第10話 デートの定義

「ふゎっクション!」

「どうした千春、風邪でも引いたか?」

「いやそんなことは無いと思うが、まさか誰かが俺のこと噂してたりして」

「それはない」

「オイそこ断言すんじゃねーよ。ていうかほんとに今日何すんだよ、用もなくブラブラするだけならお断りだぞ」

「じゃあボーリングとか?……って露骨に嫌そうな顔しないでくれる?」

「できるだけ体を動かさなくていいのだとありがたいんだが」

「例えば?」

「うーん、ゲーセンとか? 鶫も好きだろ」

「ゲーセンデートか、いいね」

「いやデートじゃ無いだろ、ただ一緒に出かけるだけだろ?」

「それを世間じゃデートっていうんだよ」

「ウッソだあ」

「本当だよ、っていうか今まで知らなかったの?」

「ああ」

「じゃあ千春の初デートは私ってこと?」

「嫌だ、ていうかもしその理論が適応されるなら俺ら数百回レベルでゲーセンデートしてることになるぞ」

「ごもっともで」

「いや違う、その理論で行くと俺の初デートは花とだな。だったらその理論もありかもしれん」

「こういうのって普通家族入れなくない?」

「知るか、花だって女子なんだから入るだろ」

「ちなみにいつのこと?」

「花が小一の頃だから……九年前かな」

「自分のじゃなく花ちゃんの歳で覚えてるの最高にキモいな……ちなみに最後は?」

「最後に一緒にでかけたのか、二人となると……だいたい四年前位になるかな?」

「そんなに前か……君それでよくシスコン名乗れるね」

「俺はシスコンを名乗った記憶は無いんだが」

「そうだっけ?」

「そうだ、何度も言うが俺はシスコンなんかじゃなくて花が幸せになるために生きているだけ」

「あーはいはいそういやそうだったな、うん。そういう設定だった」

「設定じゃね~し。それで?」

「君のことだからしょっちゅう遊んでいるもんだと思って」

「まあ最近治ってきたとはいえ花はちょうど反抗期真っ盛りだったしな、さっきも言ったが俺は花に幸せになってほしいだけであって一緒に遊びたいとかそういうんじゃないんだよ」

「ホントは?」

「遊びたいに決まってんだろ馬鹿じゃねえの?」

「千春のそういうところ好きだわ」

「言ってろ」

「はいはい、じゃあゲーセンでいいのね?」

「お前がいいならな」

「全然OK、じゃあ放課後を楽しみにしてろよ?」

「へいへい」

 そう答えたのを聞くと鶫は自分の席(といっても斜め後ろ)に戻った。

 そして放課後、茶色はチャイムが鳴るとほぼ同時に話しかけてきた。

「よし千春、準備はできてるか?」

「ゲーセンに行くのに準備もなにもないだろ……」

「いいんだよ気分気分!」

「やっぱりお前今日テンションおかしい」

「そうか? まあせっかく千春とデートだし楽しまなきゃ損だろ」

「だからデートじゃねえって」

「じゃあもうそれでいいから、さっさと行くぞレッツゴー!」

「……どうしよう、帰りたくなってきた」

「早い!」

 まあそんな願いも通用するわけもなく、手首を捕まれ半ば強制的に出発した。当然ながら後ろに隠れている二人組には気づかずに。


 最寄り駅から電車を乗り継ぎ徒歩五分、我らの遊び場ゲームセンター吉野。ここらのゲーセンだと一番でかくて中身も揃ってる、特に格ゲーと音ゲーに関しては県内最大級と言っても過言ではないだろう。ちなみに俺と鶫は中二の頃から通っている。

「で、来たは良いけど何すんのさ」

「……それ聞く必要あるか?」

 聞くと鶫はニヤッと笑い、答えた。

「まあ、それもそうだよな」

 そう俺らがここに来てすることは中学の頃からただ一つ。

「「三本先取で勝負な」だ!」

 そう、さっきも言ったがここ吉野は大抵の筐体が揃っているゆえなんでもできる。と言ってもたいてい格ゲー音ゲーたまにメダルゲームくらいだが。ちなみに今のところは324勝297敗15引き分け、勝ち越している。そして買った方は負けた方に命令、と言ってもジュースおごるレベルのをすることになっている。

「それにしてもここに来るのも久しぶりだね〜、一ヶ月ぶりくらい?」

「少なくとも三年に上がってからなら初めてだからそんくらいじゃねえの?」

「昔はほぼ毎日来てたのにね〜。そういやあの頃のハンドルネームは……」

「言うなあれは黒歴史だ。もう変えてんだから良いだろ」

 そうあれは高一のとき、俺は花に無視されたショックで軽めの中二病を患い、全体的に痛くなっていたのだ。具体的にはよくわからんヘアバンドをつけたり意味もわからんまま洋楽を聞いてたり、太宰読んだりeto……とにかく思い出したくもない、というか妹に無視されて中二病勃発って我ながらメンタル弱すぎるだろ。

