第11話 真剣な姿は

 時間は少し巻き戻り、千春と鶫がゲーセンについたところから始まる。その時花と日葵は…………道に迷っていた。

「どうしよう日葵、ここどこ?」

「知らないよ! だって花が『二人にばれないように電車を一本遅らせて行こう』って言うから!」

「それは本当にごめん、とりあえず兄貴はいつも“吉野”っていうゲームセンターに行ってるから、検索して道を調べよう」

「むしろ今まで調べてなかったことことに驚きだよ、知ってるもんだと……」

「前に一回行ったからわかると思ってたよ。あ、出た。えっと……とりあえず駅まで戻ってからだね」

「まさかの逆走かよ、しょうがないな~」

 そうして二人が吉野につくのはこの十分後となる。

「やっと着いた……とりあえず兄貴探そっか」

「そうだね……ってあそこにいるのそうじゃない?」

 そこにいたのは千春と鶫だった、ちなみに状況はちょうど3連戦の最終勝負、格ゲーの真っ最中である。後ろからこっそり試合を見て、決着が着いたところでそそくさとその場を離れる。

「結構集中してたね~。って花、それどういう感情よ。本人と同じレベルで集中してるじゃん」

「え?いや~楽しそうだなって思って、あんなに真剣な兄貴久々に見る」

「そういうセリフってもっとスポーツとかで言うんじゃないの?」

「いや兄貴運動嫌いだし、それにたとえゲームだろうとなんだろうと、兄貴の真剣な姿はかっこいいよ」

 もしかしたら兄貴のそんなところも……。

「え?花今なんて言った?」

「だからどんな形であれ真剣な姿は……」

「やっぱり彼女」

「違う! 今のはそういう意味を込めたんじゃないの! いつも家では雑だからそことの差があって!」

「つまりそのギャップがかっこいいと」

「だからそれは言葉のあやっていうか、つい出ちゃっただけっていうか……」

「花ストップ、これ以上言ってもぼろが出るだけだぞ」

「そんなことないもん!本気に思ってるわけじゃないから!」


「じゃあこの録音千春に聞かせてもいい?」


「「え?」」

 そこにいたのはケータイのカメラを構えて立っている鶫だった。

「やっほ~、みんなのアイドル鶫ちゃんだよ~」

「なんで……ていうかいつからばれてたんですか!?」

「学校出た時からうすうす感じてたけど……ちゃんとわかったのは格ゲーの時かな、って言うかあんなに大きな声で話してたらいくら回りがうるさいとはいえ気づくっての」

「っていうことは兄貴にももうばれて……」

「それに関しては大丈夫だよ。あいつ勘超鈍いし、何よりゲームに集中しちゃって回り見えてないからね」

「ならよかった……あの鶫さん、このこと兄貴に黙っててくれますか?」

「それはいいんだけどさ、君やっぱり千春のこと好きなの?」

「は?ちちちち違いマス‼‼ 好きだなんてそんな、実の兄貴ですよ! なんでいきなりそんなことを」

 鶫はその言葉を聞くとケータイをいじり、音声を流す。

『兄貴の真剣な姿はかっこいいよ。兄貴の真剣な姿はかっこいいよ。兄貴の……』

「あああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 花は叫びながらケータイを奪おうとするがひょいとよけられる。

「おっと危ない、無理矢理なんて危ないぞ~」

「なんでループさせてるんですか!ていうか止めてください!」

「ごめんごめん。でも好きでもない人にこんなこと言う?」

「好きとかそんなそんな恋愛感情だなんて……起きるわけ……ないじゃないですか」

 ダメだ、忘れようとしていたのに、出てきてしまう。

「それにしちゃやけにはっきりしないね、まあこれ以上部外者が首突っ込む話題でもないか、さすがの僕でもそこらへんはわかるよ。ただそれ以前にストーキングはどうかと思うよ」

