている。俺だって本当は鶫に相談したいさ。こんなに言い争いたくないさ。でもダメなんだ。

「わかった、これからはバレないようにするよ。それで……」

 最後まで言い切る前に、鶫は俺の顔を思いっきりひっぱたいた。

「...は?」

 一瞬何が起きたのかわからなかった。それほどまでに強烈だったのだ。それは痛みがというより精神的な、という意味で。

「ざっけんな‼‼ 僕が言ってるのはそういうことじゃない! なんでわからないんだ君は なんでわかってくれないんだよ‼‼」

 事態を重く見たクラスメイトが止めに入るが鶫は話すのをやめない。止まらない。止まれない。

「これでも僕は君の友達なんだ! 親友とさえ思ってるさ、なのになんで相談してくれないんだよ! せめて愚痴ぐらい言ってくれよ、辛いって言ってくれよ! 別に全部を話せって言ってるわけじゃないんだ! 僕にはそんなことすらできないのかよ!」

「僕にはそんなのかよ……!」

 そう言って鶫は掴んでいるクラスメイトの腕を振り切り教室から走り去っていった。

 鶫の言葉は、最後まで俺の耳に張り付いていた。


 その後クラスメイトと教師によって完全に分断され、鶫とは離れてしまった。あれから俺は教師に一通り話を聞かれたがあまり話す気になれず、結局相当時間がかかってしまった一通り話を聞かれたがあと解放されたが教室に戻る気にはなれず、こっそり特別棟の階段にすわっていた。

 これで一番大切な人だけでなく、一番の友人との関係まで壊れてしまった。はっきり言って自分が恐ろしい。

 本当に少し考えればわかることだ。友人が毎日思いつめながら学校に来て、そのくせ何一つ教えてくれない、そんなことされたら誰だって傷つくことくらいわかるはずなのに、俺は花とのことで頭がいっぱいになっていた。他に何も考えられなくなっていた。

「マジで何やってんだよ俺は……」

 。鶫には関係ないのに強くあたってしまったこともそうだし、何より鶫を『関係ない』で切り捨ててしまったことに対してだ。

 思えば鶫は何回も大丈夫か、平気か、無理するな、と言ってきた。ずっと様子のおかしい俺を気にしてくれていた。それを俺は見事に切り捨てたってわけだ。その感情を、その友情を、その心情を。

 「死ねよ、俺。いっそ殺してくれ……」

「殺さねえよ」

 振り向くとそこには白瀬がいた。少し息が切れているところを見るに走って探してくれたのだろう。だが、

「……なんで知ってんだよ、つーかなんでここがわかったんだよ、お前俺とは別クラスだろうが」

「せめて一つずつ聞いてくれよ。まずなんで知ってるかっていうのはあの時俺はタマとお前の教室の前にいたから。それとなぜここがわかったかというと、これは単純でしらみつぶしに探してたから。ていうか結構噂になってるからな」

「そうかよ、それでお前は俺に何の用だ」

「別に何の用もねーよ、ただ話を聞いた限りだと結構やばそうだったからな、一応来たってだけさ。」

「なんもようがないなら悪いけど帰ってくれ、一人になりたいんだ」

 正直さっきのは我ながらどうかしてた、少し考えたいというのは本当のところだ。

「ところがそうもいかないんだよな、実はお前を探してるうちに予鈴が鳴っちまってすでに授業が始まっちまってる。途中から入るのも気まずいしとりあえず今の授業が終わるまでここにいさせてくれ」

 予鈴がなっていたのか、まったく気づかなかった。

「……勝手にしろ」

「じゃあそうさせてもらうよ」

 そう言いながら白瀬は俺の隣に座る。

「それで、何があったんだよ」

「……言いたくない、ていうかもう広がってるんだろ、そいつらから聞けよ」

「噂ってのは尾ひれがつくから事実と異なることがあるからさ、何より俺は千春から聞きたい」

「なんでだよ、頼むから放っておいてくれってば」

「そうやって?」

「――――――っ!」

「俺だってここ二年でお前のことをそれなりに理解してるつもりだし、少なくとももっと理解したいと思ってるさ。だからお前がそんな風に落ち込んでるなら心配するさ、だから話してほしい。もちろん言いたくない部分は言わなくていいからさ、お前の言える範囲でいいよ」

「……絶対誰にも言うなよ」

「あぁ、勿論だ」

「ここ最近……理由は言えないけど色々悩んでてよ、それが結構顔とか態度とかに出てたみたいでさ、それがあいつを心配させたみたいで――――――」


 事の内容を話していくうちに自分が情けないからかわからないが涙が出てきた。結構泣いてしまったが白瀬は茶化すことなく最後までしっかり聞いてくれた。

「……ありがとうな、白瀬」

「別に感謝されるようなことはしてないよ、ただまあ楽になったのならよかったよ。それで……小日向さんのことはどう思ってんの?」

「申し訳ないと思ってるよ。あいつの気持ちをまったく考えてやれなかった俺が百%悪かった」

「そうか、それが聞けて良かったよ。……さて、そろそろ授業も終わるだろうし行くとするよ。千春はどうする?」

「……あいつに、鶫に見せる顔がねぇ」

「……そうか、まあ時間はまだあるし、そこはお前らのペースで謝るなり仲直りするなりするといいよ」

「おう、最後までありがとな、白瀬。おかげでだいぶ楽になったよ」

「そうか、なら安心だな」

「ほんとお前は顔に似合わずいい奴だな」

「前半部分が余計だ、だがまあそんな軽口叩けるなら大丈夫か、だがあんまり無理すんなよ。そうだ、これはよく幼馴染女子と喧嘩する者としてのアドバイスだが、どんな思いもちゃんと言葉にするのが仲直りのコツな。向こうはこっちの考えなんてお見通しなんだからさ」

 そう言って白瀬は教室へと戻っていった。

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