「僕はあれ割と好きだったんだけどな〜、確か✞漆黒の――」

「帰る」

「悪かったって、もう言わないから!ほら三本勝負するぞ、最初は千春が決めていいから!」

「そうか?じゃあまずは……」

 そう言って店内を軽く見渡す。自分の得意ゲームでも良いんだが流石に初手で持ってくのはどうかと思い、実力がほぼトントンなのから選ぶことにした。

「じゃあ太鼓で、文句ある?」

 太鼓というのは【太鼓の〇人】のこと、いわゆる音ゲーの一種だ。

「無いよ〜ん。にしても意外だね、てっきりハナから差つけに来ると思ったのに、もしかして得意ジャンルで負けるのが怖いとか?」

「ほざけ、お前なんかこれで十分なんだよ」

「負け越してるくせによく言うよ」

「は? なに言ってんだお前俺が勝ち越してるぞ」

「全体ではね、太鼓では僕が勝ち越してるよ」

「そうだったか? まあ安心しろ、すぐに抜き返してやるよ」

「燃えてるね〜じゃあ早速始めよっか」

 選曲順は公正なるじゃんけんの結果鶫→俺→鶫になった。この勝負、見た目以上に選曲が大事だ。まず俺にも鶫にも得手不得手があるわけで、そもそもそれ以前に知らない曲とかを出されると勝ち目はない。というわけで俺らは予め選んである曲から選ぶ感じになっている。だからといってその中にも当然得意曲、苦手曲とあるわけでここで負けたのはそこそこ痛い。

「何にしようかな〜、千春連打得意だっけ」

「わざと言ってんだろ」

「ばれた?」

「やっぱりな」

 ちなみに俺は連打苦手である、どのくらい苦手かというとマイバチでハウスバチの鶫に負ける程度には苦手だ。逆に鶫は細かい曲や遅い曲が苦手、ついでに精度も微妙。

「まあいつものにするか、覚悟しろよな」

 鶫が選んだのは曲の半分近くが連打で埋められている曲である。まあ普通一曲目に選ぶ物ではない。

「やっぱりいきなりかよ、できれば最後に持って来てほしいんだが」

「だって次千春が選ぶの絶対精度重視のじゃん、となったらいっそ腕ぶっ壊しちゃおっかなって」

「何笑顔でおっかないこと言ってんだよ」

「ふっふ〜ん、これも作戦のうちと言ったやつですよ、ていうかもっと体力つければいいのに」

「ゲームのためにするってのもスタミナつけるってのもなあ、つーかあれを何回も連続でできるお前が異常なだけだ」

「そう?まあ仮にも運動部ですから、これくらいできないと話にならんよ」

「これまじで疲れるんだよな〜」

 はぁ、とため息を付きつつも準備を終える。

「そんなにきついんだったら難易度下げても良いんだぜ?」

「ぬかせ、こんくらい余裕だボケ」

「にゃは、そのセリフあとで後悔すんなよな」

 そう言って鶫は太鼓を叩いてゲームを始めた。

 最初こそ精度で勝っている俺のほうが勝っていたもののジリジリと腕が疲れていくき、次第に追いつかれそうになる。この曲の恐ろしいのは連打数やスピードではない、最も恐ろしいのは休憩地点がほぼないことである。つまりどういうことかというと、体力で負けている千春は圧倒的不利ということである。