「それは……すみません」

「まったく、もうしないでね。隣の君も……ってどうしたの?さっきからじっとこっちを見ちゃって」

「え?」

 隣の日葵を見ると確かに黙って鶫さんのことを見ている。

「日葵どうしたの? まさかだけど……」

「可愛い」

「ん?君今なんて?」

「鶫さん、今彼氏いますか?」

「い、今はいないけど……」

「では彼女は?」

「いるわけないでしょ! さっきからなんなのさ!」

「ウチと付き合ってください‼‼」

「え?急に何言っちゃってんのさ!?」

 動揺する鶫を前に、日葵は話し続ける。

「一目ぼれです、遠目ではわかりませんでしたが顔もドストライクでボーイッシュの八重歯、それでさらにボクっ子! 最高です付き合ってくだ痛ア!」

 花は熱弁を続けようとする日葵の脳天にチョップを食らわせた。

「すいません鶫さん! こいつ可愛いと思った人を見つけるとすぐこうなるんです」

「失敬な! 確かに嘘ではないが鶫さん、いや鶫様は最高だ! ウチの性癖丸ごとセットみたいな方や!」

「日葵ストップしゃべり方変わってる!」

「え~と、僕はどうすればいいの?」

「ウチと付き合ってください! なんなら下僕でもいいです!」

「無視してください!」

 鶫は少し考えると日葵に近づいた。

「さすがにいきなり付き合うのはちょっと無理かな~」

「撃沈!」

「けどまあ花ちゃんの友達ならいい子だろうし友達からならいいよ~」

「本当ですか?」

「ホントホント、今ケータイ持ってる? 連絡先交換しよ~」

「ありがとうございます鶫様!」

「その鶫様ってのやめてよ、なんかこっぱずかしいからさ」

「では何と呼べば……」

「う~ん、好きなように呼んでくれてかまわないんだけど、じゃあ『鶫さん』で」

「わかりました、鶫さん!」

「これからよろしくね、日葵ちゃん」

「ゴフッ!」

「今のは何!?」

「たぶん『日葵ちゃん』呼びだと思いますよ」

「面白い子だね、じゃあ僕は千春のところに戻るわ、じゃね~」

 鶫が去った後、日葵が花に語り掛けた。

「花?」

「どしたの」

「ウチ、鶫さんに命捧げることに決めたわ」

「そう、もう勝手にして」

「ところで花はお兄さんのことどう思ってんの?」

「ひ、日葵までそれ言うの?」

「ごめん、でも気になっちゃって」

「そんなの……」

「え?」

「そんなの、私だってわからないよ」

 わからない、わかりたい。けれど――――――わからないままの方が良い。


 そして鶫が千春のところに戻る。

「お、どうやら取れたみたいだね、よかったよかった」

「まあな、ていうかお前なんでそんなにうれしそうなんだよ、100円でも拾ったか?」

「見方によっちゃそんなものよりいいことあったもんね」

 鶫は笑いながら答える。

「そうかそうか、それで何があったんだよ」

「秘密でーす」

「なら最初から言うんじゃねーよ、気になるだろうが」

「そういう約束なもんでね、まあいいじゃないか」

「あっそ、じゃあもういい時間だしそろそろ帰るか」

「う~ん、帰ってもいいんだけどせっかく来たんだしもう少しゆっくりしてこうぜ」

「こんなとこいつでも来れるだろうが」

(今帰ると花ちゃん日葵ちゃんコンビに鉢合わせちゃうかもしれないからね)