「……よし、これは勝ったろ!」

 鶫が勝ち誇っている真横で千春は息を切らしている。これこそが千春が鶫に太鼓で負け越している理由、圧倒的体力不足である。

「やっぱり勝ってる、って相変わらずの疲れようだね、大丈夫かい? 水いる?」

「……もらっとく、サンキュ」

 そう言って鶫から受け取った水を飲む。正直癪に障るが背に腹は代えられない。

「ホント君って筋肉ある割に体力ないよね」

「筋肉は体力関係なしにつくだろ」

「それにしてもまだ一曲目なのに疲れすぎでしょ、次は千春が選ぶ番だぞ」

「わぁってるよ、ちょっと待て」

 そう答えてすぐに選曲画面に移る。そこそこ疲れてるしあんまり激しくないやつにするか。

「じゃあ適当に――これでいいか」

 結局千春が選んだのはスローテンポの曲。ぶっちゃけ今連打とかムリゲーだし。

「さっさと始めんぞ、正直限界が近いんでな」

「……これここ適当にやっても次連打系やっちゃえば勝ち確なのでは?」

「おい、それはゲーマーとしてどうなのか?」

「まあ冗談だよ、ていうか君三曲目行く体力なさそうだし」

「それはお前の選曲のせいだろ」

「それを含めて作戦だよん」

「うっっっざ」

「まあまあ、始まるぞ」




 何とか二曲目は勝ったがその後無事体力が尽き、1勝2敗で鶫の勝ちとなった。

「やりぃ! とりあえずこれで1勝もぎ取ったぜ」

 鶫は思わず『どやぁぁ』とでも聞こえてきそうな表情で見てくる。

「そのどや顔腹立つからやめてくんない? ぶん殴りたくなる」

「ひどいな! 僕のこのキュートでプリティーな顔を殴るだなんて!」

「俺にとって花以外全員おんなじだよ」

「そうだったよこのシスコンめ!」

「だから俺はシスコンじゃねえ!」

「何回目だよこのやり取り! てか何気ひっどいな!」

「さすがに半分冗談だよ。ブスと美人の区別くらいつくっつーの」

「じゃあ僕はどっちだい?」

「ブス」

「即答かよ!」

「噓」

「ウソかよ!」

「つーかわかって言ってんだろ、お前は美人だろ客観的に見て」

「君は人を素直にほめると死ぬ病にでも罹っているのか?」

「酷い言いようだな」

「別に事実だろ、お前が人の――いや、花ちゃん以外を一回でほめてるのを見たことがない、ひねくれすぎだろ」

「うっさいうっさい、俺はいいんだよこれで」

「そんなんだから友達がいないんだよ」

「だから俺は友達がいないんじゃなくてつくらないんだよ。はいこの話は終わり! 次行くぞ」

「話の終わらせ方が唐突すぎる!」



 その後は格ゲー、マ〇カーと続き、最終的には1勝2敗、敗北である。

「勝った! やったぜ、これで勝ち越したんじゃないの?」

 ケータイのメモを見ながら答える。

「いやまだだな、今回でお前は299勝325敗15引き分け、つまりまだ俺が勝っている」

「いやなにメモってんだよキモ!」

「こうでもしないとお前すぐ踏み倒すだろ」

「そうですね! だが今回は僕の勝ちだから! さて何をしてもらおっかな~」

「してもらうって、大したことできねーぞ、今絶賛金欠中だし」

「別にいつもどおりジュース奢りでもいいんだけど、どうしよっかな~」

「早くしろ、こちとら疲れてんだよ」

「じゃあ花ちゃんに……」

「却下」

「早くない!?まだ言い終わってないし!」

「花を巻き込んでる時点で却下だ。それ以外」

「ブーブー、じゃあいつもどおりジュースでいいよ」

 そう言いながら自動販売機まで歩みを進めた。

「はいはい……ってちょい待って」

「なんだよ、小銭きれたか?」

「そうじゃねえよ、お前ってクレーンゲーム得意だっけ」

「苦手ではないが専門外だね、それがどうかした?」

「ならいいわ、悪いけどこれで飲み物買っといてくれ。事情が変わった」

 そう言って俺は鶫に二百円を投げ渡す。

「……了解、じゃあついでに十分弱ぶらぶらしてくるからその間に決めとけよ」

「ホント助かる、俺の分はいらないからな」

 そう言って鶫は自動販売機の方へ歩いて行った。

 さて俺が見つけたのは“もちねこ”のクッションだ。なぜかというと“もちねこ”は花が好きなシリーズだからだ。ちなみに数年前に俺が花にプレゼントした猫のぬいぐるみもこのシリーズである。

「これプライズ品あったのか」

 俺は迷わず五百円玉を突っ込む。これはただ花が好きだからというだけでなく、電話で花のことを怒らせてしまったぽいためお土産に持っていこうという作戦である。

 名づけて『もちねこ大作戦』、決行である。まずは小手調べに一回まともに狙ってみる、がやはり滑り落ちてしまいまったく取れなかったがこれは想定内。実際の勝負はここからである。

 そう意気込んでみたものの、やはりクレーンゲームは専門外、そううまくとれるはずもなく、気づけば五百円玉も三枚目となっていた。

「やっぱそう簡単には取れないわな、がそろそろ来るはずだ」

 そう言いながらプレイした四回目、ついに望んでいたものがやってきた。

 そう、俺が待っていたのは確立である。素人の俺にタグ引っかけなどのテクニックを使うスキルはないので地味で非効率的だがこれが一番確実なのである。さらに今まで地道に落とし口に寄せていったのでしっかり持ち上がればたとえすぐに落ちたとしても、

「取れるってわけさ」

 こうして俺の『もちねこ大作戦』は半分以上成功した。あとは家に帰って花に渡すだけだ。

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