「実際今日は久々に来たわけだしさ、十分でいいから、な?」

「まあいいけどよ、特にすることねえだろ」

「じゃあアイス食おう、それで十分になる!さあレッツゴ~」

「やっぱ今日のお前テンションおかしいぞ?」

 半ば強制的にアイスを買わされ、ベンチに座って食べる。

「……千春はさ、好きな人いるのか?」

「ブッ!なんでいきなり恋バナなんだよ! いくら気まずいからって話題の振りが雑すぎるだろ!」

「気まずいからってわけじゃなくてさ、純粋な質問だよ。それでいるの?」

 好きな人か……。

「真剣な話なんだな?」

「うん」

「なら……いねえ」

「意外、てっきり花ちゃんって即答すると思ったのに」

「……前にも言ったが俺は花に幸せになってほしいだけなんだよ。つまり好きとは違うの。極論他の人と付き合っても花がそれで幸せならそれでいいの」

「そっか、何と言うか君らしい答えで安心した」

「そうかい、それならよかったよ。で、そういうお前には好きな人いんのか?」

「……好きな人ね、今はいないかな~」

「今はってなんだよ、昔はいたのか?」

「さあね、ただ少なくとも今はいないよ」

「そうか、まあお前の恋愛事情など至極どうでもいいがな」

「じゃあなんで聞いたのさ!」

「聞かれたから」

「あっそ、まあいいけどさ」

 そのまま話していたら結局三十分を超えていた。花が待っているので急いで電車に乗り、帰ってきた。

「ただいま~悪い花、遅くなった」

「……おかえり、まだご飯できてないから先にお風呂入って」

 言い方に違和感を感じる。やはり怒らせてしまったか。

「おう、その、遅くなってごめんな、やっぱ怒ってるか?」

「別に怒ってなんかないよ、それよりもお風呂入ってきて」

「わ、わかったよ」


 風呂から出ると花は夕飯の支度をしていた。

「なんか手伝うことあるか?」

「ないよ、気にしないで座ってて」

 やはりなにか違和感を感じる、しかし言い方も普通だし表情もおかしなところはない

「お、おう。わかったよ」

「「いただきます」」

「これ旨いな、やっぱり流石だ」

「ありがと、だったら私のも1個あげよっか?」

「気にすんな、食えないんだったらいいけどそうじゃないなら大丈夫だよ」

 何気ない会話、何ならいつもより続いているかもしれない。だがなんだこの違和感は。その正体は一体なんなんだ?

「ごちそうさまでした」

「花、ちょっと渡したいものがあるんだけどいいか?」

「ありがと、けどちょっと宿題を終わらせたいからあとででいい?」

「なあ花」

「……何」

「大丈夫か?」

「何のこと?」

「だってさっきから」

 そうさっきから感じていた違和感、思い返せば1年前もそうだった。

「さっきから俺と目を合わせてくれないじゃないか」

「……!」

 どうやら自覚があったようだ、よかったというかなんというか。

「俺がまたなんかしちまったのか? 今日帰りにゲーセン寄ったからか? それともまた気づかないうちになにかしちまったのか、だったらごめ」

「なんでもない!」

 花は大きな声を出して俺の言葉を止めた、そして少し沈黙して、言葉を発する。

「ごめん、何でもないから、ちょっと疲れてるだけだからさ」

 疲れてるだけ、確かにそうかもしれない、実際ここ数週間で仕事は数倍に膨れ上がったし、慣れない高校生活ということもあり精神的、肉体的両方の意味で疲弊してるだろう。だが。万が一、億が一なにかあったのなら、俺は一生後悔することは確かだ。

「花、本当に疲れているだけなのか?」

「だからそうだって!」

「お前がそういうなら、これ以上聞いてほしくないのならば俺はもう詮索しない。だけどもし何か、何かがあるんだったら言ってくれな、兄妹なんだから」

「ありがと、大丈夫だから、ごめんね」

 そういって花は部屋へと戻っていった。

「クソ……悪くない奴は謝らなくていいって言ったばっかじゃねえかよ。それなのに……言わせちまった」

 俺はどういう感情でいればいいのだろう。自分のふがいなさに嘆くべきなのか、花の理解者になれなかった、いや、なれた気になっていた自分に怒るべきか、俺にはわからなかった。

 ただ一つだけ言えることは、この感情、そして事態は確実に、そして着実に悪いものだということだ。

 とにかく明日だ、明日花と話し合おう。この話し合いは俺のためでなく、花のためだ。あいつと目を合わせるためじゃなくて、あいつが目を合わせられるようにするための会話をしよう。そう思いながら俺は食器を片づけた。


 そして、この日を最後に花と会話することは無くなった。

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